Kanye Westの『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』(MBDTF)は、いつ聴いても圧倒される名盤です。
世界中を敵に回した2010年の彼が、ハワイに引きこもって一種の「背水の陣」で作り上げただけあって、ここには狂気と美しさが危ういバランスで同居している。
カニエの頭の中にある混乱を、無理やり豪華絢爛な音の宮殿に閉じ込めて見せつけているような、そんなエグみを感じるんです。
世間の評価は、もう「完璧」という言葉が安っぽく感じるレベル。
ただ、あまりに作り込まれすぎていて、最初は「鼻につく」と感じる人もいるはず。曲は長いし、ゲストは多すぎるし、カニエのエゴが暴走しているだけじゃないかと。
私も初聴時はその派手さに少し疲れました。
でも、何度も繰り返すうちに、その「過剰さ」こそが計算されたカオスなんだと気づいて、抜け出せなくなる。
制作背景
このアルバムの出発点は、2009年のMTVビデオ・ミュージック・アワードです。テイラー・スウィフトのスピーチを遮ったあの「事件」の後、Kanyeはツアーをキャンセルし、ハワイのオアフ島に自主亡命した。
舞台はホノルルのAvex Recording Studio——海沿いのスタジオで、Kanyeは3つあるスタジオルームを全部24時間ブロック予約した。
「終わったと思うまで出ない」という条件で。
Complexの記者がハワイを訪問したときの証言によれば、カニエはベッドでは寝なかった。スタジオの椅子やソファで90分ずつ仮眠を取りながら、ぶっ通しで作業を続けた。
エンジニアは24時間ボードの前に座り続けたといいます。
スタジオの壁には「Kanye Commandments(カニエの戒律)」と呼ばれる紙が貼られていました。その内容は「Twitterするな」「写真を撮るな」など。
世界から切り離して、音楽だけに集中する環境を強制的に作った。
カニエのやり方は独特で、創作の壁にぶつかると別のスタジオルームに移動して別の曲を作り始める。3部屋を同時進行で回しながら、常にどこかで何かが動いている状態を維持していました。
呼び集められたメンツが異常です。Kid Cudi、Pusha T、Jay-Z、Rick Ross、RZA、Q-Tip、Pete Rock、DJ Premier、Madlib——ヒップホップの重鎮が次々とハワイに飛んできた。
Bon IverのJustin Vernonまで参加しています。
ただし全員が最終盤に残ったわけではない。
Madlibは5つのビートを作ったが1つも採用されなかった。DJ Premierの作業も最終カットには入らなかった。
Pusha Tのマネージャーはこう振り返っています。「2〜3週間ハワイにいて、何も作業が進まない時期があった。バスケばかりやってた。Pushaは『これは何だ、意味がわからない』と言い出して、次のセッションは『俺は行かない』と言い張った」と。
説得してなんとか連れて行った結果生まれたのが「Runaway」と「I’m So Appalled」のPushaのヴァースで、それがきっかけでPushaはGOOD Musicと契約してレーベルのプレジデントになった。
カニエのカオスなプロセスがなければ、Pusha Tのキャリアは全く違う形になっていたかもしれません。
2013年にカニエはこのアルバムについて正直な告白をしています。「MBDTFはTaylor Swiftの件への間接的な謝罪だった。
音楽を使って、また受け入れてもらおうとした。少なくとも80%は本物の感情だったが、残りは『世間が求めるカニエ像を演じること』だった」と。
その告白がこのアルバムの「計算されたカオス」という性格を説明しています。
楽曲解説
Power
King Crimsonの「21st Century Schizoid Man」のホーンセクションと、Syl Johnsonの「Different Strokes」、Continent Number 6の「Afromerica」を組み合わせて作られています。
3つの全く異なる時代と文脈の音が、カニエの手で一つの「不穏な自信」の塊になる。ヒップホップに興味がなくてプログレが大好きな知人に聴かせたら、このKing Crimsonの使い方に憤慨してましたけどね(笑)。
All of the Lights
参加ボーカリストはRihanna、Kid Cudi、Fergie、John Legend、Tony Williams、Alicia Keys、La Roux、The-Dream、Charlie Wilson、Ryan Leslie、Alvin Fields、Ken Lewisの12人。
Elton Johnもセッションに参加したが最終的なミックスには入らなかった。これだけの人数を一つの曲にまとめるディレクションだけで、普通の人間には不可能な作業です。
Monster
Nicki Minajのヴァースについては、リリース当時から「あのヴァースを聴くためだけに曲がある」と言われていました。
Jay-Z、Rick Ross、Kanyeという錚々たるラッパーを全員食ってしまうNickiのパフォーマンスは、彼女のキャリアの転換点になりました。
Runaway
ピアノのオープニングはたった一音、E♭。あのシンプルな音から始まって、9分間のアルバムの中で最も赤裸々な自己告白が展開される。
カニエはのちにこの曲について「自分が最高にクズだった時期の記録」と語っています。
まとめ
カニエ・ウェストっていう男は、本当に厄介ですよね。性格は最悪で言動も支離滅裂。
でも、この『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』を聴かされたら、もう「参りました」と言うしかない。
今の時代、アーティストはみんな「好感度」を気にしますが、カニエはそんなもん一ミリも気にしない。むしろ「嫌ってくれ、でも俺の音は最高だろ?」って突きつけてくる。
カニエの最近の言動はさすがに手に負えませんが、このアルバムが大傑作なのは今後も揺るがないでしょう。

