1999年にリリースされたSigur Rosの2作目『Agaetis Byrjun』。
瞬く間にプラチナムに輝き、後にPitchforkやRolling Stoneといった主要メディアが「2000年代を象徴する傑作」として挙げる金字塔となりました。
前作『Von』を経て、キーボードのキャルタン・スヴェインソンが加入し、バンドは4人編成へ。クラシックの素養を持つキャルタンの合流が、Sigur Rosの音の地平を決定的に広げることになります。
制作背景
プロデューサーのケン・トーマスを迎え、1998年から1年がかりで行われた録音作業。
キャルタンは当時の感覚を「曲自体が、俺たちが何をすべきか導いてくれるようだった。プールの底で浮いているような、あるいは宇宙を漂っているような不思議な体験だった」と振り返っています。
象徴的なアルバムタイトルは、デビュー作を抱えて入ったカフェでのエピソードに由来します。
客のいない店内で、店員に自分たちの音楽を流してもらいながらスープを啜った。その時、彼らは「次はもっと本当にいいものを作ろう。今回はまだ、まずまずの始まりだ」と誓い合ったのです。
ちなみに、初回プレスのCDケースはメンバーが手作業で組み立てたため、多くの盤に糊が染み出して再生不能になるというDIY精神が裏目に出た微笑ましい(?)事件も起きています。
その後、キャメロン・クロウやウェス・アンダーソンの映画に使用され、トム・ヨークやコールドプレイのクリス・マーティンが絶賛したことで、彼らの歌声はアイスランドの国境を越え、世界中の孤独な魂へと届くことになりました。
音楽性
本作の音楽性は「ポストロック」という言葉だけでは到底説明がつきません。
ブライアン・イーノのアンビエント、コクトー・ツインズの言語を超越したボーカル、スロウダイヴの残響、そしてアルヴォ・ペルトの現代音楽。それら全ての要素を溶かし込みながら、Sigur Rosが鳴らすのは「爆発」ではなく、ひたすら高みへと「上昇」し続ける音です。
最大の武器は、ヨンシーがチェロの弓でギターを奏でるボウイング奏法と、キャルタンが書き上げた重厚な弦楽アレンジの融合です。
弓で擦られたギターは、人の声でも楽器でもない「第三の音」として鳴り響き、その上をヨンシーの透き通ったファルセットが滑走する。この多層的な「音の壁」は、他のどのバンドも到達し得なかった聖域を作り出しています。
和声的には、アルバムの楽曲の多くがひとつのモードや調上に長く留まり続けるドローン的な構造を持っています。
「Svefn-g-englar」はEミクソリディアン(7度が半音低いEメジャー)を基盤に、解決を急がず同じコードの上を漂い続ける。転調によって感情を動かすのではなく、同じ和声の中でダイナミクスと音色だけを変化させていく——それがこのアルバムの「同じ場所に留まりつつ心は天に昇っていく感覚」の秘密だと思います。
アルバム全体が巨大な「回文(逆再生)」構造を成している点も見逃せません。
イントロはタイトル曲の逆再生であり、ラストの「Avalon」は別曲の別テイクを約4分の1のスピードにまで落としたもの。さらにある楽曲の弦楽パート自体が、逆から再生しても同じメロディになるよう設計されています。この意図的な「円環」構造が、聴き手を終わりのない神秘体験へと閉じ込めるのです。
楽曲解説
Svefn-g-englar
「夢遊病者」を意味する10分間の叙事詩。
水中を漂うような心拍音と、ゆっくりとせり上がるアンサンブル。現実と夢の境界線が溶けていくような感覚は、後に映画『バニラ・スカイ』の重要なシーンを彩りました。
Starálfur
「凝視する妖精」を意味する3曲目。キャルタンの弦楽アレンジが最も美しく結実した一曲です。
回文構造のストリングスが、どこか懐かしくもこの世のものとは思えない光景を描き出します。ウェス・アンダーソン監督がこの曲を偏愛したのも納得の、映像的な一曲です。
Ný batterí
「新しいバッテリー」と題された5曲目。即興的なブラスパートが不穏に響きます。
ドラマーが一定のビートを刻めなかったため、曲の途中でテンポが自然に揺らいでいくのですが、バンドはその「不完全な美しさ」をあえてそのまま残しました。
Viðrar vel til loftárása
「空襲には良い天気だ」という皮肉なタイトルを持つ、本作で最も映画的な1曲。
静寂から始まり、10分かけてギターと声が溶け合い、最後には感情の奔流となって爆発する。アルバムの音響的カタルシスを象徴するトラックです。
まとめ
個人的に、このアルバムを初めて聴いた時、「音楽でこれほどまでに景色が変わるのか」と震えたのを覚えています。
ヨンシーの声と弓で弾かれたギターが重なる瞬間、部屋の四方の壁が消え去り、アイスランドの荒涼とした溶岩地帯に放り出されるような感覚。これこそが「音楽体験」の究極と言えるでしょう。
Qマガジンが「20世紀最後の偉大なレコード」と呼び、Pitchforkがレディオヘッドの『Kid A』と並べて賞賛したのも当然です。
20世紀の終焉と21世紀の夜明けを繋ぐこの一枚は、今なお「まずまず」どころか、音楽史における到達点として君臨し続けています。
