イエス(Yes)おすすめ名盤『危機(Close to the Edge)』レビュー|ソナタ形式、Aドリアン、変拍子——プログレッシブ・ロックがクラシック音楽に最も近づいた瞬間

イエス(Yes)おすすめ名盤『危機(Close to the Edge)』レビュー|ソナタ形式、Aドリアン、変拍子——プログレッシブ・ロックがクラシック音楽に最も近づいた瞬間 Progressive Rock

イエス(Yes)の『Close to the Edge』は、1972年にリリースされた全3曲・総収録時間38分のアルバムだ。

プログレッシブ・ロックを知らない人に「どんな音楽?」と聞かれたら、このアルバムを見せながら「1曲が18分あります」と答えることにしている。たいてい絶句される。でも聴き始めると、18分があっという間に終わる。それがこのアルバムの正体だ。

Billboardアルバムチャートで3位を記録し、AllMusicは「欠点のない傑作」と評した。プログレッシブ・ロックというジャンルの最高到達点として、世界中で名前が挙がり続けている。

制作背景

前作のツアーを終えたバンドは、デモを録音し始めた。アレンジがあまりに複雑になりすぎて、前日どこまで進んだかをメンバーが忘れてしまうことが何度もあった。

曲が完全に書き上がっていないまま、スタジオで演奏しながら学んでいくやり方で進んだ。Bill Bruford曰く「10小節、12小節、16小節という単位で少しずつ組み上げていった」という作り方で、18分の曲がパズルのピースを並べるように作られた。

プロデューサーのEddie Offordは疲労から録音中にミキシング卓の上で眠り込んでしまい、テープが回りっぱなしのまま爆音が鳴り続けたという。

アルバムが完成した直後、Brufordはバンドを去った。King Crimsonへの移籍を告げた。

Brufordは「自分はClose to the Edgeで出来る限りのことをやり尽くした。これ以上良いアレンジは出せないとわかった。だから新鮮な空気が必要だった」と語っている。バンド史上最高傑作を作り終えた瞬間に、脱退を宣言した。

アルバムジャケットはRoger Deanが担当し、このアルバムからYesの「バブル・ロゴ」が初登場した。

音楽性

メンバー5人が各自独立した「声部」を持ちながら、一つの巨大な構造に向かって動く——そのアンサンブルの在り方が、このアルバムの核心だ。

Jon Andersonのボーカルはテノールとカウンターテナーの境界にある高域が「最高音域の楽器」として鳴っていて、Chris Squireのベースが作る低域との間に「音域の空白」を生んでいる。

そこをSteve HoweのギターとRick Wakemanのキーボードが埋める。この縦の音域分配が、Yesのサウンドの「縦に広い」立体感を作っている。

Steve Howeのギターはスタイルの多様性において際立っている。アコースティック12弦、スチールギター、エレクトリックリード、スライドギターを一曲の中で使い分ける。

「And You and I」のオープニングでは、HoweがGuild 12弦ギターでアドリブのハーモニクスを弾き、「Okay」と声を漏らす瞬間が収録されている。収録予定の音ではなかったが、Offordが「これを残してほしい」と説得した。あの一言と息遣いが、曲全体の「温もり」を作っている。

Chris Squireのベースは「第2のメロディ楽器」として鳴っている。SquireとBrufordの最大の衝突は、Squireが弾きたいベースパートのためにBrufordのドラムを変えるよう要求したことで、Brufordがそれを拒否し続けた。

その衝突が皮肉にも、二人が互いを侵食しない独立した声部として演奏するという緊張感を生んでいる。

Rick Wakemanの役割について、Steve Howeはこう語っている。「あちらのパーツとこちらのパーツがうまくつながらないとき、Rickが和声的な転調を与えてくれた。継ぎ目が見えないようにスムーズに接続する——それが彼の最大の貢献だった」。

Wakemanはソリストであると同時に、複雑な構造の「接着剤」だった。

Bill Brufordのドラムは「ロックのドラムをジャズの語法で叩く」という逆説を体現している。厳格な拍の上で演奏するのではなく、バーラインを越えてリズムを解放するアプローチで、「構造を保ちながら即興する」という綱渡りをアルバム全体で続けている。

