Blurの『Parklife』は、1994年にリリースされた全16曲のアルバムです。メンバーは Damon Albarn(ボーカル)、Graham Coxon(ギター)、Alex James(ベース)、Dave Rowntree(ドラム)、プロデュースは Stephen Street が担当しました。
リリース初週で UKアルバムチャートの1位に直接デビューし、そこから90週にわたってチャートに居続けました。2009年の20周年記念盤では再び5位を記録しています。デビュー時の最高位を20年後に更新したアルバム——ロック史にほとんど例がないことです。
1995年のブリット・アワーズでは Best British Album を受賞し、英国での売り上げは100万枚を超えました。一方、Rolling Stone の2020年版「500選」では438位で、英米の評価の差はいまも大きいままです。
私は今作を「ちょっとひねくれたお祭りを、そのまま真空パックしたアルバム」だと思っています。前作『Modern Life Is Rubbish』で「俺たちはイギリス人として生きていく」と決意したブラーが、その開き直りを全16曲に昇華させた作品です。
Albarn は NME にこう語っています。「Parklife は緩やかに繋がったコンセプト・アルバムだ——神秘的なラガー飲みの旅人が世の中を観察しながらコメントしていく」と。
音楽性
このアルバムには、英国ポップの系譜がはっきりと流れています。The Kinks、The Small Faces、Madness、The Jam——そのすべてからの影響が、16曲の中に聴き取れます。The Kinks の Ray Davies はのちにこう語っています。
「Parklife はおそらく彼らの最高の曲だ。Damon が私の曲を歌い、私が『Parklife』を歌ったとき、The Kinks とブラーの共通点が分かった——コードの変え方と、歌い方のスタイルにある」と。
しかし Albarn と Coxon のあいだには、根本的な音楽的な緊張がありました。Coxon 自身が Guardian のインタビューでこう語っています。「Alex は Duran Duran に入りたく、俺は Wire に入りたかった、Damon は……分からない」と。
その緊張が「Girls & Boys」で完璧に爆発したんです。Duran Duran のベース、ディスコ・ドラム、そして Wire の「I Am the Fly」に近い Coxon の鋭く冷笑的なギター——それらが一曲の中に共存しています。
Coxon のギターは、このアルバムの隠れた核心だと思います。ディミニッシュ・コードや半音進行を多用した「Trouble in the Message Centre」の G – A – D♭ – E♭ という進行、「End of a Century」での E♭ の唐突な挿入——これらは他のブリットポップ・バンドがほぼ使わなかった和声言語です。
Coxon のギターは、Sonic Youth や Dinosaur Jr. を通過した耳が持ち込んだ「異物」として機能しています。その異物感が、アルバムをただの懐古趣味から引き離している。
もうひとつ、このアルバムを語るうえで無視できない文脈があります。Kurt Cobain が亡くなった20日後に、このアルバムはリリースされました。Albarn が NME で「グランジを取り除く」と宣言し、アメリカ発のオルタナティブ・ロックへの対抗として英国らしさを前面に出したことは知られています。
でも Coxon が語るように、「このアルバムは英国への賛歌ではなく、英国への挽歌だ」という側面がある。Albarn の観察眼には温かみとシニシズムが常に同居しており、「これが英国だ」という誇りと「こんなもんか」という落胆が、16曲を通して切り離せない。
楽曲解説
Girls & Boys
アルバム1曲目にして、最大のシングルです。Albarn が Justine Frischmann とスペインのマガルフで休暇を過ごした際に着想を得ました。「タコスっぽいエセックスのナイトクラブがあって、男たちと女たちが水飲み場に集まっては交尾してた。モラルは関係ない」と Albarn は語っています。
その光景を批判するわけでも、称賛するわけでもなく、ただ観察して歌にする——この「突き放した温度感」が、ブラーの核心だと思っています。James 自身が「Duran Duran のベース、ディスコ・ドラム、鬱陶しいギター」と説明した通りで、それは完璧な言い方です。
