エリオット・スミス(Elliott Smith)おすすめ名盤『Either/Or』レビュー|The Beatles、Nick Drake、Big Starの影響を受けた天才SSWの複雑なコード進行に迫る

エリオット・スミス(Elliott Smith)おすすめ名盤『Either/Or』レビュー|The Beatles、Nick Drake、Big Starの影響を受けた天才SSWの複雑なコード進行に迫る Folk / Country (Rock)

Elliott Smithの『Either/Or』は、1997年2月25日にKill Rock StarsからリリースされたSmith3枚目のソロ・アルバムです。

リリース時はチャート入りしませんでしたが、NMEの「500 Greatest Albums of All Time」(2013年版)では149位、Rolling Stoneの2020年版「500選」では216位、Pitchforkの「1990年代のベスト100アルバム」では23位に選ばれています。

このアルバムの転機はリリース後に訪れます。ポートランド在住の映画監督Gus Van Santがアルバムに感銘を受け、映画『Good Will Hunting』(1997年)のサウンドトラックとして「Between the Bars」「Angeles」「Say Yes」を使用し、書き下ろし新曲「Miss Misery」を追加しました。

「Miss Misery」は第70回アカデミー賞(1998年)の主題歌賞にノミネートされ、Smithはセレモニーで演奏を行った——「出演しなければ別の誰かが演奏する」と言われ、渋々同意したと伝えられています。

白いスーツを着たSmithの映像が今も残っています。この露出によってSmithはDreamWorksと契約し、次作『XO』へと続く道が開けました。

アルバム・タイトル「Either/Or」はデンマークの哲学者Søren Kierkegaardの同名の著作に由来し、「美学的・主観的な経験」と「倫理的・客観的な存在」の対比を指します。SmithはHampshire Collegeで哲学と政治学を専攻しており、この参照は彼の知的背景の直接的な現れです。

Smithは2003年10月21日、34歳でロサンゼルスの自宅において胸への刺し傷により死去しました。自殺か他殺かは最終的に確定されておらず、LAPDの捜査は開かれたままです。

制作背景

SmithはHeatmiser(彼が1990年にNeil Gustらと結成したロック・バンド)と並行してこのアルバムの楽曲を1995年から1996年にかけて書き続けました。

Tape Op誌のRob SchnapfはSmithとの仕事をこう振り返っています。

「スタジオ・ツールが表現の手段になる瞬間が彼の中で起きた。それが見えた。先のレコードが積み重なって、このアルバムはその踏み台になった」と。

その言葉通り、このアルバムは前作2枚のローファイな暗さと、次作2枚のスタジオ的な光沢の「橋渡し」として立っています。

「Alameda」「No Name No. 5」「Rose Parade」「2:45 AM」の4曲はSmithが全楽器・ミックスを単独で担当し、残りの8曲はSchnapfとRothrockがミックスを担いました。

Heatmiserは1996年末に解散し、Either/Orはその直後のリリースとなりました。アルバムには入りきらなかった膨大な曲が後の遺作集『New Moon』(2007年)として公開されています。

音楽性

和声分析——「一音ずつ変えながら遠縁まで連れていく」

このアルバムの和声的な方法論を理解する上で最も参照すべき記述は、Wesleyan大学に提出されたSmithの音楽を分析した学術論文(”Between the Bars: The Early Musical Language of Elliott Smith”)です。

同論文はEither/Orについて「前2作の極端なモードの混在が一部の曲では残りながら、より後期のダイアトニックな傾向に近づく橋渡し的な位置にある」と分析し、「ステップ単位の順次進行と長い和声的進行が特徴であり、長調と短調が混在する」と説明しています。

具体的に言えば、Smithは機能和声的な「進行」——IからIV、Vを経てIに戻るという緊張と解決のサイクル——を崩すのではなく、長調と短調の間をシームレスに行き来することで和声的な「浮遊感」を作り出します。

「Speed Trials」は同論文でも分析された曲で、Aメジャーを中心とした比較的シンプルな構造を持ちながら、セクションをまたぐたびに短調のコードが侵入し、解決をのらりくらりとかわし続けます。

影響を受けたアーティスト——The Beatles、Nick Drake、Big Star

Smithが生前「4歳の頃から聴いている」と語り、「The White Albumを聴いたことがミュージシャンになった最初の動機だった」と公言していたBeatlesは、このアルバムの最も根本的な参照源です。

「Between the Bars」「Angeles」「Say Yes」におけるダブル・トラック・ボーカルの扱い方はLennon的で、「Punch and Judy」のメロディ・ラインにはMcCartney的な軽やかさが宿っています。SmithのさらなるBeatles愛の証拠としては、最後のライブで演奏した曲がBeatlesの「Long, Long, Long」だったという事実が残っています。

AllMusicのDarryl CaterはSmithとNick Drakeの比較を「避けられない」と書きました——フィンガーピッキングのスタイルと声の質感、そして孤立した内省という態度において、Drakeとの類似は確かに宿命的です。

しかし双方の違いも明確で、DrakeがアレンジとオーケストレーションでSmithより「隔離された高み」にあるのに対し、Smithはそのミニマリズムを「アパートの部屋の壁の薄さ」に保ち続けました。

