テレビジョン(Television)おすすめ名盤『Marquee Moon』レビュー|The Strokesをはじめ後続に多大な影響を与えた、知的で奥深いNYパンクの伝説的傑作

テレビジョン(Television)おすすめ名盤『Marquee Moon』レビュー|The Strokesをはじめ後続に多大な影響を与えた、知的で奥深いNYパンクの伝説的傑作 New Wave / Post-Punk

このアルバムが出た瞬間、1977年のロックの地図が書き換わりました。

Sex Pistolsの『Never Mind the Bollocks』より、7カ月も前の話です。

パンク全盛のあの時代に、Televisionはパワーコードもスリーコードも使わなかった。それでもCBGB発の音楽として、ちゃんと世界に認められた。

そのことが、今でも少し信じられない気持ちになります。

U2のThe Edgeはこう語っています。「エレキギターはすっかり陳腐な楽器になっていた。『Marquee Moon』はそれを根底から覆した」と。

Joy DivisionのStephen Morrisは「繰り返し繰り返し聴き続けた。ニューヨークの音楽は奇妙で、独特で、妙な迫力があった」と述べています。

R.E.M.のMichael Stipeにいたっては、「Patti Smithの『Horses』に次いで人生で最も愛するアルバム」と言い切りました。

ポスト・パンクとオルタナティブ・ロックの源流はいくつもあります。でもギタリストの話になると、必ずここに行き着く。このアルバムだけは、どこにも逃げ場がない。

制作背景

Tom Verlaine(本名Thomas Miller)とRichard Hellは、デラウェア州の寄宿学校を脱走した十代の仲間でした。

二人はニューヨークへ流れ着き、詩と音楽と反骨心の混じり合った場所で出会い直します。Verlaineという名前は、フランス象徴派の詩人Paul Verlaineから取ったもの。そういうところにも、この人の気質が出ています。

二人は1973年にNeon Boysとして活動を始め、のちにTelevisionと改名しました。

Hellは1975年に脱退します。Verlaineとの軋轢だけでなく、「Hellがリハーサルを嫌い、意図的に下手なままでいようとしていた」とLloydは後に語っています。

後任に迎えたのが、当時Blondieにいたベーシストのフレッド・スミス。彼が加わってから、バンドのアンサンブルは急速に精度を増していきます。

毎日4〜6時間、週に6〜7日。そのリハーサルを数カ月続けた。気が遠くなるような話ですが、あのアルバムを聴くとその時間がそのまま音に入っているのがわかります。

レコード契約に至るまでも、一筋縄ではいきませんでした。

1974年12月、Brian Enoがプロデュースするデモ・セッションが実現します。「Prove It」「Venus」「Friction」「Marquee Moon」の4曲が録音されました。

しかしVerlaineは納得しなかった。「冷たくてカサカサしている。共鳴がない」——そう言い、Island Recordsとの契約を断ります。Arista Recordsからも声がかかりましたが、「自分でプロデュースできないなら断る」と一蹴しました。

頑固、というより、自分の音に対して正直だった。そういうことだと思います。

最終的にElektra Recordsが、Verlaineのプロデュース参加という条件を飲みます。ただし「経験豊富なエンジニアと組むこと」という条件つきで。

そこで抜擢されたのがAndy Johns。Led Zeppelin、Rolling Stones、Cream、Trafficの録音を手がけたGlyn Johnsの弟で、当時プロデューサーとして独り立ちを目指していた人物です。Lloydはのちにこう語っています。「Tomは誰にも口出しされたくなかった。だから”売れっ子”ではなく、”これから”の人間を選んだ」と。

セッションは1976年9月、A&R Recordingで6週間にわたって行われました。「Guiding Light」と「Torn Curtain」の2曲を除き、残りはCBGBのライブで長年鍛え上げてきた曲ばかりです。

Johnsはほぼすべての曲を、バンドの生演奏で録音しました。

タイトル曲「Marquee Moon」は、ドラマーのBilly Ficcaが「本番とは思っていなかった」テイクで完成します。VerlaineはJohnsが「もう1テイク」と言うのを、静かに押しとどめました。「これでいい」。——その判断が正しかったことは、今聴けばすぐにわかります。

ジャケット写真はRobert Mapplethorpeが撮影しました。Verlaineが一歩前に出て手を伸ばし、残りの3人が緊張した表情で並ぶ構図です。

Lloydはその中から気に入った1枚をタイムズスクエアのコピーショップに持ち込み、「目をつぶってつまみを回してくれ」と頼んだそうです。偶然に生まれた色ずれと滲みのある仕上がりが、アルバムの最終的なジャケットになりました。Lloydはその工程をAndy Warholのスクリーン・プリントになぞらえています。

