ダイナソーJr.(Dinosaur Jr.)名盤『Green Mind』レビュー|轟音ギターが好きならこれを聴け!鬼才J・マスシスによる90年オルタナティブ・ロックの至宝

ダイナソーJr.(Dinosaur Jr.)名盤『Green Mind』レビュー|轟音ギターが好きならこれを聴け!鬼才J・マスシスによる90年オルタナティブ・ロックの至宝 Alternative Rock / Grunge

まず、このジャケットですよね。モノクロでタバコを指に挟んだ女の子がこっちを見つめている。超クール。

令和の日本だったら「未成年の喫煙がどうの」って速攻で炎上しそうだけど、この危うくて自由な空気感こそが90年代オルタナの原風景だと思う。

この写真、実は写真家Joseph Szaboが1969年にジョーンズ・ビーチで撮影した「Priscilla」という一枚で、彼の写真集『Almost Grown』(1978年)に収録されたものです。

郊外の10代の日常を記録したSzaboの仕事が、20年後のロックアルバムのジャケットに転用される——その皮肉な巡り合わせも含めて好きです。

1991年にリリースされたDinosaur Jr.の4作目のアルバム。プロデューサーはJ Mascis自身で、エンジニアはSean Sladeが担当しました。

制作背景

バンドがバラバラになった経緯から話す必要があります。

MascisとLou Barlowの関係は1988年の『Bug』のツアー以降、修復不可能な状態になっていました。

1988年のコネチカットのライブで、Barlowがセットを通じてベースで1音だけフィードバックし続けてMascisを挑発したのが最後の決裂の発端です。「Murphがlouを殴りに行くと思って演奏し続けていた」とMascisは振り返っています。

1989年、MascisとMurphはBarlowの家を訪ねて「クビだ」と告げた——ほとんど喋らないMascisの代わりにMurphが話した。

しかしBarlowは「バンドが解散する」と受け取ってしまった。実際には次のツアーにはすでに別のベーシストが決まっていて、Warner Bros.との契約も進行中でした。

Barlowは後日そのことをゴシップとして聞かされ、Mascisに激怒した——それが「The Freed Pig」(Sebadoh IIIの冒頭曲)を生みます。

Mascisはその経緯を後年こう振り返っています——「彼はバンドに居たくない様子だったけど、自分で辞めたくもなかった。もう何も貢献してなかったし」。

一方でMascisは、このアルバムの制作を「Louのストレスがなくなって、ただ楽しかった」と語っています。「曲を積み上げて、全部自分で弾いていく。孤独というより、静かな時間だった」。

Murphはアルバム10曲のうちわずか3曲(「The Wagon」「Water」「Thumb」)にしか参加していません。残りのドラムはすべてMascisが演奏しています。

——「Murphのために書いたドラム・パートだった。Murphなら何を叩くかを想定して書いた。自分用に書いたら全然違うものになっていた」とMascisは言いますが、そのMurphはスタジオ日程をギリギリまで知らされず、練習時間がほとんどなかった。「J、それが彼のやり方だった」とMurphは苦笑いしています。

エンジニアのSean Sladeはメロトロン・フルートのサンプルを担当した一人で、「Thumb」のあの柔らかい音はSlade自身が鍵盤を弾いています。

当時、主要なメジャー・レーベルは「次のNirvana」を求めて動いていました。実際にMascisはNirvanaへの参加を打診されていた(2年前のことですが)。

しかし彼は方向転換せず、「レーベルからは何も言われなかった。金をくれて、レコードを渡した。それだけだった。その状況が当時は好きだった」と語っています。

その「誰も口を出してこない環境」が、このアルバムの自由さを生んでいます。

音楽性

前作までの鼓膜が破れるような轟音から一歩引いて、少し整理された印象がある。

でもピカピカのメジャーサウンドには全然なっていない。ドラムが少し遠くで鳴っていて、その手前でJの歪みきったギターとやる気なさげなハイトーン・ボーカルがのたうち回っている。

