Gentle Giant の『Octopus』は、1972年にリリースされたバンドの4枚目のアルバムだ。メンバーは Derek Shulman(ボーカル・サックス)、Phil Shulman(サックス・トランペット・ボーカル)、Ray Shulman(ベース・ヴァイオリン・ギター・ボーカル)、Kerry Minnear(キーボード・チェロ・ヴィブラフォン・ボーカル)、Gary Green(ギター・パーカッション)、そして本作から加入した John Weathers(ドラム・パーカッション・シロフォン)の6人。全8曲・約34分。
タイトルは Phil の妻 Roberta が思いついた言葉遊びだ——「octo(8)+opus(作品)」で、8曲入りのアルバムを指す。8本の腕を持つタコが、8つの異なる方向へ伸びていく。この比喩はアルバムの構造そのものを言い当てている。
Phil Shulman が在籍した最後のアルバムであり、Weathers が加入した最初のアルバムでもある。AllMusic はこれをバンドの「創造的な頂点」と評し、2015年に Steven Wilson がリミックスした盤が BBC ロックチャートで34位に入った。プログレッシブ・ロックのカタログの中で長く語り継がれている一枚だ。
制作背景
もともとこのアルバムには別のコンセプトがあった。「バンドメンバーそれぞれの肖像を音楽で描く」——そういう出発点だった。
Ray Shulman は後のインタビューでこう語っている。「バンドのメンバーについて曲を書くというアイデアから始めた。コンセプトを持つことがいい出発点になった。でも当時、The Who の Tommy や Quadrophenia の影響もあって、コンセプト・アルバムはやや気取ったものとして見られ始めていた」と。制作が進む中で、曲たちは肖像画の枠を超えて独自の生命を持ち始めた。
録音は2週間という短い期間に集中して行われた。バンドがツアーと次作の制作に追われる中での、密度の高いセッションだった。Moog の音色設計には Manfreds のギタリストとして知られる Mike Vickers が参加した。
完成後、バンドは Black Sabbath の前座としてツアーに出た。Phil はあるショーで Sabbath のファンにヤジを飛ばされながらも、降りる直前にマイクをつかんで吠え返したという。その後バンドはツアーを重ねてロサンゼルスでソールドアウトを達成した。
だが Phil はまもなくバンドを離れた。商業的な行き詰まりへの焦りと内部の対立が重なった末のことだった。
音楽性
Gentle Giant が何者なのかを一言で言い表すのは難しいが、試みるとすれば「中世・ルネサンス音楽の対位法的な構造を、プログレとジャズとロックの文脈で再解釈したバンド」だろう。このアルバムはその特徴が最も凝縮された作品だと思う。
和声面での特徴は、調性の外側をうろつく動きにある。マイナー調が多いが、単純な短調の枠に収まらない。ドリアン——短調でありながら長6度を持つ、ジャズやフォークで多用されるモード——の色彩が随所に聴こえ、半音で動く対位法的なラインが複数の声部をまたいで絡み合う。
「解決しそうで解決しない」感触が全曲を通じた空気を作っている。「A Cry for Everyone」から「Knots」へのA面後半では、半音階的な動きと短3度の転調が急速に積み重なる。その緊張がB面の「The Boys in the Band」の7/8拍子へとつながっていく流れになっている。
各メンバーは複数の楽器を持ち替えながら演奏し、アルバム全体では30種類近い楽器が使われているとされる。それでも雑然と聴こえない。ヴァイオリンがメロディを担うとき、キーボードはリズム的な役割に退き、ベースはハーモニーの土台を固める。各楽器が文脈に応じて役割を切り替える——あの「織物のような」密度は、そこから来ている。
曲の構成もアルバム全体でバラエティに富んでいる。各セクションが一度も繰り返されない展開し続ける組曲形式の曲もあれば(「Knots」「River」)、明確なリフを中心に据えたロック的な構成の曲もある(「A Cry for Everyone」「The Boys in the Band」)。これだけ異なる構成の曲が同じアルバムに並びながら、全体の流れが自然に聴こえる。
Weathers の加入がバンドのサウンドを変えた、というのは多くのリスナーが指摘する点だ。前任のドラマーより「ロック的な芯」があり、複雑な上モノをストレートに叩き切ることで、どれほど入り組んだ構造でも地面からずり落ちないようにしている。「Weathers のドラムがバンドをバラバラにしていた最後のピースを接着した」——そういう表現をよく見かけるが、まさにそうだと思う。
前作『Three Friends』(1972年)と最も大きく違うのは、温度だ。『Three Friends』は物語的でシンフォニックな質感だったが、『Octopus』はより「ロックとして鳴っている」。難解なことをやりながら、どこかユーモラスで、温かい。知的でありながら冷たくない——それがこのバンドとしては稀有なバランスだ。
