Slowdiveの『Souvlaki』は、1993年5月にリリースされたシューゲイザーの名盤だ。リリース当時の評価は、今からは信じられないほど散々なものだった。
Manic Street PreachiersのRichey Edwardsは「Slowdiveはヒトラーより嫌いだ」と言い放った。イギリス人特有の性格の悪いユーモアだが、彼らの音楽はブリットポップの喧騒にかき消されてしまったのは本当の話だ。
しかし今となってはその評価は一変しています。
2010年代以降のSlowdive再評価は圧巻だった。Pitchforkが9.3点をつけ、世界中のフェスでヘッドライナーを務め、新作がチャートを駆け上がった。2023年のフジロックのメインステージで、10代から50代までが一体となってこの音に揺れた。
かつて弱点とされた内向性が、30年経って最も切実で美しい音楽として世界に求められた——それがこのアルバムの話の本質だと思う。
制作背景
このアルバムは「破棄と再生」の物語だ。
バンドはSouvlakiの制作にあたり、約40曲のデモを作った。それをCreation RecordsのAlan McGeeに送ったところ、McGeeは「全部気に入らない」と一蹴。バンドは振り出しに戻った。
次の手としてバンドが取ったのが、Brian Enoへのコンタクトだ。
Neil HalsteadはEnoの大ファンで、「プロデュースしてほしい」とオファーした。Enoはプロデュースは断ったが、「数日間一緒に録音するなら」という条件で応じた。そのセッションから生まれたのが「Sing」と「Here She Comes」の2曲です。
Enoはバンドにこう言ったと伝えられています。「何を弾くかは気にしない。ただ何かを弾いてくれ」と。
Enoとのセッション後、Halsteadの精神状態が急激に悪化する。
Rachel Goswellとの恋愛関係が終わり、録音作業は行き詰まり、マネージャーに「一度場所を変えろ」と勧められたHalsteadは、ウェールズの借家に2週間こもった。
Halsteadがウェールズから戻ったとき、彼は「より剥き出しで、よりパーソナルな」新しい曲を持ち帰ってきた。「Dagger」と「40 Days」がその産物です。
ミックスはSuede、Spiritualizedを手がけたEd Bullerが担当。Bullerの「ボーカルを音の層に溶かし込む」という手法が、このアルバムの「境界線がない」質感を作っています。
アルバムタイトルの話は少し笑える。「Souvlaki(スヴラキ)」というのはアメリカのいたずら電話コメディデュオのスケッチから来ている——あのドリーミーで美しいアルバムのタイトルが、いたずら電話のオチから来ているという事実が、Slowdiveのユーモアセンスを物語っています。
リリース後の話も過酷だった。アメリカツアーの途中でレーベルが資金援助を打ち切り、残りのツアーはバンド自費で続けた。Creation RecordsはOasisと契約して大金を稼ぐ方向へ向かい、Slowdiveは1995年に新作リリース直後に契約を切られました。
音楽性
このアルバムの核心は、NeilとRachelの「二つの声」だ。
デビュー作では声が混ざり合って均質だったが、Souvlakiでは二人の声が明確に個性を持つようになった。Halsteadの落ち着いた低めの声とGoswellの浮遊するような高い声が交互に出てきたり、重なったりする。
その「どちらが前でどちらが後か分からない」声の絡み合いが、このアルバムの感情的な複雑さの源になっている——元カップルが別れた後も一緒にアルバムを作っているという背景を知ってから聴くと、なおさら。
Halsteadはこのアルバムでアンビエント、Aphex Twin、ダブからの影響を吸収し始めた——特に「Souvlaki Space Station」がその産物だ。前作のシューゲイザー一辺倒から外れたその方向性が、このアルバムを「シューゲイザーの傑作」でありながら「シューゲイザーにとどまらない何か」にしています。
和声的には、アルバム全体を通じて「解決を先送りにするコード進行」が顕著です。