音楽性

このアルバムのギター・サウンドには、エフェクターが一切使われていません。

VerlaineとLloyd、それぞれのギターを直接アンプに突っ込んだだけ。なのにあの音が出る。そこが最大の謎であり、このアルバムの核心でもあります。

Lloydはのちにこう書いています。「Phil Spectorの壁のサウンドと、Beatlesのアイデアから着想を得た。自分のリズム・パートとソロを重ねてダブリングすれば、エフェクターよりずっと自然な広がりが生まれると思った」と。

生ギターを二重に重ねることで生まれる、わずかなズレ。その微小なズレが、このアルバムに独特の立体感をもたらしています。

アンサンブルの設計は「2本のギターがジグソーパズルのように噛み合う」ものです。Verlaineがリズムの骨格を提示し、Lloydがその隙間にカウンターメロディを差し込む。2つの声部が別々に動きながら、一つの旋律を作り上げていく。

LloydはSongfactsのインタビューでこう述べています。「2本のギターがリズムとメロディを交互に担う構成は、当時ほかにほとんど例がなかった」と。実際、当時これをやっていたバンドを私は他に思いつきません。

和声的な面で言うと、このアルバムの多くの曲は、機能的な終止を最後まで曖昧にしたまま動きます。

典型は「Marquee Moon」のヴァース部分。Bマイナーを中心にしながら、3度を持たない開いた和音と交互するシンプルな循環で10分間を走り抜けます。「機能的な解決」——トニックへの帰着——を必要とせず、代わりに旋律の緊張と弛緩が曲全体を動かしていく。

これはVerlaineが傾倒していたジャズ——とりわけJohn ColtraneとOrnette Colemanの音楽——から引き継いだ感覚だと、複数の批評家が指摘しています。言われてみると、確かにそういう空気がある。

曲の構成について、アルバムは明確な二層構造を持っています。

各面ともに「3曲の短めのフック重視の曲」を並べ、最後に長尺の展開曲を置く設計です。A面なら「Marquee Moon」(約10分)、B面なら「Torn Curtain」(約7分)がその役割を担います。

短い曲は通常のAメロBメロサビ型を基本にしながら、各ギター・ソロでセクションを広げていきます。長尺曲では、繰り返されるコード循環の上で2本のギターが長い対話を繰り広げ、テンションが累積しながら頂点へ向かっていく。

Lloydは「Marquee Moon」の構造をこう説明しました。「大きな声のパートと静かなパート、クライマックスへの積み上げが3回あって、『バーディーズ』と呼ぶセクションがあって、またヴァースへ戻る。かなり構造化されている」と。

10分の曲なのに、設計図があった。だから迷子にならずに最後まで連れていかれるんです。

Verlaineのボーカルについては、当初から賛否が分かれました。

ナザール音を多用する、鼻にかかった歌い方は、同時代のロック・ボーカルとは明らかに異質です。AllMusicのStephen Thomas Erlewineはこう書いています。「Verlaineの歌は、曲に乗るのではなく、曲のテクスチャーの一部として機能している」と。

歌詞はフランス象徴派の詩人の影響を受け、具体的な出来事を描写するのではなく、体験や知覚の「色」を言語にしようとするものです。「Marquee Moon」の歌詞についてVerlaineはMelody Maker誌で「これは10分間の都市的なパラノイアだ」と語っています。

意味を求めて聴くより、色として受け取るほうが、この歌詞には合っています。

後続のアーティストへの影響は、ギター・ミュージックの文脈で並ぶものがありません。

The Strokesの『Is This It』に収録された「Last Nite」のイントロ・ギターは、「Venus」のアルペジオ・パターンと構造的に共鳴しています。InterpolについてはTelevision、Joy Division、Echo & the Bunnymenへの比較が公式にも認められています。R.E.M.の初期作のギター・テクスチャー——特に『Murmur』(1983年)——は、VerlaineとLloydのインターロッキング・ギターの直接の後継と言えます。

Sonic YouthのThurston MooreとLee Ranalloは、このアルバムのノイズとメロディの同居を出発点の一つとして挙げています。U2のThe Edgeは、ギター1本でTelevisionの2本のギターを模倣しようとしてエフェクター活用に転じたと、複数のインタビューで語っています。

影響の広がり方が、尋常じゃない。

Rolling Stoneの2020年「500 Greatest Albums of All Time」ではこのアルバムは107位。NMEは2003年に「史上最高のアルバム第4位」に選んでいます。村上春樹が「もし無人島に10枚だけ持っていくなら」のリストに含めたことでも知られています。