楽曲解説
The Advent of Panurge
フランソワ・ラブレーの『ガルガンチュアとパンタグリュエル』に登場する人物 Panurge の登場を歌ったオープナー。Panurge は12の言語で同時に話しかける人物で、その「複数の声が錯綜する」設定が、この曲の多声ボーカルと重なる——冒頭は3声以上のアカペラで始まり、各声部が独立したラインを持ちながら絡み合う。
バンドが入ってからが面白い。表向きは4/4で進むが、ベースとギターが3拍フレーズや5拍フレーズを混ぜ込んでくる。4拍子の土台の上で別の拍の周期が走り続ける感覚だ。Weathers のドラムはあくまで4/4の「踊れるロック」として叩き切るため、聴き手はその「ズレ」を意識せずとも体で感じる仕組みになっている。
中盤には6/8風のスウィング感のある部分が現れ、拍子感が揺れながら元のグルーヴへ戻る。和声的には Eマイナーを基軸に、短2度(半音)の動きが頻繁に現れる。着地しそうで着地しない——その不安定な色彩が曲全体を支配している。
聴いてほしい瞬間は冒頭30秒後あたりだ。アカペラの霧が晴れて、全楽器が一気に揃い、Kerry Minnear のピアノが攻撃的に叩き込まれる——あそこで体が自動的に動く。
Raconteur Troubadour
中世の吟遊詩人(トラバドール)が物語を語るという設定の曲。ヴァイオリン、チェロ、リコーダー、クラムホルン風のリード楽器など、アコースティックな楽器が次々と顔を出す。このアルバムの中で最も「中世的」な色合いが強い。
冒頭はほぼ3/4拍子の舞曲風で、ヴァイオリンが主旋律、ベースがオフビートを刻む。シンプルながら微妙に引っかかるリズム感がある。ドラムが加わると、ハイハットが2拍3連やクロスリズムを刻み始め、「3の上に2が乗る」——3拍子と2拍子の周期が同時に走る状態になる。
中盤では4/4に聴こえるセクションへの移行もあり、短い時間の中で3拍子・4拍子・複合的なリズムが入れ替わっていく。和声は Dマイナー基調で、ドリアン的な色彩が強い。長6度の音が混じることで、純粋な暗さにならず、古めかしい明るさが混在する。
技巧が前面に出すぎない——それがこのアルバムの中でこの曲を「聴きやすい入り口」にしている理由だと思う。
A Cry for Everyone
このアルバムの中で最もヘヴィでロック色が強い曲。フランスの作家 Albert Camus の思想——不条理と反抗——に触発された歌詞を持つ。重いギターとオルガンがユニゾンするリフは、ほとんどハードロックと言っていい。
ただ、よく聴くと小節の長さが揺れている。基本は4/4だが、ヴァースやブリッジで7拍に延長されたり、1拍だけ足して戻る「+1」の感覚が挟まれる。Weathers がそれを「なかったこと」のように叩き切るため、リスナーの感覚としては「あれ、今少し変だった?」程度の引っかかりにとどまる。
この「気づかれない変拍子」こそが、この曲を何度でも聴きたくなる理由だと思っている。聴いてほしい瞬間は1分30秒あたり——ヘヴィなリフが一瞬だけ解体されてオルガン単音になる場所だ。次にリフが戻ってくる瞬間の解放感が、その落差によって倍増している。
Knots
スコットランドの精神科医 R.D. Laing の著書『Knots』(1970年)に触発された曲。Laing の本は「私はあなたがそう思うと思っている——あなたは私がそう思うと思っている」という自己言及的な連鎖で構成されており、その構造がそのまま音楽になっている。このアルバムで最も難解にして、最も魅惑的な曲だ。
冒頭から、3声以上がそれぞれ異なるリズムで詩を朗唱する。明確な拍子感よりも、声部ごとの独立したリズムが優先される——言葉が「あちこちから飛んでくる」感覚が体を包む。
その後、グロッケンシュピールや木琴が加わる部分では、表のビートは4/4に近いが、上モノが5連・7連の変則的なフレーズで動く。4拍子の上に5の周期と7の周期が同時に走る。カオスの中にある種の秩序がある——4分に満たない曲の中で、この矛盾が鮮やかに成立している。
中盤、Weathers によるシンコペーションだらけのドラムと木琴の絡み合いが現れる。拍の「表」と「裏」が頻繁に入れ替わり、どこが拍の頭か分からなくなる。この「迷子になる感覚」が、Laing のテーマである「自己言及のループで出口を失う感覚」と重なっているように聴こえる。
聴いてほしい瞬間は2分手前——複数の声部が一瞬だけピタリと揃う場所だ。カオスが一瞬だけ焦点を結ぶ。あそこで鳥肌が立つ。
The Boys in the Band
ほぼインストゥルメンタルで、バンド自身へのオマージュ的な曲。冒頭にはコインが回転する音と笑い声が入る——クレジットには Martin Rushent による「笑い声、コインの回転」という記載がある。
