ソニック・ユース(Sonic Youth)おすすめ名盤『Daydream Nation』レビュー|カート・コバーンが「最もよく聴いていた」と明かした、オルタナ/ノイズ・ロック革命

ソニック・ユース(Sonic Youth)おすすめ名盤『Daydream Nation』レビュー|カート・コバーンが「最もよく聴いていた」と明かした、オルタナ/ノイズ・ロック革命 Alternative Rock / Grunge

1988年10月18日。ニューヨークのインディシーンに生息していた4人組が、アメリカのロックを静かに書き換えた。

Sonic Youth の『Daydream Nation』。このアルバムがなければ、90年代のオルタナティブ・ロック全体の形が変わっていた可能性がある。

Pitchfork が「1980年代の100枚」で1位に選び、アメリカ議会図書館が「国家録音登録」に指定した。でも1988年当時、このアルバムはアメリカのチャートにすら入らなかった。それがこのアルバムの話の始まりだ。

制作背景

エンジニアの Nick Sansano は、当時 Sonic Youth のことをほとんど知らなかった。でもバンドの「攻撃的なサウンド」という評判は耳にしていた。

だから初顔合わせのとき、Sansano はバンドに Public Enemy の「Black Steel in the Hour of Chaos」と Rob Base & DJ EZ Rock の「It Takes Two」を聴かせた。「ヒップホップのこのドラム音とグルーヴを使いたい」というメッセージだった。

バンドは即座に反応した。「俺たちが求めていた音だ」と Moore は言った。「ロックバンドがヒップホップエンジニアを呼んだ」という組み合わせが、このアルバムの独特のドラム音の源泉になっている。

録音中に事件が起きた。Sansano はこう振り返っている。「俺たちはテープマシンにどれだけ信号を入れられるか試し続けた。ある時点でヒューズが飛んで、スタジオ全体が落ちた。チューブが逝って、フィードバックループが始まって、最終的にスタジオ全体がシャットダウンした」と。

そのフィードバック音が、のちに一つのサウンドとして楽曲に取り込まれている。Sonic Youth にとって、機材の故障は「事故」ではなく「素材」だった。

「Trilogy」の最終ミックスをバンドは一晩で仕上げた。Kim Gordon は自分のボーカルテイクに満足できないまま締め切りを迎えたと後に明かしている。「不満を抱えたまま完成した」という事実が、あのアルバムの「未完成の緊張感」に繋がっているのかもしれない。

アルバムタイトルは当初「Tonight’s the Day」だった——「Candle」の歌詞からの引用で、Neil Young へのオマージュでもあった。最終的に「Daydream Nation」に落ち着いた。「夢想する国」という言葉が、レーガン末期のアメリカへの皮肉として機能しているのは間違いない。

ジャケットについて

表紙を飾るのはドイツ人アーティスト Gerhard Richter の絵画「Kerze(キャンドル)」。裏表紙も同じ Richter の別バージョンだ。ロウソクという、燃え尽きるものの象徴——それがタイトル候補だった「Candle」とも響き合っている。

レコードの各面には、Led Zeppelin の4th アルバムのシンボルへのオマージュ(とパロディ)として、メンバーそれぞれを表す記号が入っている。∞(無限大)が Ranaldo、♀(女性記号)が Gordon、Ω(オメガ)が Moore、ドラムスティックを持つ悪魔的な赤ちゃんの絵が Shelley。Zep への敬意と茶化しが同居する、いかにも Sonic Youth らしいデザインだ。

音楽性

このアルバムの核心は「チューニングの解放」だ。Moore と Ranaldo は通常のギターチューニングをほぼ使わない。ドラムスティック、スプーン、ボルト——様々な物体を弦の間に挟み込み、倍音構造を根本から変えた音を鳴らす。

その結果生まれるのは、コードとも単音とも言えない「固有の周波数を持つ音響オブジェクト」とでも言うべきものだ。それが14曲70分にわたって展開する。

通常のチューニングでは、コードは「決まった押さえ方」に従って機能和声を形成する——ドミナントからトニックへの解決、短調と長調の切り替え、そういった約束事がすべてフレットの配置に刷り込まれている。Sonic Youth はその配置ごと作り直した。

例えば「Teenage Riot」で Moore が使うチューニングは GABDEG。開放弦を全部鳴らすと、9度と6度の音が同時に鳴る複雑な和音になる。このチューニングで単純な形を押さえると、標準チューニングでは絶対に生まれない倍音が立ち上がる。

Ranaldo はそこに別のチューニングのギターを重ねる——二本が別々の「音の世界」から鳴っているのに、なぜかグルーヴとして噛み合う。この「不一致が一致する」という感覚が、このアルバムの和声的な謎の正体だ。

Sonic Youth のコードは長調でも短調でもなく、その外側にある第三の質感を持つ。機能和声の「解決」を求めないまま音が連なるため、アルバム全体が常にどこへ向かうかわからない浮遊感の中に置かれる。その宙吊りの感覚こそが70分を一気に聴かせる引力だ。

