Jeff Buckleyの『Grace』(1994年)について書きます。このアルバムは一言でいえば、「美しすぎて、聴くのに少し覚悟がいる」作品です。
私がこのアルバムに手を伸ばしたきっかけは、「Kurt Cobainが遺書を書いているときにかけていた」という逸話でした。
Nirvana好きの私が半信半疑で再生ボタンを押したんです。でも一聴して完全にハマりました。静かな夜中にふとかけると、部屋の空気が少し重くなる。
1994年にリリースされた、Buckleyの唯一のスタジオ・アルバムです。プロデューサー・エンジニア・ミックスをAndy Wallaceが一人で担い、ニューヨーク州ウッドストックのBearsville Studiosで録音されました。
リリース時のBillboard 200最高位は149位——Columbiaの期待には遠く及ばなかった。
しかし1997年のBuckleyの死後に評価は急変し、英チャートで最高2位を記録、ワールドワイドで340万枚以上を売り上げています。
David Bowieは「これまでに作られた中で最も優れたアルバム」と語り、Bob DylanはBuckleyを「この10年で最も優れたソングライターのひとり」と評しました。
制作背景
Buckleyが世に出たのはニューヨーク・イースト・ヴィレッジのカフェ「Sin-é」での弾き語りパフォーマンスを通じてでした。
マンハッタンの音楽シーンで口コミが広がり、Columbiaとの契約争奪戦が起きたのは1993年のこと。「ある日、誰もJeff Buckleyを知らなかった。次の日、みんなが知っていた」——当時をそう表現する関係者は少なくありません。
BuckleyはSin-éでの弾き語りを忠実に再現するより、「バンドで大きくサウンドを作りたい」という意向を持っていました。
「彼はバンドにいることをずっと夢見ていた。Led Zeppelinを崇拝していた——バンドの化学反応、ファミリーの感覚。それをずっと求めていたんだと思う」とギタリストのMichael Tigheは語っています。
ベーシストを知人のコンサートで見つけて自室のジャム・セッションに呼び込み、ドラマーのMatt Johnsonを紹介され、ほぼ即席のバンドで録音に臨んだ。
Johnsonは「初めて会った人間といきなりレコーディングするのは本当に怖かった」と振り返っています。
プロデューサーのAndy WallaceはNirvanaの『Nevermind』のミックスを手がけた人物です。
「最初に会った瞬間から、魂が通じ合うような感覚があった。音楽についての考え方が似ていた」とWallaceは言っています。
ただし、スタジオでのBuckleyは「アイデアが豊富すぎて散漫になりがちだった」とWallaceは語っています。
「彼を引き戻す人間がいなければ、アルバムは完成しなかっただろう」。
Newsday誌が『Live at Sin-é』を「Michael Boltonに似た声」と評した否定的なレビューに「ほぼ壊滅的なほど動揺した」Buckleyが2日間作業を止めたこともあった。
それほど外部の声に敏感な人間が、スタジオでは「どの脳細胞を永遠に記録するか」と自問しながら、「音の絵画」を描くように作業を進めていた。
オリジナル曲だけではアルバムを埋めるには足りなかったため、カバーを3曲録音することになりました。
Leonard Cohenの「Hallelujah」はJohn Caleのカバー版を元に覚えたもので、Cohenのオリジナルは当初知らなかった。20テイク以上を録音し、最終的に複数のテイクを編集して完成させています。
アルバムにはもう一曲、「Forget Her」という完成曲がありました。
WallaceはColumbiaの重役とともにBuckleyをディナーに連れ出し、収録を説得しようとした——しかしBuckleyは頑として拒否した。
「彼が自分の判断を貫いたことを神に感謝する」とWallaceは後年述べています。「Forget Her」はBuckleyの死後にリリースされた拡張盤で初めて世に出ました。
音楽性
「美しすぎて、聴くのに少し覚悟がいる」——このアルバムを一言で表すとしたら、それ以外の言葉が思いつきません。
1994年、グランジの轟音が響いていた時代に、これほど繊細で、聖歌のような清廉さと泥臭い情熱が同居した音が鳴り響いたという事実だけで、このアルバムは特別な場所に立っています。
Buckleyのギターワークは、単なるロックの枠に収まらない。
テンション・コードを多用しながら、開放弦を巧みに混ぜることで独特の「広がり」と「浮遊感」を生み出しています。理論でガチガチに固めたわけじゃなく、彼の耳が捉えた響きをそのまま形にしたような直感的な美しさがある。
