ストーン・ローゼズおすすめ名盤『The Stone Roses』レビュー|OasisもThe VerveもArctic Monkeysも彼らが居たから生まれた——UKロック最重要作に迫る

ストーン・ローゼズおすすめ名盤『The Stone Roses』レビュー|OasisもThe VerveもArctic Monkeysも彼らが居たから生まれた——UKロック最重要作に迫る Indie Rock / Indie Pop

The Stone Roses の『The Stone Roses』は、1989年にリリースされたデビュー・アルバムだ。プロデュースは John Leckie。

リリース時の UK チャートは32位——しかしその後4度にわたってチャートに再登場し、2009年の20周年記念盤では5位を記録した。デビュー時の最高位を20年後に大幅に更新したアルバムは、ロック史にほとんど例がない。

BBC ラジオ6の投票では「全時代を通じた最高のアルバム」1位を獲得し、Observer の「英国最高アルバム100選」(2004年版)でも1位。Rolling Stone の2020年版「500選」では319位と、英米の評価の差が際立っている。

でも英国でのこのアルバムへの信仰は、30年以上まったく揺らいでいない。

Liam Gallagher は16歳のときに当時のマンチェスターのライブ会場で The Stone Roses を観て「バンドをやりたいと決めた」と語っており、Noel Gallagher も「Sally Cinnamon を初めて聴いたとき、自分の運命が分かった」と述べている。

メンバー紹介

Ian Brown(ボーカル)——低く、鼻にかかり、ときにピッチが揺れる。「うまくないシンガー」と自他ともに認めながら、確信に満ちた声で歌う。その確信がこのアルバムの空気を作っている。

John Squire(ギター)——Hendrix からサイケデリックな奔放さを、60年代ギター・ポップから輝くような音色を引き出す。ジャケット・アートも Squire が描いた。

Gary “Mani” Mounfield(ベース)——メロディとリズムの二役を同時にこなすベーシスト。「Waterfall」や「I Am the Resurrection」では旋律を引き受け、曲全体の重心を担う。

Alan “Reni” Wren(ドラム)——このアルバム最大の武器のひとつ。ジャズとロックの中間を歩いたシャッフル・ビートで、頭打ちでも裏打ちでもない「揺れるような重心」を生む。

制作背景

プロデューサーの John Leckie は、デモを初めて聴いたときこう言った。「テンポが速すぎて、ボーカルにリバーブがかかりすぎていた。曲を作り直し、イントロとアウトロを加え、テンポを安定させなければならなかった」。

一方でこうも語っている。「バンドはよくリハーサルされていた。自分たちが良いことを分かっていたから、プレッシャーを感じていなかった」。

Brown と Squire はミックスに強い不満を持っており、「もっとベースとドラムを大きく、ギターをもっと激しく」と求め続けた。Leckie はその背景を「二人がスタジオで Public Enemy を大音量でかけていたせいだ」と語っている。

ジャケット・アートは Squire が描いた絵画で、タイトルは「Bye Bye Badman」——同名の収録曲に由来する。描かれたレモンは1968年のパリ学生暴動のドキュメンタリーを Squire と Brown が観て得た着想で、暴動の学生たちが催涙ガスを防ぐためにレモンを噛んでいた場面から来ている。

音楽性

リズムとグルーヴ——ダンスとロックの境界を溶かす

このアルバムを議論するとき、必ず「ダンス・ミュージックの影響があるのかないのか」という問いが生まれる。

Reni のドラミングはこのアルバムの最大の武器のひとつだ。John Densmore(The Doors)から影響を受けたシャッフル・ビートは、頭打ちでも裏打ちでもない「揺れるような重心」を生む。「She Bangs the Drums」のドラムは力強いのに前のめりにならず、「I Wanna Be Adored」のオープニングではまず Mani のベースが単独で浮かび上がり、Reni がそっと乗り込んでくる——そのタイミングの絶妙さが、曲全体のグルーヴを支配している。

Mani のベースはメロディとリズムの二役を同時にこなす。「Waterfall」のベースラインは Beatles の「Taxman」を逆再生しながら演奏しているうちに生まれたフレーズが元になっている——参照と偶然の産物だ。「I Am the Resurrection」の器楽セクションでは Mani のベースが主旋律を引き受け、Squire のギターがその上で絡み合う。

1988年の英国ではアシッド・ハウスが爆発的に広まっていたが、サウンドへの直接的な取り込みは抑制的だ。このアルバムは「ダンスできそうで、しかし踊ることを強制しない」という絶妙な距離感を保っている。そこが賛否の分かれ目でもある——ダンスとロックの融合を期待して聴くと、少し肩透かしを食う。

Ian Brown のボーカル——下手さが武器になるとき

Ian Brown は自他ともに認める「うまくないシンガー」だ。デビュー前1985年のシングル「So Young」の段階では「John Lydon や Ian Curtis でさえパヴァロッティに聴こえる」とまで評された。

Brown 本人はこう答えている。「自分が音程を外しているときは分かる。でも誰が偉大なシンガーなのか? James Brown は偉大だが、パヴァロッティの隣に立てば話にならない」。

