Bob Dylan の『Highway 61 Revisited』は、1965年にリリースされた6枚目のアルバムだ。全9曲、総収録時間約51分。
大げさに聞こえるが、このアルバムのリリースの前後で、ポピュラー音楽に何ができるかという感覚が変わった——それは事実だと思う。
詩がロックの歌詞になれる。ブルースが文学になれる。6分間のシングルがラジオで流れることができる。このアルバムはそのすべてを一度に証明した。
制作背景
1965年春、イギリスツアーから帰国した Dylan は疲弊していた。「歌うのをやめようとしていた。ひどく消耗していた」と彼は語っている。帰国後、ウッドストックに引きこもり、アンフェタミンを飲みながら書き続けた「本の原稿のようなもの」——それが「Like a Rolling Stone」の原型になった。「ある地点に向けた、私の揺るぎない憎しみのすべてが込められていた」と Dylan は後に述べている。
最初のセッションで Al Kooper が無断でオルガンの前に座り、Dylan が「音量を上げてくれ」と言った——あの指示がなければ、あのオルガンの音は存在しなかった。Bloomfield に対しては「B.B. King のスタイルはいらない。生のブルースだけを弾いてくれ」と伝えた。Bloomfield はギターケースなしで現れた——ケースを持っていなかったからだ。
最後の曲「Desolation Row」は、たまたまスタジオに居合わせたナッシュビルのギタリスト Charlie McCoy がアコースティック・ギターを弾くことで完成した。「Dylan に『あのギターを取って弾いてみてくれ』と言われた。それが Desolation Row だった」と McCoy は振り返っている。
音楽性
このアルバムが同時代のロックと一線を画すのは、9曲で使われる和声の文法が曲ごとに大きく変わる点だ。機能和声のポップな4コード循環、ブルース進行、1コードの呪文のような停滞、フォーク・バラードの素朴な循環——それらが1枚のアルバムの中に意図的に並列されている。
1965年の同時代ロック——Beatles の『Help!』、Stones の『Out of Our Heads』——も和声の幅は持っていた。ただし、それらは概してポップな4コード進行やブルース進行を軸に曲を構成していた。Dylan がここでやったのは、和声の「文法」そのものを曲ごとに切り替えるという、より意識的な操作だ。
当時のフォークと比べると、その差はさらに際立つ。Pete Seeger や初期の Dylan 自身が体現していた1960年代前半のフォークは、アコースティック・ギター1本を軸に、3〜4コードの素朴な進行で成立していた。メッセージの強度は高くても、和声の複雑さに重きを置く音楽ではなかった。『Highway 61 Revisited』はその文法を電気増幅した上で、さらに曲ごとに書き換えた——フォークの知性をロックの爆発力に接続した最初の本格的な試みだった。
サウンド面でも、このアルバムは意図的な「荒さ」を持っている。Kooper のオルガンは鍵盤に不慣れな者が手探りで弾く音がそのまま残っている。Bloomfield のギターはブルースのフレーズを文脈なしに叩きつける。Dylan の声はピッチの精度より感情の圧力を優先する。「完成された演奏」を目指していない——この荒さこそが、アルバムのエネルギーの源だ。
Kooper はあの「Like a Rolling Stone」のセッションについてこう語っている。「1965年に Bob Dylan のセッションに呼ばれるということは、天地創造の4日目にバックステージ・パスをもらうようなことだった」と。その言葉が、このアルバムの音の質感を一番うまく説明しているかもしれない。
楽曲解説
Like a Rolling Stone
アルバムの1曲目にして6分13秒のシングル。Columbia はシングルが長すぎると難色を示したが、ラジオの DJ たちがレコードの両面を繋いで流し始め、Columbia は折れた。Billboard Hot 100 では最高2位を記録した。Rolling Stone 誌の「史上最高の曲」で1位に選ばれており、これはポップ・ミュージックの歴史において最も重要な1曲と言っていい。
和声は C – Dm – F – G という機能和声のポップな4コード循環——「La Bamba」と同じ進行——で動く。その「誰でも知っている」コード進行の上に、6分間の詩が乗る。進行の親しみやすさと歌詞の異質さの落差が、この曲の緊張感の正体だ。
かつて高みにいた「あなた」が今は無一文で路上にいる——その逆転のナラティブが6分間にわたって疾走する。「How does it feel? / To be on your own?」——「どんな気持ちだ?ひとりで立っているのは?」——その問いかけは歌詞の外に向かって開いていた。誰に向けた問いなのか、聴くたびに変わる。
この曲が何を変えたかを一言で言えば、「長くても複雑でも、本当のことを歌えばラジオで流れる」という事実を証明したことだ。6分のシングルがチャートに入る前と後で、ポップ・ミュージックにできることの定義が変わった。Jimi Hendrix、Bruce Springsteen、Patti Smith——この曲から直接出発したアーティストを挙げればきりがない。