この「ちょっと頼りない」バランスが逆にJの内面をむき出しにしているような——Allmusicはこのアルバムを「Mascisが一人で部屋にこもって自分自身と議論している」と表現しています。

Mascisのギターは「ソロを弾いている」という感触より「ギターが歌っている」という感触がある。

理論的に整理されたものではなく、フレーズが感情に引っ張られながら伸びたり縮んだりする。Pitchforkの評は「前作のバグよりさらに制御されたクラシック・ロックの炸裂になっている。以前の泥と歪みの螺旋から離れ始めている」と書いていて、その変化がこのアルバムの音の変質の正体です。

影響という点では、Neil Youngへの傾倒がこのアルバムから初めて全面的に出てきた——Allmusic、Pitchfork、Rolling Stoneが揃って指摘していることです。

「泥臭いフォークの匂いがするのに、音響は完全にサイケデリック」という感触はここから来ている。

歌詞はスラングと曖昧な言葉で固められていて、意味を取ろうとするとするりと逃げていく。Allmusicは「孤独なストーナー的人物」という言葉で表現していて、それは悪口ではなく、このアルバムの正確な形容です。

楽曲解説

The Wagon

アルバムの先行シングルで唯一のシングル曲。1990年にSub Popから7インチとして先行リリースされ、Billboard Modern Rock Tracksで22位を記録した、バンドのチャート初登場作品です。

このシングルの録音にはDon Flemingと、GumballのドラマーJay Spiegelが参加していますが、アルバム版はMascisとMurph中心の別テイクになっています。

疾走するリフと、へなちょこなボーカルを追い越していくようなリードギター——オープニングからもう好きでした。

ソロを弾いているというよりギターが歌っている。Mascisがギタリストとして何者かを一発で分からせてくれる一曲です。

Water

個人的に、このアルバムの核心はここだと思っています。

Murphが参加した3曲のうちのひとつで、ドラムの存在感がアルバムの他の曲と少し違う——人間が叩いているという感触がより強く出ています。

アコースティックな響きとエレキが重なり合って、タイトル通り水の中を漂っているような感覚。

Neil Youngを彷彿とさせる泥臭いフォークの匂いがするのに、音響は完全にサイケデリックです。

劇的な爆発が起きそうで起きない、そのくすぶったままの熱量が、90年代初頭の若者たちの空気にそのまま重なる気がします。

Thumb

Murphが参加したもうひとつの曲。このアルバムの後半のハイライト的な曲。

メロトロン・フルートはエンジニアのSean Sladeが演奏していて、あの柔らかい音色はSlade自身の演奏によるものです。

柔らかいフルートの音色に、後から厚塗りされたギターの壁が覆いかぶさってくる。

音の温度は沸点に近いのに、Jのボーカルはどこまでも低体温。熱いのか冷たいのかわからない、そのズレがずっと頭に残ります。

Mascisのギター・ソロが、曲の後半でゆっくりと空中に解けていく。

まとめ

Rolling Stoneのレビュアー Tom Sinclairはリリース当時「Mascisのギター演奏は、ラウド至上主義のファンでさえ圧倒される」と書きました。

Chicago TribuneのGreg Kotは「Mascisが熟練したソングライター兼アレンジャーであることを明かしている——ロックで最も異例のセンス、当惑した怠惰なソファ感覚の持ち主」と評しました。

完成された名盤というより、あんまり良くない曲もあるし。

でもAllmusicが「バンドの消耗から生まれ、一人の人間がギターという武器だけを持って彷徨った、最も落ち着きのない内省的な一枚」と書いたことの方が、私には正確に聴こえます。

90年代の巨大なオルタナ・ブームが来る直前、一人の男が部屋にこもって延々とギターを弾き倒した。

華やかなカタルシスはないけれど、時おり無性に聴きたくなる。そういう一枚です。

タイトルとURLをコピーしました