Playboi Carti の『Whole Lotta Red』は、2020年12月25日——クリスマスに突然リリースされた2枚目のスタジオ・アルバムだ。メイン・プロデューサーは F1lthy と Art Dealer。Kanye West がエグゼクティブ・プロデューサーとして参加した。Billboard 200 で初登場1位。Rolling Stone は「Yeezus 以来最も先進的なラップ・レコードのひとつ」と評し、2022年に同誌の「200 Greatest Hip-Hop Albums of All Time」で129位に選出した。
リリース直後の反応は真っ二つだった。「歌詞がない」「同じことしか言っていない」という批判と、「これは声とビートが一体になった新しいポップの形だ」という評価が激しく割れた。Carti が Instagram ライブでアルバムを流していると、チャットに「THIS ALBUM IS FUCKING SHIT」というコメントが流れ、彼はそこでライブを終了した。
数年後、評価は逆転した。Yeat、Ken Carson、Che——現在のアンダーグラウンド・ラップのほぼ全体が、このアルバムを土台として動いている。リリース当初に「駄作」と呼ばれたアルバムが、現在進行形のジャンルを生んだ。
制作背景
制作は長く、複雑だった。2018年のデビューアルバム『Die Lit』の直後からタイトルを発表し、深夜から明け方にかけて自分だけで録音する「Carti hours」と呼ばれたセッションを繰り返した。「スタジオと家だけ」という生活を続けながら、意図的に孤立した状態で音を探し続けた。
2020年6月、転機が訪れた。親友の Bigg Sosa が亡くなり、Carti は SNS から姿を消した。その沈黙から戻ってきたとき、それまで作っていた「ベイビー・ボイス期」の素材を捨て、ヴァンパイア的な美学を全面に押し出した新しいバージョンを作り始めた。
「Stop Breathing」は Bigg Sosa を殺したギャングへのディスであり、追悼でもある。「Ever since my brother died, I been thinking ‘bout homicide」——「兄弟が死んでから、殺すことしか考えられない」。この一行に、転換のすべてが凝縮されている。
その後 2020年11月に Kanye West がエグゼクティブ・プロデューサーとして合流し、16曲を追加録音した。そのまま12月25日に突然リリースされた。
ヴァンパイアのペルソナの出発点はカルト映画『ロスト・ボーイズ』(1987年)と『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(1994年)だ。「Vamp Anthem」はバッハの「トッカータとフーガ ニ短調」をサンプリングしている——ドラキュラで有名なあの曲だ。
Carti はボーカルについてこう語っている。「声を楽器として扱っていた。アドリブや重ね録りが、プロダクション自体と区別がつかなくなるくらい溶け込んでいく」と。高音量のモニター越しに録音を続ける中で、声が自然とかすれて歪んでいった。「パンクなスタイルを意図したわけではなく、F1lthy と一緒に大音量で録っていたら、ああなった」と語っている。
音楽性
前作『Die Lit』のメロディック・トラップから完全に離れ、140〜160bpm の歪んだ808、過圧縮されたドラム、パンク・ロック的な破壊衝動が前に出た音楽だ。「レイジ・ラップ」というジャンル名は、このアルバムの後に生まれた言葉だ。
F1lthy のプロダクションがこのアルバムの核だ。「Stop Breathing」「On That Time」での重ひずみのベースラインと攻撃的なシンセは、それまでのトラップとは別の密度を持っている。Carti の声はアドリブが重なり、繰り返され、プロダクションと区別がつかなくなる。「意味のある歌詞がない」という批判は正確だが、それはこの音楽の目的が「歌詞を届けること」ではないからだ。ライブのモッシュピットを想定して設計された音楽——それが Carti 自身の説明だ。
問題点も正直に言う。24曲・1時間超という長さは明らかに多すぎる。後半にはアイデアが尽きかけた曲があり、「M3tamorphosis」の Kid Cudi フィーチャーはアルバムの統一感を乱す。「少ない方がよかった」アルバムだ。ただアルバムの物量の多さが、後続アーティストに与えた影響の広さと無関係ではないかもしれない。
楽曲解説
Rockstar Made
アルバムの幕開け。歪んだベースラインとギター的なシンセが轟く。Carti はアグレッシブにクリップされた音節を繰り返しながら、声を次々と変えていく——喉が干からびたような声、うなり声、叫び声。アルバム全体のプレビューだ。
「I just killed an opp」という歌詞が冒頭に出てくる。物語ではなく、宣言として。
Stop Breathing
断続的なスクリームと808が交互に現れ、Carti の声が「呼吸する/止まる」というリズムでプロダクションと溶け合っていく。Bigg Sosa を殺したギャングへのディスとして書かれた曲だが、聴こえてくるのは怒りと喪失が分離しないまま音になった状態だ。
「Ever since my brother died, I been thinking ‘bout homicide」——「兄弟が死んでから、殺すことしか考えられない」。この一行がこの曲を支えている。
Punk Monk
漆黒の静けさと単調な繰り返し——このアルバムで最もストイックな曲だ。Carti はここで自分のキャリアを語り、音楽業界への不満を名指しで吐き出す。「They tried to turn me into a white boy」——「あいつらは俺を白人にしようとした」。このアルバム全体の反骨心が、一行に収まっている。
スタジオと家だけを往復しながら孤独に制作した時間——その重さがこの曲のテンポに宿っている。
F33l Lik3 Dyin
アルバムのクロージング。終盤に突然 Bon Iver の「iMi」のサンプルが現れ、世界が静止する。直前まで攻撃的だった音が溶け、Carti が母親への感謝を歌い始める。
「My mama always knew I was a star / Sacrifices every day / She gave me the keys to her only car / I took that bitch and I went far」——「mama always knew I was a star」——「ずっとスターになると信じてくれていた」。最後の「that bitch」への予想外のメロディの跳躍が、この曲を決定的にしている。ヴァンパイアのペルソナの仮面が一瞬外れる。それがアルバムの最後に置かれる。
まとめ
『Whole Lotta Red』は「完成度の高いアルバム」ではない。24曲は多すぎるし、後半は失速する。でもそれは、このアルバムが評価される理由とは別の話だ。
レイジというジャンルの設計図をここで Carti が引いた——Yeat も Ken Carson も Che も、その設計図の上に乗っている。2025年に Carti がリリースした『Music』の初日 Spotify 再生数が1億3400万回を記録したのは、このアルバムが4年かけてオーディエンスを作ったからだ。
「駄作」と呼ばれたアルバムが時代を作る。音楽の歴史はずっとそうやって動いてきた。
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