Slintの『Spiderland』は1991年リリース、6曲40分。
リリース当時は米国でほぼ無視され、英国のNMEとMelody Makerがいち早く評価し、Steve Albiniが「ten fucking stars」と称えた。
その後じわじわと聴かれ続け、今日ではポストロックおよびマス・ロックの原典として世界中のバンドに影響を与え続けています。近年ではBlack Country, New Roadが彼らからの影響を公言しています。
録音は1990年8月、ルイビルのRiver North RecordingスタジオでエンジニアのBrian Paulsonとともに行われました。
録音に4日間——完成まで合計2週間。録音時のメンバーの平均年齢は19歳でした。
ただし「4日間で録音した」という事実は半分しか正しくない。曲は夏の間ずっと、毎日何時間もリハーサルし続けていました。
WalfordはノースウェスタンでLake Michiganのそばの岩の上に座りながらひたすらリフを録音し、McMahanは両親の車の中で歌詞のアイデアをテープに吹き込み続けた。
「即興の緊張感」と「綿密な構造」が同時に成立しているのが、このアルバムの特異な点です。
歌詞だけはスタジオで書いた。McMahanはこう語っています。「その時点ではバンドにストーリーテラーがいなかった。自分がやるしかないと感じた——もっと上手い人間がいれば任せていた」。
あの朗読スタイルのボーカルは、意図的にかっこよくしようとした結果ではありません。
レコーディングは全曲ライブ一発録り。ボーカルのオーバーダブは2テイク以内という制約を設け、エフェクトはミックス時に試したものの全部ボツにして、素のままの音だけが残りました。
エンジニアのPaulsonは「録音しながら、これは何か特別なものだとわかっていた。こんなものは聴いたことがない。本当に気に入っているけど、本当にfucking weirdだ」と語っています。
アルバムリリースの直後、バンドは解散しました。McMahanがうつ病と診断されて入院したことが直接のきっかけです。
リリース時点でバンドはすでに存在していなかった——そこからSpiderlandを取り巻く神話が始まります。
「メンバー全員が精神病院に入った」「事故で死んだ」といった話が独り歩きしましたが、実際には誰も死んでいないし、入院したのはMcMahanだけで彼は今も存命です。
情報がほとんどない状態に神話が流れ込んで、このアルバムを「都市伝説のように語られるもの」にしていきました。
音楽性
ベーシストのTodd Brashearはこう語っています。「BrittとDaveは技術的に本当に優れたミュージシャンだった——今もそうだ。でも俺とBrianはそうじゃない。それでも長年たくさんのバンドを経験してきた。うまく持ち合わせているものを活かしたと思う」。
この言葉がSpiderlandを正確に言い表しています。「技術的に完璧なアルバム」ではなく、「技術と感情がぎりぎりのところで噛み合ったアルバム」——そこが核心です。
Britt Walfordのドラミングはこのアルバムの最大の秘密の一つです。
まず押さえておくべき背景として、Walfordはドラマーである前にピアニストでした。Spiderland録音時、彼は18歳まで続けていたピアノレッスンをまだ受けていた——週2回、毎日1時間半以上の練習という「ほぼ本職」の水準です。
その鍵盤楽器的な音楽教育が、ドラムの演奏に独特の旋律的な発想をもたらしています。
Walfordのドラムは「ビートの後ろに座る(behind the beat)」スタイルで知られています。拍の「直後」にアクセントを置くことで生まれる、引きずるような独特のグルーヴです。
楽曲を前へ前へと引っ張るドラマーとは対照的に、Walfordは音楽をわずかに後ろから支えることで「重力のある静けさ」を作り出す。ドラム批評家のJim DaugertyはこれをBonhamやLevon Helmと同系統のタイム感と表現しています。
拍子の扱いも独特です。「Nosferatu Man」のヴァースは5/4拍子ですが、Walfordは「4拍子に1拍足す」という機械的な処理をしていません。
ビートが5/4の奇数拍子の中を「呼吸するように」動いていて、ギターの変拍子パターンの間をすり抜けながら独自の流れを保っています。変拍子を「難しいもの」として叩くのではなく、自然な流れとして演奏できるのは、ピアノで培ったリズムの内部化によるものだと私は解釈しています。
Steve Albiniは自身のレビューでWalfordのドラミングを「同じ音量とダイナミクスでリビングルームで聴いているように感じる、信じられないほど精密でありながら本能的な演奏」と評しました。
David Pajoのギターでこのアルバムを最も特徴づけているのは、ナチュラル・ハーモニクスの使い方です。
ギターのハーモニクスには大きく2種類あって、ピックと親指で弦を同時に触れる「ピンチハーモニクス」(ヘヴィメタルで多用)と、フレット上で弦を軽く触れるだけで出る「ナチュラル・ハーモニクス」があります。後者はベルのような澄んだ倍音が鳴り、弾く場所によって音程が決まります。
