Boards of Canadaの『Music Has the Right to Children』(1998年)のジャケットを最初に見たとき、少し不安になった。
色褪せた家族写真。でも顔だけが、全員ない。塗り潰されているわけじゃなく、時間に溶けてしまったみたいに、ただ消えている。
Warpから1998年にリリースされた、兄弟デュオMichael SandisonとMarcus Eoinによるデビュー・スタジオアルバムです。
これがそのまま、このアルバムの正体だと思う。誰かの記憶なのに、誰の記憶かわからない。聴いているうちに、知らないはずの景色が「自分のもの」として浮かんでくる。
制作背景
SandisonとEoinは1981年ごろからカセットテープにシンセを重ねて音楽を作り始めた。
スコットランド出身の兄弟で、2人が音楽活動を始めた当初は10数人規模のグループとして活動していたが、やがて兄弟2人のプロジェクトに絞られていった。
1995年にTwoism、1996年にHi Scoresという2枚のEPを自主制作でリリースし、Hi ScoresをAutechreのSean BoothがSkam Recordsへの接触を勧めた。
SkamはHi Scoresを正式リリースし、フルアルバムの制作をオファーした。同時にWarp Recordsも関心を示したため、アルバムは両レーベルの共同リリースという異例の形を取ることになった。
録音はエジンバラ近郊のPentland Hillsにある自分たちのスタジオ「Hexagon Sun」で行われた。
使用した機材は意図的にチューニングをずらしたヴィンテージのシンセサイザー、ドラムマシン、リール・トゥ・リールのテープレコーダー——最新の機材より、くたびれた古い道具のほうが人間の記憶に近い音を出せると彼らは信じていた。
このアルバムが発表された1998年、インターネットはまだ今とは全然違う場所だった。
ライブもやらず、スコットランドの山の中に引きこもっている正体不明の兄弟デュオ。その神秘性込みで、アルバムは届いた。
Marcus Eoinはインタビューで「何千人もの人が繰り返し聴く録音を作っているとき、自然と考えるんです。音楽以上の何かを仕込めないかと。声を入れて、意識には届かなくても無意識に何かを呼び起こせるかもしれない、と」と語っている。
実際、このアルバムには仕掛けが山ほどある——自分たちの過去作への参照、アルバム全体に散りばめられた数字と形への言及、最も熱心なファンだけが解読できるレイヤーが重なっている。
音楽性
同時代の電子音楽シーンを思い出してほしい。Aphex Twinは鋭く冷たく、Autechreは難解な抽象化へと向かっていた。
その中でBoards of Canadaは、Aphex Twinの知性的な構造に体温を加え、Brian Enoのアンビエント的な広がりにヒップホップのビートを組み込んだ——どのカテゴリーにも収まらない何かを作った。
後続への影響という点では、RadioheadのThom Yorkeが「このアルバムを聴いてから音の捉え方が変わった」と語り、BurialやSolangeも影響を認めています。
ミックスの特徴として、このアルバムはアナログの劣化を「欠点」ではなく「質感」として積極的に使っています。
テープの磁気が擦り切れたような高音の丸め込み、カセット経由で録音されたような低域の膨らみ——デジタルで再現できる音を、わざわざアナログに通すことで「古くなった」音にする。
その「古さ」が、聴き手の脳に「この音は知っている」という誤認を起こす。知らないはずの子供時代を思い出させるメカニズムの核心はここにある。
リズムという点では、ヒップホップのサンプリング文化から借りてきたブレイクビートを、BPMを落として引き伸ばす手法を全編で使っています。
通常のダンス・ミュージックより遅く、アンビエントより重い——その中間に浮かんでいる感触が、このアルバムの「どこにも分類できない」感覚の正体のひとつです。
歌詞——というより、声のテーマという観点では、子どもの声のサンプルがアルバム全体に散りばめられています。
ピッチを変えられ、スピードを落とされ、原形をほとんどとどめないまま音の一部になった声。「子ども」という存在が持つ「時間の外側にいるような無邪気さ」と「失われていくもの」への哀愁が、このアルバムの感情的な核にある。
タイトル「音楽には子どもである権利がある」は、その宣言です。
楽曲解説
An Eagle in Your Mind
アルバム2曲目。最初の4分近くは、ぼんやりとしたシンセのモチーフとなかなか離陸しないビートが続く。
そしてようやく本物のメロディとバスドラムが現れた瞬間、それは衝撃として訪れる。「待たせる」ことで生まれる感動というものがある。この曲はその教科書だと思います。
ヴィンテージのシンセサイザーを意図的にチューニングずらして重ねたモチーフが、「正しい音程なのに微妙にずれている」感触を作っている。
その「ずれ」が、子どものころの記憶のように「あったはずなのに正確に思い出せない」感覚と対応して聴こえる。
Sixtyten
6曲目。アルバムの中で最もメロディが「歌っている」曲のひとつ。
ブレイクビートの上に降ってくるシンセのラインは、どこかフォーク・ソングのような親しみやすさを持っていて、電子音楽だと意識せずに聴ける。
タイトルの「Sixtyten」は「60年代」と「10代」を重ねた造語ではないかと解釈されることが多く、実際にこの曲が喚起する感触はそのどちらでもある——「遠い過去」と「若い記憶」が同じ場所に重なっている。
Roygbiv
10曲目。虹の色の頭文字を並べたタイトル通り、このアルバムで一番「色」を感じる曲。
滲むようなシンセのベースラインがブレイクビートと豊かな音色へと開花していく。明るいのに泣きそうになるのはなぜだろう。
2分31秒という短さの中に、起承転結がある。冒頭の単音から始まり、ビートが入り、シンセが重なり、頂点に達してフェイドアウトする——その流れが「夏の午後が終わっていく」感触と完全に一致している。
Aquarius
12曲目。ピッチを変えた子どもの声のサンプルが浮遊し、歪んで、どこか遠くから聞こえてくる。
暗い部屋で一人で聴くと、少しだけ怖い。でもそれが心地よい。
子どもの声を「聴き取れるか取れないか」の境界まで加工して使う手法が、このアルバムで最も露骨に現れている曲。「声があることはわかる、でも何と言っているかわからない」——その状態が、夢の中で誰かに話しかけられている感触に近い。
Pete Standing Alone
14曲目。アルバム後半の静けさの核にある曲。
タイトルは1960年のNational Film Board of Canadaのドキュメンタリー映画『Circle of the Sun』の主人公から取られていて、カナダの先住民の文化と儀式を記録した作品——Sandison兄弟のカナダへの関心(バンド名「Boards of Canada」そのもの)がここにも滲んでいる。
シンセの単音が空気のように漂い、ビートがほとんど聴こえなくなる。
このアルバムで最も「遠い場所にいる」感触の曲で、ここまで来ると音楽を聴いているのか、記憶の中にいるのかがわからなくなってくる。それがこのアルバムの、どうにも説明しにくい核心だと思います。
まとめ
25年以上経った今も、このアルバムは古びない。
むしろ、スマートフォンで何でも一瞬で手に入る時代に聴くほど、この「くたびれた、遅い、どこか壊れた音」が沁みる。
知らないはずの子供時代を思い出させる音楽が、ここにある。