Tombstone Blues
ロックンロールの速い8ビートで疾走する2曲目。I – IV – V のブルース進行で動き、解決感の強い機能和声というより、反復するグルーヴが推進力だ。「Like a Rolling Stone」の4コード循環と並べると、同じロックの曲に聴こえながら和声の言語がまったく違うことがわかる。
「the sun’s not yellow, it’s chicken」——「太陽は黄色じゃない、臆病者の色だ」——という一節を含む歌詞は、権威への嘲笑と歴史的人物の奇妙な混列で構成される——Jack the Ripper、Ma Rainey、Beethoven。文脈を無視した固有名詞の配置は、Dylan が後の『Blonde on Blonde』でさらに深めていく技法の予告だ。
Bloomfield のギターはここで最も自由に動く。「B.B. King のスタイルはいらない」と言われた意味が、この曲で最も具体的に聴こえる。
Ballad of a Thin Man
A 面の締めくくり、5曲目。重いピアノの和音と Paul Griffin の不気味なオルガンが曲全体を支配する。和声はほぼ E マイナー1コードで動き、和声的な「解決」がほとんど起きない——コードが動かないことで生まれる呪文のような停滞が、曲の不穏さの正体だ。Dylan はセッションで「slower, slower——it has to crawl」と繰り返し指示した。ピアノの単音が落ちる間の沈黙が、曲をさらに不穏なものにする。
「you walk into the room / with your pencil in your hand」——「あなたは部屋に入ってくる、手に鉛筆を持って」——ジャーナリストの「Mr. Jones」が何かを書き留めようとして、何も理解できないまま終わる物語だ。「something is happening but you don’t know what it is」——「何かが起きている、でもあなたにはわからない」——は、アルバム全体を通じた主題の要約でもある。
Highway 61 Revisited
タイトル曲、8曲目。アルバムの中で最も速く、最もユーモラスな曲だ。冒頭に鳴る玩具の警笛——Kooper がセッションに持ち込んだ Acme の笛——がすべてを設定する。旧約聖書のアブラハムとイサクの物語を現代アメリカに移植し、神の命令に従って息子を殺そうとするアブラハムが「Highway 61 で」と答える。その滑稽な並列が、警笛の音と一体になっている。
Highway 61 は Dylan の故郷ダルースからミシシッピ・デルタを縦断する実在の道路で、Robert Johnson、Muddy Waters、Howlin’ Wolf ら無数のブルースマンが記録に残した土地だ。
Desolation Row
アルバム唯一の完全アコースティック曲、9曲目・11分21秒。Dylan のアコースティック・ギターと Charlie McCoy のフラメンコ/メキシカン・スタイルのギターが重なる。和声は D メジャーを中心にした素朴な循環で、11分21秒を通じてほぼ変化しない——ブルース進行でも機能和声でもない、フォーク・バラードの文法だ。エレクトリックの轟音で A 面から B 面を駆け抜けてきたアルバムが、ここで別の惑星に着く感覚がある。
10節にわたる歌詞にはアインシュタイン、ネロ、オフィーリア、T.S. エリオット、エズラ・パウンドが「Desolation Row」という通りに集められる。誰もが本来の文脈を剥ぎ取られ、奇妙な並列に置かれる。
1920年、Dylan の故郷ダルースで黒人男性3人が強姦の疑いで私刑にかけられ、写真ポストカードが売られた。Dylan の父親は当時8歳で、現場から2ブロックのところに住んでいた。その記憶が父から息子へ伝わり、歌詞に染み込んでいる。
「Desolation Row はどこにあるのか」と問われた Dylan はこう答えた。「メキシコの国境の向こうだよ。コーラの工場で知られている」と。その答えがすべてを語っている。
まとめ
『Highway 61 Revisited』は、フォーク・ロックという概念の金字塔だ。フォークの詩的な知性とロックの爆発力を、誰も試みたことのない方法で融合させた。このアルバムより前に「フォーク・ロック」という言葉はあったが、このアルバムが出た後でしか、その言葉の本当の意味は定まらなかった。
Rolling Stone は「史上最も偉大なアルバム」の4位に選んだ。Pitchfork は「60年代最高のアルバム」と評した。それだけの評価が半世紀以上にわたって更新され続けているのは、このアルバムが「音楽に何ができるか」という問いへの答えを今も持ち続けているからだ。
Dylan は録音を終えた後、こう言ったと伝えられている。「これほど良いレコードは二度と作れない」と。当時24歳だった。正しかったかどうかはわからない。ただ、このアルバムが何かの頂点にいることは確かだ。「Like a Rolling Stone」から「Desolation Row」まで、9曲で51分。その51分の間に、ポピュラー音楽がどこまで行けるかの地図が書き直された。