主な楽器は1983年製のバタースコッチ・テレキャスターで、Sin-éのソロ時代から使い続けた一本です。
ボーカルは4オクターブとも言われる声域を持ち、Wallaceはレイヤーを重ねた多重ボーカルと、一発録りのソロ・ヴォイスを曲によって使い分けています。
ファルセットが裏声とは違う——胸から発せられた声が自然に上の音域へ移行する瞬間のあの感触は、Tim Buckley、Nusrat Fateh Ali Khan、Nina Simone、Billie Holidayといった幅広い影響源が体の中に溶け込んでいるからだと思います。
「制御しきれないエモーション」を、コードワークと歌声で一つの芸術にまとめ上げる。
完璧に整っているわけじゃなく、感情が溢れすぎて決壊しているような剥き出しの瞬間が随所にある。それが、今もなお語り継がれる理由だと思います。
楽曲解説
Mojo Pin
アルバムのオープニング。ギタリストGary Lucas(Buckleyとの初期のコラボレーターで、この曲とタイトル曲「Grace」の共同作曲者)が持ち込んだリフが骨格になっています。
Lucasとの出会いはニューヨークのライブ会場でのセッションで、Buckleyが「あのギタリストと共演したい」と楽屋を訪ねたことから始まった。
冒頭から空気がピンと張り詰める。ドローンのような低音から静かに始まり、やがてバンド全体が轟音で爆発する。
テンション・コードの積み重ねと開放弦の響きが交互に現れ、Buckleyの声が徐々に限界まで引き絞られていく。アルバムの「序文」としてこれ以上ない緊張感を設定している一曲です。
Grace
タイトル曲であり、アルバムの核心。Gary Lucasとの共同作曲で、BuckleyがLucasのギターのデモを聴いてその場で歌詞とメロディをつけた経緯があります。
Lucasは「彼は私のギターを聴いて、何か別の次元に行ってしまった——15分後には完成した曲があった」と語っています。
サビに向かう展開で危うい響きが積み上がっていって、あの歌声と重なった瞬間に一気に光が差し込んでくる。
その落差が、何度聴いても鳥肌を立たせます。
Wallaceが「最もプロデュースに時間がかかった曲」と言っていて、ストリングスのアレンジと轟音のバンドサウンドを同居させるバランスの調整に苦心した跡がある。
Hallelujah
Leonard Cohenのカバーだけど、もはやBuckleyの曲と言っても過言ではないほどの浸透力があります。
BuckleyはCohenのオリジナルではなくJohn Caleのカバー版を元に覚えた。20テイク以上を録音し、最終版は複数のテイクを編集してまとめたもの。
2014年、米国議会図書館の「国家録音登録簿」に登録されています。
リバーブの効いたテレキャスターの一音一音が、夜の静寂を震わせる。シンプルで伝統的なコード進行をなぞりながら、Buckleyの歌唱がそこに宿命的な重みを与えています。
聴いていると、自分の孤独がそのまま肯定されるような感覚に陥る。
Last Goodbye
アルバムの商業的に最も成功したシングル。少し乾いたリズムの上で踊るスライドギターのメロディが耳に残ります。
別れを告げる曲ですが、感傷に流れずに前のめりのリズムが最後まで支えていて、悲しみと勢いが同居している。
Buckleyのアルバムの中で、最も「バンド・サウンド」の気持ちよさが前に出た曲だと思います。
Lover, You Should’ve Come Over
ソウルフルで切なすぎる、祈りのような一曲。Buckleyが「これは私が書いた中で最も自伝的な曲だ」と語っていたと言われています。
ピアノとストリングスが緩やかに積み上がる中、Buckleyの声が徐々に限界を超えていく。
「感情が溢れすぎて決壊している」という感触が、このアルバムの中で最も直接的に出る曲です。
曲の後半、もうこれ以上出ないはずの音域から声が飛び出してくる瞬間——あそこで毎回息が止まります。
まとめ
リリース時の評価は割れていました。Rolling Stoneは5点満点中3.5点、Spin誌は「過剰に感情的」と批判した。
しかし1997年5月、Memphis近郊のWolf Riverにて溺死——30歳での突然の死が、評価を大きく変えます。
英チャートは翌年最高2位まで再上昇し、Mojo誌は2006年に「ナンバーワン・モダンロック・クラシック」と選出しました。
Wallaceは「もし彼が生きていたら、20年にわたるキャリアをまたいで、劇的に変化し続けた長期的なアーティストになっていたと思う」と語っています。
「次のアルバムが『Grace』ほど良いとは思わない。でも他の素晴らしいアルバムが生まれていたはずだ」
——その言葉は惜しむだけでなく、『Grace』が「偶然の産物ではなかった」という確信から来ています。

