ジャパニーズ・ブレックファスト(Japanese Breakfast)おすすめ名盤『Jubilee』レビュー|インディ・ポップ×オーケストラ——母親の死から「喜び」へ辿り着いた過程

ジャパニーズ・ブレックファスト(Japanese Breakfast)おすすめ名盤『Jubilee』レビュー|インディ・ポップ×オーケストラ——母親の死から「喜び」へ辿り着いた過程 Indie Rock / Indie Pop

Japanese Breakfast の『Jubilee』は、2021年6月にリリースされた3枚目のアルバムだ。Michelle Zauner によるソロ・プロジェクトで、ドラマーの Craig Hendrix との共同プロデュース。前2作——母の癌と死を巡る『Psychopomp』(2016年)と『Soft Sounds from Another Planet』(2017年)——から一転し、「喜びについてのアルバム」として作られた。

Metacritic で88点。グラミー賞ではベスト・オルタナティブ・ミュージック・アルバムおよびベスト・ニュー・アーティストにノミネートされた。並行して書き上げた回顧録『Crying in H Mart』がニューヨーク・タイムズのベストセラー1位を記録し、映画化も決まった。音楽と文学の両方で、Zauner はこの時期にキャリアの頂点を迎えた。

「喜びについて書こうと思ったとき、テーマが広くて、書くのが楽しかった」と Zauner は語っている。ただしこのアルバムの「喜び」は、単純に明るいわけではない。喜びを感じるための闘い、喜びを維持する決断、誰かから離れることで初めて手に入る喜び——そのすべてが46分に詰まっている。

制作背景

アルバムは2019年末にほぼ完成していた。パンデミックでリリースが約1年半延期になり、その間に Zauner は『Crying in H Mart』を書き上げた。「アルバムを何度も聴き直しながら待っていたが、最終的にはむしろ好きになった。これ、かなり良いと思えた」と彼女は笑っている。

アルバム全体を貫く意志は「大きくやろう」だった。Zauner はこの制作期間中に音楽理論とピアノを本格的に学び直し、弦とホーンのアレンジを自分で書けるようになった。そのことがサウンドの規模を根本から変えた。

ギター・ソロを入れることを決めたのは Jeff Tweedy のアドバイスがきっかけだ。「長いギター・ソロを弾くのが恥ずかしいと思っていた。でも弾いてみたら、曲に必要なものがそこにあった」。

音楽性

このアルバムを「大きく」させた直接の参照先は、Björk の『Homogenic』(1997年)だ。「あのアルバムに鼓舞された。ああいうものを作りたかった」と Zauner は語っている。弦楽器とエレクトロニクスが対等に共存する構造、「ポップでありながら圧倒的に壮大」という美学——どちらも『Jubilee』にある。

もう一つ Sufjan Stevens の影響がある。「喜びの中に複数の感情が同居する」という書き方だ。Stevens が宗教的な恍惚と人間的な悲しみを同じ曲に収めるように、Zauner は喜びをテーマにしながら「喜びを感じるための闘い」や「離別の先にある喜び」を同居させる。それがこのアルバムに奥行きを与えている。

楽曲解説

Paprika

マーチング・バンドのドラムと、フォルティッシモで入る弦とシンセとホーン——冒頭30秒で「これまでと違う」ことが伝わってくる。「How does it feel to stand at the top of the world」——「世界の頂点に立つのはどんな感じ?」という問いかけが、その密度の音に乗って飛んでくる。

この曲はアルバムの宣言だ。悲嘆のアーティストとして知られてきた Zauner が、「自分には喜びを書く権利がある」と主張する46分の最初の一手。その自信が、音の規模に直接出ている。

Be Sweet

アルバムで最もラジオ的な曲だが、バンドアレンジが重厚で単純なポップに収まらない。ファルセットに切り替わるサビの一瞬で、甘さの中に翳りが差し込む。その重さの配合が絶妙だ。

後半、WilcoのJeff Tweedy のアドバイスで入れることを決めたギター・ソロが一瞬だけ感情を全開にする。恥ずかしいと思っていた技法が、この曲を決定的に正しくしている。

Savage Good Boy

億万長者が若い女性を地下バンカーに連れ込もうとする——という設定の曲だ。電子音の低域とアコースティックな弦が同じ空間に置かれ、「豊かさの中の不安」を音で描く。

喜びをテーマにしながら、音には常に複数の感情が同居している。このアルバムの中でその二重性が最も鮮明な曲だ。

In Hell

「喜びのアルバム」の後半にひっそり置かれたエレジー。末期の母親の痛みを薬でコントロールしていた記憶を、「私があなたを雪で覆い隠した」という言葉で描く。

この曲があるから、「Paprika」の爆発が嘘にならない。アルバムの構造上、ここが要だ。

まとめ

悲嘆のアーティストとして知られた Zauner が「幸せを感じる許可を自分に与えた」アルバム。その転換がこれほど説得力を持つのは、喜びを単純に描かなかったからだ。

Björk の壮大さと Sufjan Stevens の内省を参照しながら、Michelle Zauner にしか作れない音楽として46分が着地している。柿のように、時間をかけて甘くなっていく——そういうアルバムだ。

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