LCDサウンドシステム(LCD Soundsystem)おすすめ名盤『Sound of Silver』レビュー|クラウト・ロックとディスコのグルーヴが交差した00年代ダンス・パンク最高峰

LCDサウンドシステム(LCD Soundsystem)おすすめ名盤『Sound of Silver』レビュー|クラウト・ロックとディスコのグルーヴが交差した00年代ダンス・パンク最高峰 Synthpop / Indietronica

LCD Soundsystem の『Sound of Silver』は、2007年にリリースされた2枚目のスタジオアルバムだ。ダンス・パンクとエレクトロニカ、それにロック・バンドとしての肉体性を高い解像度で結びつけた作品で、Metacritic で86点の評価を得た。

このアルバムを聴くたびに、クラブとインディ・ロックの間にあった見えない壁が、ここで一度きれいに溶けてしまったのだと感じる。ビートは確かにフロア仕様なのに、歌詞とメロディの手触りは妙に人間くさく、少し疲れた視点を持っている。そのアンバランスさが、00年代インディの中でも特別な場所にこのアルバムを押し上げているのだと思う。

制作背景

LCD Soundsystem は、プロデューサー/エンジニアとして DFA Records を運営していた James Murphy を中心に結成されたプロジェクトで、もともとは12インチ単位でシングルを出してクラブで鳴らすためのユニットだった。

2005年のデビュー・アルバムで、パンクとディスコとノーウェーヴを混ぜたような荒削りなサウンドを提示し、ニューヨークのインディとクラブ・シーンの両方で存在感を高めた。1作目を聴くと、まだ「現場の DJ が偶然バンドをやってみた」という生々しさが強い。その未完成さが、2作目への期待を自然と高めていた。

『Sound of Silver』の録音は、マサチューセッツ州の Long View Farm と ニューヨークの DFA Studios を中心に、Murphy がアナログ機材とデジタル環境を組み合わせたセッティングで行われた。ソングライティングからプロデュース、録音の大部分まで Murphy が担った。

プロデューサーとエンジニアと作曲家の境目がとても曖昧に感じられる作品で、私はそこにこのアルバムの「個人作品」のような強い一体感を感じる。

同時代のニューヨークでは、The Rapture や Yeah Yeah Yeahs などがポスト・パンク由来のダンス・ロックを鳴らし、少し遅れて Vampire Weekend のようなインディ・ポップ勢も頭角を現し始めていた。その中で LCD Soundsystem は、クラブ・カルチャーの側からロックに近づいてきた存在として、シーンの位置取りが明らかに異なっていた。「ロックバンドのダンス寄り」ではなく「ダンス・ミュージックのロック寄り」として機能していたのが面白いところだ。

アルバムは第50回グラミー賞の Best Electronic/Dance Album にもノミネートされ、クラブ寄りの作品がメインストリームのアワードでも評価される流れを象徴する存在にもなった。

音楽性

『Sound of Silver』のサウンドでまず印象的なのは、Murphy のプロデューサーとしての視点が、前作よりも明確に「アルバム全体」を見ていることだ。各曲はシングルとしても成立するポップさを備えながら、通して聴くとテンポや質感の流れが自然で、ひとつの長い DJ セットのように感じられる。

プロデューサーとしての Murphy は、各楽器の生々しさとエレクトロニックなテクスチャをかなり綿密に共存させている。ドラムやパーカッションは乾いた質感で録られ、そこにシンセ・ベースや反復するシーケンスが重なる。要所でギターやピアノが入ってきて、クラブ・ミュージックのミックス感覚で空間を設計しているように聴こえる。

リズムとグルーヴに関して言えば、クラウト・ロック由来のモータリックなビートと、ディスコの4つ打ちやファンキーなベースラインが、曲ごとに異なる配分でブレンドされている。「Time to Get Away」や「North American Scum」では、よりディスコ/ファンク寄りのグルーヴが前面に出ていて、腰でリズムを取らせるアレンジになっている。