楽曲解説

See No Evil

アルバムの開幕を告げる3分57秒です。

Verlaineのギターがリズムを刻む中、Lloydの2音同時奏法(ダブル・ストップ)が鋭く差し込まれ、ベースが入り、ドラムフィルが爆発する。この最初の1分間の積み上げが、アルバム全体の設計図になっています。

ソロはLloydが担当します。「音符を正確に並べる」彼のスタイルは、Verlaineの即興的な崩しとは対照的で、この曲でそのコントラストが早くも鮮明に現れます。

歌詞はVerlaine流の跳躍するイメージで満ちていて、意味を確定させない。「海で作った小舟(a nice little boat made out of ocean)」という矛盾した比喩がそのまま着地します。

わたしはこの曲を聴くたびに、「何かが始まった」という確信だけが残って、それが何なのかはわからない——という不思議な引っかかりを感じます。

Venus

アルバム2曲目。「See No Evil」の緊張が少し解けて、アルペジオのギターが交差するポップな質感になります。

ヴィーナス・デ・ミロ——腕のない彫刻——に恋する、というモチーフをVerlaineはこう説明しました。「ある感情の状態を指す言葉として使った」と。愛の神に腕がないことは、愛に実体がないことの隠喩です。あるいは、最も美しいものは手が届かない、ということかもしれない。

コーラスのアルペジオ・パターンはのちに数多く引用されています。The Strokesの「Last Nite」が最も有名な例です。Lloydは「最高の褒め言葉かもしれないし、最悪の話かもしれない」と苦笑いしながら語っています。

Friction

アルバムの中で最もロックンロールに近い曲です。

Lloydのオクターブのリフで始まり、Verlaineの鳴りの良い倍音が重なっていく。複数の批評家がWilson Picketの「Funky Broadway」に似たうねりがあると指摘していますが、確かにそういう体の動き方をします。

コーラスでVerlaineが「F-R-I-C-T-I-O-N!」とスペルアウトする場面は、Themの「Gloria」へのオマージュです。VerlaineはPatti Smithと交際しており、Smithはその「Gloria」のカバーを『Horses』に収録しています。

その文脈を知ると、この叫びはCBGBのシーン全体への、内輪の会釈のように聞こえてきます。

Marquee Moon

アルバムの中心に置かれた10分40秒です。

オリジナルLPでは9分58秒にカットされていました。当時のLP片面に収められる最長時間に合わせた編集で、CDリイシュー盤で完全尺が復元されています。Verlaine本人は「書いたのは約3年前で、最初は20節あるアコースティック・バラードだった」とMelody Maker誌に語っています。

曲の構造はLloydが「ミニ・シンフォニー」と呼ぶものです。ヴァース→コーラス→ヴァースという基本パターンを3回繰り返しながら、2回目のコーラス後にLloydが短いソロを取り、3回目のコーラス後にVerlaineが長い即興ソロに入ります。

8分42秒でギター、ベース、ドラムが一点に収束し、そこからピアノとギターの残響だけが漂う静寂を経て、最後のヴァースへ戻る。

Verlaineのソロはミクソリディアン・モード——長音階から第7音を半音下げた、少し「外れた」開放感を持つ旋法——を基調にしながら、フレーズを完結させずに次へ投げ続けます。それが10分間の「都市的なパラノイア」を作り出している。

ドラマーのFiccaはこのテイクが本番録音だと知らなかった。Verlaineが「これでいい」と言ったとき、本当に驚いたそうです。——それが最高のテイクになっているわけですから、ある種の奇跡だと思います。

Torn Curtain

B面の締めくくりとなる曲です。

アルバムで最もゆっくり始まります。Verlaineのギターが霞のような持続音を奏でる中、ヴァースが積み重なっていく。「不透明なムード」と評されるとおり、この曲の感情は最後まで霧の中にあります。

Verlaineの書いたメロディとコードの中で、最も「解決しない」ものの一つだと感じます。7分間、調の中心がどこかわからないまま揺れ続け、最後の一音で静かに沈んでいく。

アルバムの締めくくりにこれを置いたのは、正しい判断だと思います。「終わった」という感覚ではなく、まだ何かが続いているような余韻が残る。その余韻こそが、このアルバムが持つ本当の長さだと思っています。

まとめ

『Marquee Moon』はパンクのアルバムではないし、ジャズのアルバムでもありません。

Verlaineは「自分たちはポップ・バンドだと思っていた。『Marquee Moon』はシングルの束だと思っていた。それが10分曲だと気づいたとき、驚いた」と語っています。

そのズレが、このアルバムの本質に近い気がします。

ニューヨークの汚れた路地と、夜明け前の街灯の光。その「マーキー・ムーン」のイメージを、VerlaineとLloydは2本のギターでそのまま音にしました。

その衝撃は今なお衰えていません。

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