Big Star(特にAlex Chilton)もSmithが公言する参照源で、SmithはBig Starの「Thirteen」をカバーしており、そのソングライティングにおけるポップと悲哀の同居はSmithが最も直接的に引き継いだものです。

後続アーティストへの影響

Phoebe BridgersはNPRのインタビューでSmithへの影響を「私にとってのBeatlesのようなもの。あらゆる意味で」と語っています。

そのダブル・トラック・ボーカル、フィンガーピッキングの質感、歌詞の内省的なモードはBridgersの『Punisher』(2020年)に最も直接的に引き継がれており、同アルバムにはSmithが晩年暮らしたSilver Lakeの家を歌った曲まで収録されています。

BridgersはまたSmithの影響について「自分の部屋で録音することへの影響。彼が多くの人に『そのままやっていい』と言った」とも語っており、宅録インディの文法としての影響も強調しています。

Sufjan StevensはApple Musicの「影響元」プレイリストでSmithを「精度と感情的な知性」において影響を受けたソングライターとして挙げており、Julien Bakerは「Either/Or」収録の「Ballad of Big Nothing」をトリビュート盤でカバーして「こんな機会を断れるはずがない。彼は決定的で重要なソングライターだ」と語っています。

影響を公言したアーティストを並べると——Frank Ocean、Beck、Phoebe Bridgers、Julien Baker、Adrianne Lenker、Alex G、Beabadoobee、Ben Gibbard、Danielle Haim、Billie Eilish、Phil Elverum、Clairoと、ジャンルを横断してそうそうたる顔ぶれです。

楽曲解説

Speed Trials

アルバムの幕開け。学術論文でも分析された、Aメジャーを中心に長調と短調を行き来するコード進行が最もシンプルな形で現れる曲です。

「一番列車で逃げろ、お前は頭の回転を失った」という歌詞が、アルバム全体に通底する「逃走と閉塞」のテーマを設定します。

Alameda

Smithが全楽器とミックスを単独で担当した4曲のうちの一曲。ポートランドの地名「Alameda」を冠したこの曲は、友人たちを「自分の身を守るために宙吊りの状態に置いておく」という観察を歌っています。

Oberlin Reviewは「ドラムが複雑なフィンガーピッキングを覆い隠すほど前面に出ており、それが意図的な選択として機能している」と評価しました。

Between the Bars

Smithがほぼすべてのライブで演奏し続けた曲。ダブル・トラックのギターとボーカルが重なり、Hooktheoryの分析が「平均的な曲より著しく複雑」と評した和声——転回コード、7thコード、借用コードが組み合わさったコード進行——が、囁くように届く声の下で静かに動いています。

当時のOberlin Reviewの批評家はSmithの手法を「コード進行を一音ずつ変えながら、コーラスの最終ラインが最初の遠縁になるまで連れていく」と表現しており——このアルバムの和声的な醍醐味がその一文に凝縮されています。

Pictures of Me

Larry CraneのLaundry Rules Recordingで録音された曲。6本のボーカル・トラックが重ねられており、Smithのマルチトラック・ボーカルへの傾倒が最も密度高く現れています。

「どこへ行っても誰かが私の写真を撮る、彼らが見ているものは私には見えない」——観察されることへの居心地の悪さは、のちのアカデミー賞出演を予言するかのようです。

Angeles

重なるフィンガーピッキングと繊細なダブル・トラック・ボーカルが積み上がる、アルバムの中心的名曲。『Good Will Hunting』でも使われ、Sufjan Stevensが「Smith的な音響の核心はここにある」と感じたのはこの曲だと伝わっています。

120bpmの16分音符フィンガーピッキングは演奏難度が高く、「多くのコードと多くのテクニックを扱わなければならない」と教則サイトが指摘する通りです。

「すべてのカードを足してゼロになるまで計算しろ、そして悪と契約しろ」というラインが持つ冷めた観察眼は、Smithの歌詞の極点のひとつです。

Say Yes

アルバムを締めくくる、アコースティック・ギター一本の短い宣言。Smithの当時の交際相手Joanna Bolmeについて書かれた曲で、アルバム中で唯一「そうだ」と言い切る着地を見せます。

Apple Musicのライターは「Either/Or は彼が録音した最も有名なアルバムだ。その全体が、ポートランドに住む誰かによって部屋で録音されたものだ」と書き、BridgersはSmithの遺産について「彼は多くの人に『自分の部屋でそのままやっていい』と言った」と語っています——その感触が最も純粋に結晶したのがこの曲です。

まとめ

アカデミー賞のステージに立ったとき、Smithは場違いでした。白いスーツ、オーケストラの伴奏、セリーヌ・ディオンとトリーシャ・イヤウッド(著名カントリー歌手)の隣——しかしその場違いさこそが、このアルバムが何であるかを逆説的に証明していました。

ポートランドのアパートとカリフォルニアの納屋で、8トラックで録音された12曲が、世界最大の映画賞の舞台に繋がった。Phoebe Bridgersが「私にとってのBeatles」と呼び、Sufjan Stevensも手本と仰ぐ音楽となった。

そのことが、今もこのアルバムに不思議な重みを与えています。

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