Pajoがやったことの革新性は、このナチュラル・ハーモニクスを「装飾音」としてではなく「メロディライン」として使ったことです。
「Breadcrumb Trail」の冒頭で聴こえるあの「奇妙な輝き」は、通常の指弾きでは絶対に出ない音です——Pajoが3フレットや4フレットのナチュラル・ハーモニクスをBoss Heavy Metalペダルに通すことで生み出した、どこか「宙に浮いた」音。ハードコアパンクのバックグラウンドを持つ19歳のギタリストがこれを「自分の音」として確立していたことは驚異的です。
Pajoはこう語っています。「ハーモニクスをリフやメロディの一部として使うというのはBrittと出会うまで考えたことがなかった。彼にとってはそれが普通だった」。
つまりこの奏法の発想源はWalfordにある。ピアニストであるWalfordの旋律的な発想が、ギターにも波及した結果だと私は解釈しています。
Pajoのもう一つの特徴が、ダイナミクスの極端な幅です。歪んだギターを「爆音で全力で弾く」のではなく、静寂と爆発の間を意図的にコントロールする技術が、このアルバム全体のダイナミクスを支えています。
Brian McMahanの「ボーカル技術」を語ることは難しい。なぜなら彼はこのアルバムでほとんど「歌って」いないからです。
朗読、語り、囁き、そして絶叫——その全てが「歌」の外側にある。
McMahanがボーカルを「技術として練習しなかった」ことは意図的です。「ボーカルのリハーサルはしたくなかった——一発限りの、カタルシス的な体験にしたかった」と彼は語っています。
「Good Morning, Captain」の絶叫はまさにその産物で、2テイク以内という制約の中で体の限界まで出した声が録音された翌日、McMahanは入院しました。
技術的な「上手さ」とは無縁の場所で、音楽的な「正しさ」が実現されている。
楽曲解説
Breadcrumb Trail
遊園地の占い師と出会う夢幻的なストーリーをMcMahanが朗読しながら、PajoのナチュラルハーモニクスがBoss Heavy Metalを通して「奇妙な輝き」を放ちます。
曲の中盤でギターが歪んで爆発し、終わるとまた静けさに戻っていく。
この「静寂→爆発→静寂」という構造がSpiderlandの基本文法で、最初の1曲でその文法を叩き込まれます。
Nosferatu Man
アルバムの中で最もハードコアパンク的な攻撃性を持つ曲。ヴァースは5/4拍子、コーラスは6/4拍子という変則構造で、Walfordのドラムがその奇数拍子の間を「呼吸するように」動きます。
5/4という「余った1拍の居心地の悪さ」が、アウトサイダーとしての吸血鬼というイメージと重なっているのではないかと私は解釈しています。
Don, Aman
Walfordが単独で作曲してボーカルをとった唯一の曲であり、ドラムが存在しない唯一の曲でもあります。
ギター2本とベースだけの骨格に、「外から観察されている個人の耐えがたい経験」を描く歌詞が乗る。
バンド最大の音を持つWalfordが、自分の曲から自分のドラムを消した——その空白が逆に不気味な圧力を持っています。
Washer
8分間。このアルバムで最も美しく、最も痛い曲です。
McMahanが薄く震える声で「Every time I ever cried from fear / Was just a mistake that I made」と歌う。
自殺を描いた曲だという解釈が広くされていて、私もそう聴こえます。「解放されたのか、諦めたのか」がどちらにも取れるまま曲は静かに終わります。
For Dinner…
1分半のインストゥルメンタル。ギターのアルペジオが静かに漂うだけの曲で、「Washer」の重さを受け止めながら最終曲への助走として機能しています。
この静けさがなければ次の曲の衝撃は半分になります。
Good Morning, Captain
コールリッジの詩「老水夫の歌」をモチーフにした10分近いクローザー。
難破船の生き残りが岸に這い上がり、家の窓から顔を覗かせた子供に助けを求めるが、子供は恐怖で窓のシェードを引き下ろしてしまう——その物語をMcMahanが朗読します。
終盤、声は朗読から突然絶叫に変わる。「I’m sorry… I miss you」。
曲の最後でPajoが3フレットと4フレットのナチュラルハーモニクスを静かに鳴らして終わっていく——あの音はアルバム全体の「澄んだ悲しみ」の結晶のような響きです。
まとめ
個人的に、このアルバムを初めて聴いたときに感じたのは「静かなのに怖い」という感覚でした。
ポストロックというジャンルには爆発や壮大さのイメージがあるけれど、Spiderlandには爆発すら「静寂の一部」として機能していて、音全体が何か大きな不安を抱えたまま進んでいく。
McMahanは「あの特定の時期の産物だった。数年後に出会っていたら、まったく違う結果になっていた」と語っています。
4曲を何ヶ月もリハーサルして、歌詞はスタジオで書いて、4日間で録音して、平均19歳で、数日後にバンドが終わった。
その条件のどれ一つを変えても、Spiderlandは存在しなかった——「二度と起きない偶然の産物」が、30年以上経った今も聴かれ続けています。