メインのリフは7/8拍子——7つの8分音符を1単位とする拍で、4/4に慣れた耳には「1拍足りない」感覚がある。ギターとキーボード、サックスがこの7拍リフをユニゾンで繰り返す一方、Weathers のドラムは4/4的なアクセントをさりげなく重ねる。
「7の上に4が乗る」構造で、リスナーはどちらの拍感で聴くかによってまったく違う音楽に聴こえる。7拍として聴けば奇妙にぶつ切りに感じ、4拍として聴けばビートが「ずれ続ける」感じがする。どちらでも楽しめる二層構造だ。
ベースはときどきフレーズをずらし、フロントとのズレを際立たせる。中間部ではよりストレートな4/4的なセクションに移行し、そこからまた最初の7/8リフへ戻る——「複雑→わかりやすい→再び複雑」の流れを一曲の中で体験させる。聴いてほしい瞬間は1分38秒あたりだ——キーボードのフレーズが、21秒後に入ってくるベースラインと同じ旋律を先に弾いている。気づいた瞬間に思わず笑った。
Dog’s Life
リード・ボーカルは Phil Shulman で、バンドのローディたちへの愛着を込めた曲だ。歌詞の主人公は、誰にも理解されないまま「犬の生活」を送る人物——その暗喩が、ツアーの裏方として黙々と働く人々の姿と重なる。
フォーク・ロック寄りのアコースティックなサウンドで、アルバムの中では落ち着いた位置にある。基本は4/4だが、歌のフレーズとコード進行の終点がずれていて、拍の感覚が浮き上がる場面が随所にある。旋律のラインが解決しそうな場所でコードが先に動いてしまう——「追いかけっこ」のような和声の流れが、この曲の「居心地の悪さ」を生んでいる。
聴いてほしい瞬間は1分半あたりから——Phil の声が複数に重なり始め、曲が急に内省的な色合いを帯びる場所だ。「Dog’s Life」というユーモラスなタイトルから想像するより、ずっと感傷的な場所に連れて行かれる。
Think of Me with Kindness
このアルバムで最も静かな曲。リード・ボーカルは Kerry Minnear が担当している。Phil の在籍最後のアルバムにおいて「別れを歌う曲」として語られることが多い——録音の経緯からそういう文脈が生まれるのは自然だが、Minnear の声で歌われることで、個人的な告白というより「誰かへの柔らかい祈り」として聴こえる。
拍子は基本4/4で、ピアノのアルペジオと弦がゆっくりとした和音の進行を回す。変拍子やリズムの複雑さはほとんど前に出ない——フレーズの途中で一瞬2拍だけ詰まる「丸め方」程度に留まる。アルバム全体の中で「耳を休める」位置にあるが、「Gentle Giant らしい複雑さ」はそっと保たれている。
聴いてほしい瞬間は後半のブラスのインタールードだ。それまでのピアノと弦の繊細な質感に、金管が加わって一段膨らむ——その広がり方が、感情の出口を開けるように聴こえる。アルバムを通して聴いてきたところにこの曲が来る流れがたまらない。
River
アルバムのクローザー。バンド自身が「あらゆる楽器を駆使して異なる空気感を作り出した」と語った曲で、5分52秒の中に複数の「景色」が詰まっている。
Ray Shulman のフォーク的なヴァイオリンで始まり、川の流れのような静けさから徐々に緊張が高まっていく。中間部では突然サイケデリックなシンセと Gary Green のブルース寄りのギター・ソロが現れる。このアルバムの中で最も「ロックとジャズとフォークが同時に鳴っている」状態になる瞬間だ。
構成は各セクションが一度も繰り返されない展開し続ける形式で、川が流れるように「元に戻らない」。歌詞も河川の比喩に満ちており——「浅瀬を信じよ、深くなるほど危険だ」——曲の形がそのまま川の流れを模している。
面白いのは、ギター・ソロの途中で Derek の歌声がギターの旋律に重なる瞬間があることだ。意図的なのか偶然なのかは定かではないが、人間の声と弦が同じ旋律を口ずさむ——アルバムの締めくくりにふさわしい重なりだ。聴いてほしい瞬間は3分手前——静かなフォークから一変して複数の楽器が爆発する瞬間だ。同じ曲の中にこれほど異なる空気が詰まっていることへの驚きが、毎回ここで来る。
まとめ
『Octopus』が優れているのは、変拍子も対位法も多声ボーカルも「難しいことの見本」として積み上げるのではなく、一曲ごとに明確なキャラクターと物語を持たせながら、アルバム全体としても自然な流れにまとめ上げている点だ。
「The Advent of Panurge」の多声アカペラから始まり、中世の吟遊詩人が登場し、Camus の不条理哲学を経て、Laing の自己言及ループへ。A面だけでこの旅の密度がある。B面では7/8拍子の爆発、ローディへの愛、優しい別れ、そして「戻らない川」で終わる。
8つの方向へ伸びるタコの腕が、ちゃんと一匹のタコとしてまとまっている——タイトルの比喩はこういう意味でも正確だ。
「Knots」のカオスと「Think of Me with Kindness」の感傷が同居していることで、このアルバムには人間的な温度がある。複雑なことをやっているのに冷たくない。知的でありながら温かい。そういうプログレは、なかなかない。