Leckie はデモ段階でボーカルにかかっていたリバーブを取り除き、Brown の声をそのまま前に出した。その判断が、このアルバムの声の質を決定的に変えた。「soft whine(柔らかい泣き声)」と批評家が表現する Brown の声域——低く、少し鼻にかかり、ときにピッチが揺れる——は、Squire のキラキラとしたギターと組み合わさることで「欠点が個性になる」という逆説を生きている。

The Independent の批評家がその歌唱を「著しく拙い」と書いた同じ口で、英国の何百万人ものリスナーがその声に「これだ」と感じた——その落差こそが、Ian Brown というボーカリストの本質だ。

後続アーティストへの影響

Liam Gallagher は当時16歳で The Stone Roses のライブを観てバンド結成を決意し、Oasis のデビュー・アルバムは The Stone Roses の機材を借りて録音された。Squire は Oasis のライブに飛び入りで参加し、「Champagne Supernova」でギターを弾いたこともある。

The Verve、Kasabian、Arctic Monkeys、Doves——これらのバンドが The Stone Roses を影響源として挙げている。ただ、影響の多くは「直接的な引用」よりも「態度」として伝わっている——自信過剰なまでの確信、ロックとダンスの融合への意欲、という姿勢として。

より興味深いのは Primal Scream との接続だ。Mani は解散後に Primal Scream へ加入し、Reni のドラミングが示した「ロックとダンスの中間地点」は Primal Scream の『Screamadelica』(1991年)がさらに押し進めた。このアルバムが示唆した方向性を、アシッド・ハウスの本格的な取り込みによって完成させたアルバムだ。

楽曲解説

I Wanna Be Adored

1分30秒にわたる Mani のベースのフェードインから始まるオープニング。Ian Brown は後にこの曲の歌詞について「崇拝されたいという欲望は、強欲や色欲と同じ罪の一種だと言いたかった」と語っている。

静かな確信として始まり、Squire のギターが雪崩れ込んでくる瞬間に、このアルバムの方向性が完全に定まる。「俺は魂を売らない、もう魂は俺の中にある」という冒頭の歌詞は、社会の機械に魂を売らないという宣言だ。

She Bangs the Drums

UK トップ40入りを果たしたシングルで、アルバムの中で最もポップに近い曲だ。Reni のシャッフル・ビートと Squire のコーラス・ペダルを使ったギター・リフが組み合わさって、1960年代のギター・ポップが1989年に生まれ変わったような感触を与える。

「過去は俺の後ろに消えていく、未来は俺の前に輝いている」——この前向きさがまったく空虚に聴こえないのは、バンドの確信が音楽のすみずみまで滲み出ているからだ。

Waterfall

「Taxman」を逆再生したようなベースラインから生まれた曲。Reni が「サウンドチェック中に Mani がリフを逆向きに弾いていたのを見て、面白半分にやってみた」と語っている。冗談から傑作が生まれた——The Stone Roses というバンドの本質がよく分かるエピソードだ。

Squire のギターはここで最も「流れる」ように動く。サイケデリックで、Hendrix の要素もあるが、残りは Squire の独自のものだ。

Don’t Stop

「Waterfall」を逆再生し、Ian Brown が新たな歌詞を乗せた曲。この「逆再生」というアイデアの反復そのものが、このアルバムが持っている遊び心の象徴だ。

前の曲の残像が逆方向から届いてくる——それが不思議な既視感を生む。

Bye Bye Badman

1968年パリの5月革命からインスピレーションを得た曲で、ジャケット・アートのレモンとも結びついている。「悪者よ、さようなら」という反権力のメッセージが、軽快なグルーヴに乗って届いてくる。

This Is the One

ライブでの定番アンセム。ゆったりとしたテンポでじわじわと高まる構成で、Squire のギターが音の壁を少しずつ積み上げていく。「これがその時だ、これがその場所だ」というシンプルな歌詞が、何万人もの観客と共鳴するための正しい言葉として機能している。

1990年の Spike Island 公演(27,000人動員)でこの曲が流れたとき、その場にいた人間にとっての「その時・その場所」になった。

I Am the Resurrection

アルバムの最後を飾る約8分間の大曲。前半はインディ・アンセムとして機能し、後半は Mani と Reni が主導する器楽セクションへと変容する。その器楽セクションが「Madchester 的なダンス・グルーヴ」として曲の文脈を塗り替える。

Leckie はバンドが望んでいた「ライブのようなフィードバックまみれの終わり方」を「アルバムでは退屈に聴こえる。人々が覚えられるメロディックな何かをやれ」と説得した。その結果として生まれた器楽セクションこそが、このアルバムの最後の切り札だ。

まとめ

リリース時に32位だったアルバムが、4度チャートに戻り、20年後に5位を記録する。Liam Gallagher が16歳でライブを観てバンドを決意し、Noel Gallagher が「Sally Cinnamon を聴いて運命が分かった」と語る。

このアルバムを巡るエピソードは、「音楽が人に何をもたらすのか」を示す事例として繰り返し参照されてきた。

その事実だけで、このアルバムが何であったかを十分に語っている。

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