物体を弦に挟む奏法——「プリペアド・ギター」とも呼ばれる——は、John Cage がピアノで確立した手法のギター版だ。ボルトやドラムスティックを挟むと、弦の振動が分断され、特定の倍音成分だけが増幅される。通常の「音程」が消え、金属的・打楽器的な「テクスチャー」だけが残る。それが Sonic Youth の「ノイズ」の正体で、ランダムな音の塊ではなく、倍音を意図的に操作した「管理されたカオス」だ。

二本のギターが異なるチューニングで鳴ることで、わずかにピッチがずれた音同士が干渉し合い、「うなり」が発生する。これは物理現象で、エフェクターで作り出したノイズとは本質的に異なる。このアルバムに漂うあの独特の「ざわざわ感」の多くは、そのうなりから来ている。

楽曲解説

Teenage Riot

アルバムのオープナーにして、Sonic Youth 最大のラジオヒット。Moore の書いたこの曲は「Mudhoney、Dinosaur Jr. のようなギターバンドが起こした暴動への賛歌」として書かれたが、その後の歴史で Nirvana の「Smells Like Teen Spirit」のひな形として語られるようになった。

ゆっくりとしたアンビエントな導入部——Kim Gordon が「spirit desire」と呟く——は、オルタネート・チューニングの開放弦が霞のように広がる時間だ。本編が始まった瞬間に Shelley のドラムがヒップホップ的な打点でグルーヴを叩き込み、浮遊していた和声が突然実体化する。

その瞬間の衝撃が6分間の推進力になっている。難解なのに踊りたくなる——それがこの曲の真骨頂だ。

Silver Rocket

2分半の爆発。「Teenage Riot」の後に来るこの速度感は意図的で、「ゆっくり引っ張り込んで、次の瞬間に叩き落とす」というアルバムの設計を象徴している。

中盤に挿入されるノイズの壁は、「どこまでやれるか試した」実験の産物だ。

The Sprawl

Kim Gordon 主導の曲。ロサンゼルスの郊外の空洞さを歌った歌詞が、Gordon の淡々としたボーカルで届く。「Satan’s daughter」という一節が、この曲の核心にある冷たさを象徴している。

中弦2本が C のユニゾンになるチューニングで、どこを押さえても太いドローンが鳴り続ける。Gordon の声が乗るこの「動かない和音の海」こそが、郊外の空虚さそのものだ。

Eric’s Trip

アンディ・ウォーホルの映画「Chelsea Girls」に登場する Eric Emerson の LSD トリップ中のモノローグから着想を得た曲。2本のギターがどちらがリードでどちらがリズムか判別できなくなる瞬間がある。チューニングが和声をほぼ解体している。

Moore がフレットレスのギターにベース弦を張った特製楽器を使った曲で、そのギターが後に盗まれたため長期間ライブで演奏できなかった。この曲の音がいかに再現不可能な固有のものであるかを示すエピソードだ。

Providence

このアルバムで最も異質な曲。Moore が母親の家で録音したピアノソロと、公衆電話から Moore に残された Mike Watt(Minutemen)の留守電2本が重ねられている。

「曲」というより「記録」に近い何か——でもアルバムの流れの中に置かれると、これが必要だとわかる。

Candle

このアルバムのタイトル候補だった曲。「Tonight’s the day」という一節が Neil Young への参照を含む。冒頭のアルペジオから一転し、10/4と9/4拍子が混在するセクションへ移行する。このアルバムで最も複雑な拍子操作が施された曲の一つだ。

「4/4から外れた拍」がどこに置かれるかで、感情の「ずれ」が生まれる。その技法がこの曲で最も明示的に現れている。

Trilogy(The Wonder / Hyperstation / Eliminator Jr.)

アルバムのクローザー、14分の3部作。一晩で仕上げたとは思えない密度で、Moore の轟音、Ranaldo のディソナンス、Gordon の小曲が連なる。

「The Wonder」から始まり、「Hyperstation」のドローンとスクレイプを経て、Gordon の叫びで締める。この3部作は「未解決のまま終わる」というアルバムの和声哲学を構造として示している。

最後の音がフェードアウトではなく轟音の途中で切れる——このアルバムは終わっていない、という宣言として。

まとめ

リリース後、流通問題でアルバムは多くの店舗で入手困難になった。Moore はレーベルを「安物のマフィア」と呼び、翌年 Geffen と契約した。「インディバンドがメジャーに行った」という文脈で批判を受けたが、このアルバムが示したのは「妥協しなくてもメジャーに届く」ということだった。

「このアルバムを録音した翌年、Nirvana は存在し始めた」と Moore は語っている。実際、『Nevermind』の制作中、Kurt Cobain はこのアルバムを「最もよく聴いていた」と明かしている。

アメリカでほとんど売れなかったアルバムが、アメリカのロックを書き換えた。そのパラドックスこそが『Daydream Nation』の本質だ。

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