1976年にリリースされた、Ramonesのデビューアルバム『Ramones』。29分弱、14曲。ほとんどの楽曲が2分前後で完結します。
録音にかかった費用は6,400ドル(当時)、日数はわずか7日間。同じ1976年に、BostonやRushやPeter Framptonが巨大なプロダクションを競い合っていた時代に、このアルバムは鳴り響きました。
リリース当初はほとんど売れなかった。初年度のセールスは6,000枚。
Edgar Winterのオープニングアクトとして出演したとき、観客からはボトルが飛んできた。プロデューサーのCraig Leonはこう振り返っています。「当時どれほど過激に聴こえたか、今では想像できないだろう。あの曲たちが今やスタジアムのBGMになってるんだから」と。
それがこのアルバムの逆説的な話です。
制作背景
録音場所はマンハッタンのアールデコの建物の8階——ロケット団の練習場とパイプオルガンが置いてある、パンクとはかけ離れた場所で、このアルバムは作られました。
セッションは1976年2月2日に始まり、19日に終わった。
ベーシックトラックは2日で録音し、ボーカルにさらに2日、ミックスに10時間。「最大で2テイクしかやらなかった」とTommy Ramoneは振り返っています。
バンドは午後7時以降に入って早朝5時まで作業を続けた——スタジオの夜間割引料金を使うためです。
Craig LeonがSire Recordsにバンドを持ち込んだのは1975年の夏。
Tommyはこう語っています。「Craig Leonが俺たちを契約させた、一人でね。彼だけが会社の中でわかってた人間だった。俺たちのために自分のキャリアを賭けた」と。
録音の方法論はビートルズの初期作品から来ています。
Tommyはビートルズの「偏ったステレオ感」を真似しようとしたと語っています。Leonは4トラックのセットアップで、ベースを左チャンネル、ギターを右チャンネル、ドラムとボーカルを中央に配置した。そこにオーバーダブとボーカルダブリングを加えることで、Joeyのボーカルの「温かさ」が生まれた。
Leonはこう言っています。「ライブの音をそのまま録音したように聴こえるかもしれないが、それは誤解だ。このアルバムはかなり多層的で、当時のスタジオ技術を最大限に使っている」と。
Leonはもともと全曲を一本の切れ目ないトラックとして録音したかったといいます。
最終的にそれは断念したが、アルバムのラスト2曲の間だけはその手法を採用した——あの曲間のつなぎ方には、Leonの当初の構想が残っています。
バンドはこの録音セッション時点で30〜35曲のストックを持っていました。
Johnnyはこう語っています。「最初のアルバムを録音したとき、最初の3枚分の曲は全部あった。書いた順番に録音した」と。その余裕が、翌1977年に2枚のアルバムを連続リリースできた理由です。
音楽性
3コードを中心としたJohnnyのダウンストローク、Dee Deeのルートを刻むベースライン、Tommyの機械的なドラム、Joeyの鼻にかかったボーカル。
このアルバムの和声的な特徴は、徹底したI・IV・V進行の支配と、そこから絶対にはみ出さないという一種の「禁欲」にあります。コードは動かない、テンポは落ちない、装飾はしない——その「しない」ことの密度が音圧になっています。
Tommyはこう表現しています。「ブロックコードをメロディックなデバイスとして使った。アンプの歪みが生む倍音がカウンターメロディを作る」と。
つまりJohnnyのギターの「チェーンソーのうなり」は、単なるノイズではなく倍音として機能していた。シンプルなコード進行の上に「隠れたメロディ」が乗ることで、このアルバムの「粗いのにキャッチー」という矛盾が生まれています。
Craig Leonが影響源として挙げるのはHawkwindの「Silver Machine」と「A Hard Day’s Night」、そしてPhil SpectorとBeach Boys。
「Beat on the brat with a baseball bat」という歌詞を書きながら、Beach Boysのポップさを同時に目指していた。その「ジョークなのかシリアスなのかわからない」二重性が、このアルバムの核心です。
後続アーティストへの影響
アルバムがリリースされた1976年7月4日、バンドはロンドンのRoundhouseでライブを行いました。
その翌日のライブに、Sex PistolsとThe Clashのメンバーが客席にいた——あの夜がUKパンクの出発点です。
Generation XのベーシストTony Jamesはこう語っています。「あの最初のRamonesのアルバムを手に入れた日、みんな3段階ギアが上がった。それまでのバンドはみんな別のグルーヴで演奏していた」と。
目撃者の一人は「あの夜を境に、ほぼ全部のバンドがスピードアップした」と記録しています。
Sex Pistols、The Clash、Buzzcocks——UKパンクの主要バンドがこのアルバムから直接出発しました。そのUKパンクが後のポストパンク、ニューウェーブを生んだことを考えると、1976年の6,400ドルの7日間がどれほど広範な影響を持ったかがわかります。
Green DayのBillie Joe Armstrongはこう語っています。「頭にハンマーで打ち込まれるように、曲が頭から離れなくなる」と。
アルバムがゴールド認定されたのはリリースから38年後のこと。売れるより先に、世界を変えてしまったアルバムです。
楽曲解説
Blitzkrieg Bop
「Hey! Ho! Let’s go!」——この4語で始まるオープナーは、アルバムの精神をそのまま体現しています。
A・D・E(I・IV・V)のみで構成された1分42秒。Johnnyのダウンピッキングが一秒も休まず、Dee Deeのベースがルート音をひたすら叩きつける。
Tommyのドラムはクリックトラックを超高速に設定できなかったため、フラッシュライトを使って録音した——Leonがそう語っています。
「バラードでも176!」という感覚でテンポを決めていたというエピソードが、このアルバムの音楽的な立ち位置をよく示しています。
Beat on the Brat
「Beat on the brat with a baseball bat」という歌詞が重いドラムビートに同期する一曲。
暴力的なイメージをコミカルに提示するJoeyの無感情なボーカルが、サビの催眠的な繰り返しと合わさって独特の中毒性を生んでいます。
2分ほどで終わるのに余韻が長い——このアルバムのダークなユーモアを象徴する曲です。
Judy Is a Punk
「Judy」という少女の逃避行を描いた疾走感あふれる一曲。
「Second verse, same as the first」という歌詞が示す通り、構造上の反復を意図的に剥き出しにしている。
UKパンクがここから何を学んだかがわかる、最もストレートな一曲です。
まとめ
2022年にRolling Stoneは「史上最高のデビューアルバム100選」でこの作品を1位に選びました。
アルバムジャケットはニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久コレクションに収蔵されています。
リリース当初に6,000枚しか売れず、ゴールド認定まで38年かかったアルバムが、そういう場所に行き着いた。
「当時どれほど過激に聴こえたか、今では想像できないだろう」というCraig Leonの言葉は、裏返せばこのアルバムがいかに世界を変えてしまったかを語っています。
29分が世界を変えることがある、という話です。

