Deep Purple の『Machine Head』は、1972年にリリースされた6枚目のスタジオ・アルバムだ。メンバーは Ritchie Blackmore(ギター)、Ian Gillan(ボーカル)、Roger Glover(ベース)、Jon Lord(キーボード)、Ian Paice(ドラム)のいわゆる Mark II ラインナップ。プロデュースはバンド全員。エンジニアは Martin Birch が担当した。
全世界600万枚以上を売り上げ、UK アルバムチャートで発売後1週間以内に1位を記録。Billboard 200 では最終的に7位まで達し、チャートに2年以上居続けた。Rolling Stone の「500 Greatest Albums of All Time」にランクインし、Rock and Roll Hall of Fame では「何百万人もの人々の人生に影響を与えた」と評された。
Led Zeppelin、Black Sabbath と並び「ハード・ロックとヘヴィ・メタルの頂点に立つ3バンド」と呼ばれる Deep Purple の、キャリアで最も商業的に成功したアルバムだ。Def Leppard の Joe Elliott は「1971年に重要なバンドは3つだけだった——Led Zeppelin、Black Sabbath、そして Deep Purple」と語っている。
制作背景
このアルバムは、半ば奇跡のような経緯で生まれた。バンドはスイス・モントルーのカジノを録音会場として予約し、Rolling Stones のモバイル・スタジオを持ち込む手はずを整えていた。しかし1971年12月4日夜、前日の Frank Zappa コンサートで観客が発射した信号弾がカジノの天井に当たり、建物は全焼した。
この光景をグレナードのバーから眺めていた Glover は「ホテルの大きな窓越しに、燃え落ちる建物から黒煙が広大な静かな湖の上に広がっていくのを見ていた」と語っている。翌朝、目を覚ました Glover の頭に「smoke on the water」という言葉が浮かんだ——それがそのままタイトルになった。
代替会場として確保したのは近くのパヴィリオン劇場だったが、演奏音が近隣住民の苦情を引き起こし、警察が押しかけてきた。バンドのローディたちがドアを抑えて演奏時間を稼ぐ中、Deep Purple はその日の録音を終えた。その後、モントルーのグランド・ホテルの廊下と客室を使って残りの録音を行った——Rolling Stones のモバイル・スタジオはホテルの外に駐車したまま。
さらに、Gillan はレコーディング前に肝炎を患っており、医師から数ヶ月の安静を勧められていた。回復途上の状態でマイクの前に立った。Glover がニューヨークで手に入れた Rickenbacker ベースは英国税関に没収され、本人まで逮捕された。トラブルが重なる中、アルバムは1971年12月6日から21日の15日間で完成した。Dweezil Zappa は2024年の新ミックスのライナーノーツにこう書いている。「どうしてこんな音楽が生み出せたのか、いつも考えてしまう。クラシックの影響、ブルース、そして少しファンキーな部分。それらが商業音楽には聴こえないのに、人々を熱狂させた」と。
音楽性
このアルバムを特別にしている最大の要因は、Blackmore のギターと Lord のオルガンの対話だ。ジャズ・オルガンの巨人 Jimmy Smith のような即興感覚とバロックの精緻さを同時に持つ Lord のハモンド、そしてバッハとブルースとヘンドリックスを一本のストラトキャスターに詰め込んだ Blackmore——このふたりが互いに引き出し合う緊張がアルバムの軸だ。他のどのバンドにもこの組み合わせはなかった。
和声的な特徴として、このアルバムのリフは G マイナー、E マイナー、C マイナーを基調としたモーダルな構造を持つ曲が多い。ブルースの12小節進行をそのまま使うのではなく、反復するリフを動力源にした「リフ・ロック」の方法論が徹底されている。各曲でリフがモーターのように回転しながら、その上に Gillan の声と Blackmore / Lord のソロが乗っていく——この構造が『Deep Purple in Rock』(1970年)から洗練され、本作で完成形に達した。
Gillan のボーカルは、このアルバムで技術と感情の両方がピークにある。囁きから絶叫まで瞬時に切り替わる動的な表現域——「Highway Star」でのハイトーン・スクリームは、同時代の Robert Plant に比肩するものだった。Lord のオルガンはロックの楽器としての Hammond の可能性を最大限まで引き出し、歪んだ音色でリフを刻み、クラシック的なアルペジオでソロを取る。
リズム面では Paice と Glover の貢献が過小評価されがちだが、このアルバムで彼らは骨格以上の仕事をしている。Paice のドラムはビッグバンドのスウィングを感じさせる独自のグルーヴを持ち、重いビートを打ちながらも音楽全体が「揺れる」感触を作る。彼自身「俺はビッグバンド音楽をロック・コンテクストで演奏している」と語っている。Glover のベースは低域を支えながら、随所でメロディアスな動きを見せる——「Pictures of Home」のソロはそのひとつの頂点だ。
1972年の同時代の文脈で言えば、Black Sabbath はより暗く重いリフとオカルト的な歌詞でヘヴィ・メタルの暗黒面を切り開き、Led Zeppelin はブルースとフォークと神話的な叙事詩を混合した。Deep Purple はそのどちらとも違い、クラシック音楽の精密さとブルースの即興感覚を「技術的なショーケース」として前面に出した。その方向性が後の Judas Priest のツイン・ギターのハーモニー、Iron Maiden のネオクラシカルなアプローチ、さらにはヨーロッパのパワー・メタル全体へと流れ込んでいく。