Bruford自身はYesを「本質的にビーチ・ボーイズをモデルにしたボーカルグループ」と、King Crimsonを「アヴァンギャルド・ジャズグループ」と表現している。

その二つの哲学の狭間で、Brufordはこのアルバムを作った。録音完了直後の脱退宣言は、その綱渡りの限界を超えた瞬間だったのかもしれない。

後続アーティストへの影響という点では、Dream TheaterのJohn Petrucciがこのアルバムを「プログレッシブ・メタルの設計図」と語り、Toolの音楽における長尺構成と拍子の実験はYesとKing Crimsonへの直接的な応答と言えるだろう。

RadioheadのKid A(2000年)における「ロックバンドがロックの語法を解体する」試みの先行事例として、批評家が繰り返し言及している。

楽曲解説

Close to the Edge

冒頭、鳥の声と水音が流れる。それがいつの間にかメロトロンの波に溶けていく。

音楽理論家たちはこの曲が、18世紀〜19世紀の交響曲で使われてきた「ソナタ形式」に沿って構成されているように分析できると指摘している。ロックバンドが18分の曲を「作曲」するとき、西洋音楽の最も洗練された形式に辿り着いていた。

和声的には、AドリアンとEメジャーという2つのキーを主軸としている。Aドリアンは「暗いが前向き」という複雑な感情の色彩を持つモードで、そこにEメジャーという明るい長調が対置される。この対立が「霊的な探求と到達」という構造を音楽的に体現しているように聴こえる。

Jon Andersonはこのアルバムの着想源としてHermann Hesseの小説『シッダールタ』を挙げていて、「暗から明へ」というモードの移行がその精神的な旅程と重なる。

「The Solid Time of Change」から始まるこの組曲は、静かな夜明けのような入り口から、激流、瞑想、執拗な繰り返し、そして爆発へと表情を変え続ける。

Part IIIの「I Get Up I Get Down」では、教会のパイプオルガンで録音した荘厳な音が広がり、アルバムの中で最も静かで深い時間が訪れる。

最後の楽章では3つの主要テーマが同時に提示される——それはソナタ形式の「再現部」であり、18分の旅が一つの円環として閉じる瞬間だ。18分という長さを意識しないまま終わっているのに気づく。

And You and I

Steve HoweのGuild 12弦ギターの単音から始まる。収録されている「Okay」という一言——収録するつもりのなかった瞬間——が、この曲の温もりの正体だ。

4つのパートを通じて、親密な語りかけから壮大な爆発まで感情の振れ幅が大きい。「The Preacher the Teacher」は一日のセッションで書き上げられ、Andersonは「これ以上ないほど自然に合わさった」と語っている。

アメリカではシングルとしてリリースされ、Billboard Hot 100で42位を記録した。18分の組曲の後、このアルバムで最も「歌」に近い曲として、ほっと息をつける瞬間でもある。

Siberian Khatru

「Khatru」という言葉の意味は今も諸説あって、はっきりしていない——Andersonは「夏の晴れた日の夢に関係している」と語るのみだ。

そのAndersonの謎めいたコーラスから始まり、アルバムの中で最もロックに近い推進力を持つ一曲。Brufordが作ったサイクリックなギターリフを骨格とし、Mellotronによる主題、変拍子、そしてRick Wakemanのハープシコードソロという独特の展開を持つ。

Steve Howeのギターが縦横無尽に駆け回り、Chris Squireのベースが低いところでうなり続ける。プログレというより、ただ純粋に「カッコいい」と感じる部分が多い。

アルバムの締めとして、これ以上ない終わり方だ。余談だが、実はカラオケで歌える。

まとめ

リリース当初、アメリカの多くのラジオ局は18分の曲をオンエアしたがらなかった。そのためプロモーション用に分割したLP盤が制作され、あの18分を5分に切って流していた時代があった。それでも伝説になった。

バンド史上最高傑作を作り終えた直後にBrufordが去った。録音の過程で衝突し、疲弊し、「これ以上良いアレンジは出せない」と悟った。それほど全力を注いだ38分が、今も「プログレッシブ・ロックの最高到達点」として語られ続けている。

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