ウィルコ(Wilco)おすすめ名盤『Yankee Hotel Foxtrot』レビュー|ピッチフォーク10点満点のオルタナティブ・カントリー傑作——3コードの骨格とノイズが融合した瞬間

ウィルコ(Wilco)おすすめ名盤『Yankee Hotel Foxtrot』レビュー|ピッチフォーク10点満点のオルタナティブ・カントリー傑作——3コードの骨格とノイズが融合した瞬間 Folk / Country (Rock)

Wilcoの『Yankee Hotel Foxtrot』は、2002年4月23日にNonesuch Recordsからリリースされた4枚目のスタジオ・アルバムです。プロデュースはJeff Tweedy、Jay Bennett、Jim O’Rourke。US Billboard 200で13位を記録し、Wilco史上最大の売上作品となりました。

Pitchforkはリリース時に10点満点を与え「単純に傑作だ。ヘッドフォンでも、車の中でも、パーティでも等しく素晴らしい」と評した。Rolling Stoneの2020年版「500選」では225位に選ばれています。

このアルバムをめぐる物語——内部の権力闘争、レーベルからの拒絶、無料ストリーミングという前例のない決断——はSam Jonesのドキュメンタリー映画として映像化されました。

制作背景

出発点は一枚のCDとの出会いです。Jeff Tweedyは2000年の冬、ほぼ毎日Jim O’Rourkeの1997年作『Bad Timing』を車の中でかけ続けていました。2000年5月、Tweedyはシカゴのノイズ・ポップ・フェスティバルへの出演の際にコラボレーターとしてO’Rourkeを指名し、O’Rourkeはドラマーのglenn Kotcheを連れてきた。

三人のセッションはそのまま「Loose Fur」というサイド・プロジェクトに発展し、その夏に6曲を録音した。その過程でTweedyはKotcheのドラムに惚れ込み、年末には当時の正式ドラマーKen Coomerに電話一本で解雇を告げた。

一方、マルチ・インストゥルメンタリストのJay Bennettは4枚のアルバムにわたってTweedyとのソングライティング・パートナーシップを築いてきた人物でした。しかしBennettとTweedyの間には衝突が続いていた。映画でも克明に記録された権力闘争の末、Tweedyはミックスの仕上げをO’Rourkeに委ね、アルバム完成後にBennettを解雇した。Bennettは2009年に49歳でフェンタニル・パッチの欠陥による事故死を遂げています。

アルバムのタイトルは、Tweedyが傾倒していたショートウェーブ・ラジオの録音集に由来します。その中の一トラックで女性の声が「Yankee…Hotel…Foxtrot」とNATOフォネティック・アルファベットを読み上げている。

Tweedyはこのタイトルへの思いをこう語っています。「国という概念ほど抽象的なものはない。それぞれの孤独が、白いノイズと情報の海の中に離れ離れに存在している。美しいのは、それでも彼らがお互いに送信し続けているということだ——誰かが見つけてくれることを願いながら」と。

2001年6月、完成したアルバムをReprise Recordsに提出したところ、レーベルは拒絶した。「商業的なシングルがない」という判断でした。バンドは変更要求を拒否し、Repriseは最終的に無償でアルバムの権利をバンドに返還した。

2001年9月29日——9/11の18日後——Wilcoはアルバムを自社ウェブサイトで全曲無料ストリーミング配信した。「メジャー・アクトがアルバムをインターネットで無料公開する」という前例のない行動は大きな話題を呼んだ。

2001年11月にNonesuch Recordsと契約し、2002年4月23日に正式リリース。皮肉なことにNonesuchはWarner Music Groupの傘下——つまりWarnerはこのアルバムに事実上二度お金を払ったことになります。

音楽性

プロデューサーの貢献——O’Rourkeが「黄色い文字を黒地に戻した」

TweedyとBennettのセッションで積み上げられた素材は、当初「ポップ・ロック・アルバム」として機能していました。Tweedyはそれを「黄色の紙に黄色のインクで書いた本」と表現しています。O’Rourkeのミックスが行ったのは「それを黒いインクに戻す作業」でした。

ミックスの特徴——「壊れていることが美しい」音響設計

このアルバムのサウンドを支配しているのは「静電ノイズ」と「デジタルの不完全性」を意図的に残す設計です。Tweedyは「Radio Cure」の制作について「スクラッチノイズが流れることで、歌詞を伝えやすくなった。ノイズは歌詞を額縁に入れる手段だ」と語っており、ノイズを「音の色彩」として扱うという方針が全編を貫いています。

Glenn Kotcheのドラムはこのミックスの中で独特の役割を担っています。「I Am Trying to Break Your Heart」ではKotcheがクロタール(小型のシンバル状打楽器)を演奏しており、「古いオルゴールのような」音が1分間ゆっくりと流れた後、Tweedyの声がようやく入ってくる。