楽曲解説
Highway Star
ツアーバスの中で記者から「どうやって曲を書くのか」と聞かれた Blackmore が、その場でアコースティックギターを手に取り即興で弾き始め、Gillan がその上に歌詞を乗せた——「Highway Star」はそうやって生まれた。その日のうちにライブで演奏されたという。
ヴァースは G を中心に動き、コーラスで突然 A の領域へと転調する。「アクセルを踏み続ける」感覚と重なる転調だ。
ギター・ソロは Blackmore 自身が「バッハの進行だ」と語ったコード進行の上に組まれた、徹底的にアルペジオ化されたラインだ。「明確なバッハの音が欲しかった。だから一音一音書き出した。ギタリストがそれをこれほど露骨にやったのは自分が最初だと思う」と Blackmore は語っている。
Lord のオルガン・ソロはハーモニック・マイナー・スケールを基盤としたバロック的なフィールで、16分音符の連符が絶え間なく続く。「Jon のソロは俺のより難しい。だからライブでテンポが上がると Jon は怒った」と Blackmore は笑いながら語っている。
Paice の冒頭のドラム・フィルで、アルバムの扉が開く。そこで体が自動的に動く。
Pictures of Home
このアルバムで最も「バンドの一体感」を感じられる曲だ。Blackmore のクリーン・アルペジオが G マイナーのコード進行を静かに刻み、Lord がそれに重なり、Gillan がモントルーの風景を懐かしむ歌詞を乗せる。
「モントルー周辺の景色について書いた。家からはるか遠く離れた場所の光景が」と Gillan は語っている。Blackmore のギター・ソロは G マイナー・ペンタトニックを軸に、スライドとビブラートで感情を込めながら、技術を見せるためではなく歌のように弾いている。
曲の後半で Glover のベース・ソロが単独で現れる——このアルバムで「陰の立役者」が最も前に出る瞬間だ。
Smoke on the Water
Blackmore がリフを思いついたとき「ベートーヴェンの交響曲第5番の冒頭に似ている——4つの音だけで出来ている」と語った。単純さこそが武器だという自覚があった。世界中の楽器店で日々ギター初心者が弾いているのが、この曲だ。
和声的にはほぼ全編 G マイナーのドローンで動く。G5 – B♭5 – C5 というパワーコードの移動が、解決感のない重力をひたすら維持する。ブルースのコード進行すら使わない——「解決しない」ことが、このリフの持つ不穏な引力の正体だ。
歌詞は録音の顛末をそのまま実況したもので、「Funky Claude」として登場するのはモントルーでバンドの友人だったクロード・ノブス(モントルー・ジャズ・フェスティバルの創設者)だ。「Frank Zappa と Mothers が最高のショーをやっていた/会場に莫迦野郎がひとりいて/フレア銃を持っていた」——歌詞の全行が事実だと Glover は語っている。
バンドはリリース時、この曲にシングルとしての可能性をほとんど感じていなかった。それが後に Billboard Hot 100 で4位まで上昇した。
Lazy
このアルバムで最も「プログレッシヴ・ロック的」な曲だ。Lord のオルガンによるソロ・イントロから始まり、Gillan のハーモニカが絡み、「ブルース・ブギー」の構造をベースに各メンバーが順番にショーケースを披露する。
E マイナーを基軸としたブルース的な進行が骨格だが、各楽器のアドリブが積み重なる中間部でその枠が次第に崩れていく。Blackmore は「バッハに似ていると思った」と語っており、ここでもクラシックへの引力が顔を出す。
Lord のオルガン・イントロだけを聴くと、まったく別のバンドの曲のように聴こえる——それがこのアルバムの振れ幅の広さを一番感じられる瞬間だ。
Space Truckin’
アルバムの締めくくり。1950年代ロックンロールの語り口で「宇宙旅行」という SF テーマを書いた。「音楽を太陽系に届けよう」といった nonsense フレーズをバンドで集めながら詞を作ったと Glover は語っている。
「コーラスで爆発し、ヴァースで疾走する」という構造を維持しながら、後半になるほど Paice のドラムが支配的になっていく。ギター・ソロは短く、Blackmore は意図的に引いている。Paice が前に出るとき、道が空く——その感覚が音に出ている。
ライブでは20分を超える即興の場になったが、スタジオ版4分半の完結した構造には無駄がない。アルバムの最後の音が消えると、もう一度最初から聴きたくなる。それがこのアルバムの正しい聴き方だと思っている。
まとめ
このアルバムが証明したのは、バッハとブルースとヘンドリックスを一枚のアルバムに収められるし、そしてクラシックの精密さとロックのエネルギーを同時に鳴らせるということだった。
Iron Maiden の Steve Harris は「Deep Purple と Black Sabbath、少し Zeppelin を混ぜたものが Iron Maiden の重さの原点だ」と語り、Eddie Van Halen は Blackmore を「最も影響を受けたギタリストのひとり」として挙げた。Deep Purple に続いて Rainbow を結成した Blackmore のネオクラシカル・メタルの方法論は、ヨーロッパのパワー・メタル全体の設計図になった。
Led Zeppelin、Black Sabbath と並ぶハード・ロック史の一角として、このアルバムは永遠に聴かれ続ける。