なお Rowntree はこの曲でドラムを弾いていません。自身がプログラムしたドラムマシンに置き換えられており、「自分が入っていない曲がベスト盤で一番好き」と後に笑っています。コーラス前に Coxon のフランジャーが一瞬かかる瞬間——そこで「ディスコ」と「ポスト・パンク」が同時に聴こえます。
和声の面では B♭メジャーと B♭ミクソリディアンを行き来しながら展開します。ミクソリディアンというのは、長音階の7番目の音が半音下がったモードのことです。ポップとダンス・ミュージックの混合地点に漂うような色彩を持っていて、「ディスコ」と「ポップス」のあいだのどこかに着地している、あの宙ぶらりんな感触は、ここから来ているんです。
End of a Century
2分46秒という短さが、何度も聴き返させます。Apple Music のライナーノーツによれば、Albarn が Frischmann と住んでいたロンドンのフラットに蟻が出た——という実際の出来事が発端です。「カーペットに蟻がいる」という書き出しから、テレビの前でだらだらするカップルの「冷めかけた愛」の話に着地します。
コード進行は G – Gmaj7 から始まり、E♭ – D – Bm – C と半音下降していきます。この E♭ の出現が効いていて、「ちょっとだけ調性の外に出る」感覚が生まれます。それが曲の持つ「世紀末なんて大したことない」という諦念と重なるんです。2分46秒で収束するその潔さも込みで、ブラーのシニシズムが最もエレガントに詰まった曲だと思っています。
Parklife
アルバムのタイトル曲です。Coxon はこう説明しています。「働くことについてではなく、公園にいる人たちについてだ——清掃員、鳩、ジョガー——毎日スタジオへの道で見かけるもの」と。観察の歌、なんですよね。
Phil Daniels のコクニーなナレーションがここまではまった理由を、Street はこう語っています。「Daniels が来てから、犬の鳴き声やガラスの割れる音などの効果音を加え、Dave に曲に合わせてよりルーズなドラム・テイクを録り直させた。そこから曲はアルバムの後ろのほうから前のほうへ移動した」と。なお Coxon はこの曲でサックスを演奏しています。「ポスト・パンクへ行きたかったギタリスト」が「Parklife」でサックスを吹いている——この事実が、バンドの多様性を象徴していると思います。
To the End
Albarn のボーカルに、Stereolab の Laetitia Sadier がフランス語でコーラスをつける構成です。ブラーのディスコグラフィーのなかでも異質な佇まいを持つ一曲で、このアルバムで唯一 Stephen Street がプロデュースしていない曲(Stephen Hague 担当)でもあります。
前後のシングルが軒並みトップ10に入るなかで UK16位にとどまりましたが、後年の評価はとても高い。ブリットポップの狂騒から一歩引いた、この曲の静けさがアルバム全体のバランスを取っています。Pitchfork は2017年の「50 Best Britpop Albums」でこのアルバムを2位に選んでおり、その評のなかでも、この曲の「時代を超えた」側面を指摘しています。
This Is a Low
アルバムを締めくくる最長曲です。Eメジャーを基調としながら、Vコードが本来の Bメジャーではなく Bマイナーになる、ミクソリディアン的な構造を持っています。前に進んでいるようで、しかしどこかに落ち着かない——あの独特の浮遊感は、ここから来ているんです。
英国近海の海域の名前を並べているだけなのに、Coxon のギターが波のように押し寄せてくると、不思議と壮大な叙事詩を聴いている気分になります。Coxon は後年こう語っています。「このアルバムが、ブラーをオルタナティブで左寄りのアーティー・バンドから、驚くべき新しいポップ・センセーションへと変えた瞬間だった」と。
その変容の痕跡が、この曲に最もよく残っている気がします。ポップ・センセーションになろうとしながら、最後の一曲でその外に出てしまう。2分過ぎで Coxon のギターが突然悲鳴のように歪む瞬間——あそこが、このアルバムの本当の締めだと思っています。
まとめ
Rolling Stone の2020年版「500選」は438位です。英米の評価の差は、このアルバムが「英国人のための英国語で書かれた英国の記録」だから生まれるものだと思います。それは限界でもあるし、強みでもある。
ただ、Coxon のギターの「異物感」——他のブリットポップ・バンドが持っていなかった不協和と鋭角さ——は、30年後に聴いても普遍的に機能します。Albarn のシニシズムと Coxon の暴れ回るギターが、ぎりぎりのバランスで鳴っている。その緊張感が、いまもこのアルバムを生き続けさせているんだと思います。