アルバムの終端「Reservations」は「ほとんど聴こえないピアノがデジタルのノイズの中に飲み込まれ、3分間かけて宇宙の彼方に消えていく」という結末で締まります。「送信し続けているが届くかどうか分からない」というテーマを音として完結させています。

和声分析——3コードの骨格に「不和」を飾る

このアルバムの核心は「根幹においては伝統的なロック・アルバムである」ことです。大半の楽曲は3コード構成を骨格に持ちます。Repriseが拒絶したのがいかに場当たり的だったかを示す一つの事実です。

「I Am Trying to Break Your Heart」はAメジャーを中心とした3コード(A、Em、D)の進行で動いています。しかしその骨格の上にKotcheのクロタールとO’Rourkeの電子ノイズが「曲の調性とは外れた」レイヤーとして積み重なる。

「Jesus, Etc.」はDmを中心とした短調の進行で、バンドの中でも最も「コード進行が歌の感情を直接支える」曲です。9/11後にこの曲が特別な重みを持って聴かれたのはその合致の正確さゆえでもありました。

伝統的なロックやカントリー寄りのメロディと実験的なノイズが絶妙に溶け合う、心地よいのにどこか不安感が漂う雰囲気がこのアルバムの魅力と言えるでしょう。

楽曲解説

I Am Trying to Break Your Heart

デジタルの起動音から始まり、Kotcheのクロタールが1分間静かに鳴り続け、ようやくTweedyの声が入る——それだけでこのアルバムが何をしようとしているかが分かります。

「私はアメリカン・アクアリアム・ドリンカーだ、私は路地を暗殺者として歩く」という歌詞は、感情の輪郭をなぞりながらも何も断定しない。Tweedyはこう語っています。「私の目標は出来事を語ることではなく、自分がどう感じているかを伝えること」と。

Kamera

前曲の実験性から一転、オーソドックスなロックの骨格で動く曲。Kotcheの「クラウトロック的なリズム感」が最も鮮明に現れる曲のひとつです。「I Am Trying to Break Your Heart」の後にこれが来ることで、「実験性」と「ポップ性」の両方がこのアルバムに同居していることを認識します。

Radio Cure

Tweedyが「スクラッチノイズが流れることで歌詞を伝えやすくなった」と語った曲。ドローンするテクスチャーの上でTweedyの声が揺れ、「チャンネルを変えろ」という歌詞が繰り返される。孤独と断絶のテーマを「壊れたラジオ受信」という比喩として音で体現しています。

Jesus, Etc.

アルバムで最も「美しいポップ・ソング」。John Stirrattのバス・オブリガートが全体の低音域を支え、Tweedyの声はここで最も繊細に響きます。

「高い建物が揺れ、声が逃げていく」という歌詞は制作時には純粋に比喩だったが、9/11後の2002年のリリースでその文脈が変わった。Tweedyは「内面の問いとして書いた——自分が愛しているアメリカと、自分が恥ずかしいアメリカが、どうやったら同時に存在できるのか」と語っています。

Heavy Metal Drummer

アルバムの感情的な折り返し点。「KISSのカバーを演奏していたあの頃が懐かしい、美しくてストーンドだった」——ここで急に「懐かしさ」が現れる。実験的な不安の海の中で、Tweedyが「普通の青春の記憶」を口にする瞬間がこの曲です。

Poor Places

O’Rourkeのドローン・ギターが最も鮮明に聴こえる曲。「今夜、貧しい場所が暑い。私は外に出ない」というTweedyの歌詞と、外から侵食してくる轟音が組み合わさって、アルバム最大の「壁」を作り上げます。

そして唐突に——「Yankee…Hotel…Foxtrot」という女性の声のサンプルが流れ、曲が終わる。

Reservations

アルバムを締めくくる曲。かろうじて聴こえるピアノの音が3分間、デジタルのノイズにゆっくりと飲み込まれていく。言葉は「あなたへの予約を持っている」という静かな宣言だけで、あとは音だけになる。

アルバムが始まりから終わりまで抱えていた「送信し続けているが届くかどうか分からない」という問いが、ここで静かに宙に放たれます。

まとめ

Repriseはこのアルバムを「商業的なシングルがない」として拒絶しました。しかしこのアルバムは「根幹においては伝統的なロック・アルバムだ」という事実が、この拒絶をいっそう奇妙なものにしています。

Tweedyが「送信し続けているが届くかどうか分からない」と感じたアルバムは、無料ストリーミングというほぼ前例のない方法で世界に届き、結果として自分たちを拒絶したレーベルの親会社に二度お金を払わせることになりました。その皮肉が、このアルバムの物語を音楽の外側でも完結させています。

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