「Alison」はEメジャーを基調に、E・A・F#m・C#mという循環の中でコードが常に次の場所へ流れていき、どこにも完全に落ち着かない。
「Souvlaki Space Station」はAドリアン——Aマイナーの6度が半音上がったモード——で、浮遊感の正体はここにある。こうした「メジャーともマイナーとも言い切れない中間地帯」に留まり続けることが、このアルバムの「心地よいのにどこか切ない」感覚を生んでいます。
後続アーティストへの影響
Beach HouseやWolf Alice、Tame ImpalaのKevin Parkerがこのアルバムを「神」と崇めているのは有名ですが、影響はより広範に及んでいる。
2010年代のドリームポップ・シーンを牽引したAlvvays、Beach Fossils、DIIVはいずれも本作の和声的な「浮遊感」と多層的なギターテクスチャを直接の参照点としています。Alvvaysのデビュー作(2014年)に漂うメジャー/マイナーの中間地帯の感覚は、「Alison」の和声的なDNAをそのまま受け継いでいると思う。
日本でも、2010年代以降のシューゲイザー・リバイバルの文脈でこのアルバムへの言及は急増した。「Alison」の和声的な浮遊感と二声のボーカルが持つ「切なさの文法」は、特に広く吸収されています。
楽曲解説
Alison
イントロの数秒で、「ああ、このアルバムは凄い」と確信させてくれる。
Eメジャーを基調に、E・A・F#m・C#mという進行がヴァースを動かす。コードがマイナー(F#m・C#m)に差し掛かるたびに感情がひやっとするが、すぐEへ戻ることで明るさを保つ——その往復があの「開放感の中にふっと混ざる切ない響き」の正体だ。
NeilとRachelの共同ボーカルがここで初めて完全に機能しています。短い曲なのに、余韻がいつまでも消えない。
Souvlaki Space Station
重いベースラインが海の底からじわじわと持ち上がってくるような圧迫感がたまらない。
Aドリアンを基調に、Am・D・Em・G・Cという進行が繰り返される。ドリアンモードはマイナーでありながらIV度がメジャーコードになる——そのDメジャーコードが差し込まれるたびに光が漏れてくるような瞬間がある。
HalsteadがAphex Twinとダブから吸収したビート感覚が、このアルバムで唯一はっきりと顔を出している曲だ。
When the Sun Hits
後半のハイライト。
F#マイナーを基調に静かに動くヴァースから、サビでAメジャーのコードがルート音を力強く打ち出してくる瞬間にディレイの洪水が視界をパッと開かせる。
このアルバムで最もロックらしい推進力を持っている曲です。
Here She Comes
Brian Enoがキーボードでゲスト参加した曲。Bメジャーで動くこの曲に、Enoのキーボードは主張しない——それがこの曲の「希望を持った切なさ」の質感を作っています。
GoswellとHalsteadが別れた後のセッションで生まれたこの曲の性格は、その背景を知ると違って聴こえてくる。
Sing
Brian Enoとの共作。Enoが加えたキーボードのブリップ音がスペーシーなギターの音と絡み合う。
「ただ弾いてくれ」というEnoの一言から生まれた曲が、このアルバムで最もEno的な曲になっているのが面白い。
Dagger
最後を締めくくるのは、轟音ではなく、むき出しのギターと歌だ。
アルバムで最も調性がはっきりした曲——その「裸の明快さ」が、ここまで音の層に包まれてきた感情を最後に剥き出しにする。HalsteadがウェールズでGoswellとの別れを抱えながら書いた曲。「Dagger(短刀)」というタイトルが全てを説明している。
このアルバムがただの心地よいシューゲイザーで終わらないことを、最後の1曲で証明しています。
まとめ
かつてヒトラーより嫌いと言われ、資金を打ち切られ、レーベルに契約を切られた5人が、2023年のフジロックのメインステージに立った。
10代から50代が一体となって揺れた。Goswellはこう語っています。「音楽が人々の心に響けば、それは残り続ける」と。