ボーカルの面でも、Murphy はこのアルバムでそれまで以上に感情表現の幅を広げている。皮肉と自虐が前面に出たシャウトに近い歌い方から、繊細で感傷的なメロディを丁寧になぞる歌い方まで、曲ごとに声の使い方を変えている。どんなスタイルをとっても少ししゃがれた質感と、フレーズの末尾で息が抜けるような独特の癖は共通していて、それがアルバム全体の「語り手」としての統一感を生んでいる。

影響源という点では、New Order や The Smiths だけでなく、David Bowie からの影響も色濃く感じられる。特に70〜80年代の Bowie 作品に通じる、ドライなビートの上で感情を抑え気味に吐き出すボーカルや、シンセとギターが交差する音像には、ベルリン三部作以降の空気が漂っている。後に Murphy が Bowie と親交を深め、『Blackstar』期にも関わることになるという事実を知ると、『Sound of Silver』に流れている感覚的な血筋に妙に納得してしまう。

ダンス・ミュージックのフォーマットの中でナイーブな歌詞や中年以降の感情を正面から扱うという前例を作ったことは、その後のインディ・ダンス/オルタナティブ・ポップにとって大きかったはずだ。

楽曲解説

Get Innocuous!

アルバムの幕開けを担う「Get Innocuous!」は、ミニマルなビートと反復するシンセのフレーズを軸に、じわじわと音が増えていく長尺トラックだ。クラウト・ロック的なモーターリック・ビートと、ディスコの4つ打ちの中間にあるようなグルーヴが続く中で、ノイズやパーカッションのレイヤーが少しずつ積み重なり、気づけばかなり密度の高い音像になっている。

ボーカルは曲の前半ではほとんど影に回り、後半でようやく Murphy の声が登場する。その配置が、あくまでグルーヴとテクスチャを主役に据えたトラックだということを示している。この曲があるおかげで、後半のエモーショナルな楽曲がより強く響く構造になっていると感じる。

All My Friends

LCD Soundsystem を代表する曲の一つとして広く知られている、7分を超える長尺のアンセムだ。シンプルなピアノのパターンとドラムのビートが最初から最後までほぼ変わらず反復される中で、ベースやギター、シンセが少しずつ加わり、ボーカルのテンションも段階的に上がっていく。

この構造はクラウト・ロックやミニマル・ミュージックの文法を引き継ぎながら、サビらしいサビを持たないまま感情の頂点へとじわじわ導いていく。初めて聴いたとき、この曲の7分が驚くほど短く感じられた。

歌詞では、友人たちとの距離、年齢を重ねることへの戸惑い、自分が何を選んできたのかという後悔と諦めが、とても率直な言葉で語られる。「もう若くない」自覚と、それでもどこかでまだ間に合うかもしれないという微かな期待が同居している。反復するリフとビートが時間の流れそのものを象徴しているようで、歌詞の内容と構造がきれいに噛み合っている。

New York, I Love You But You’re Bringing Me Down

アルバムのラストを飾る曲で、ピアノとボーカルを中心に据えたスローなナンバーだ。最初はほとんど喫茶店で流れる弾き語りのようなテンションで進んでいく。しかし曲が進むにつれてドラムやギターが加わり、終盤ではかなり激しいバンドサウンドへと膨らんでいく。

歌詞は、観光地として消費される街への違和感や、変わってしまったニューヨークへの複雑な感情を、皮肉と本音が入り混じった言葉で綴っている。「好きだけどしんどい」という矛盾した感情をそのまま抱え続ける姿勢が、このアルバム全体を通じて Murphy が選び続けた立ち位置でもある。

アルバム全体を通して聴くと、この曲はそれまでのダンス・ビートが作っていた高揚感をゆっくりと着地させる役割を担っている。エンディングとしてこれ以上ないほどしっくりくる位置にある。この曲が静かに終わった後に訪れる無音の数秒間まで含めて、『Sound of Silver』という物語の一部だ。

まとめ

『Sound of Silver』は、Murphy がプロデューサー、ソングライター、バンドリーダーとしての役割を、一枚のアルバムの中でひとつに束ねてみせた作品だ。LCD Soundsystem のキャリアの中でも特別な位置にある。

クラウト・ロック的な反復とディスコ/ハウスのグルーヴ、そこにインディ・ロック的な感情表現を重ね合わせることで、00年代のインディ・シーンにひとつの到達点を刻んだ。

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