ワクサハッチー(Waxahatchee)おすすめアルバム『Tigers Blood』レビュー|MJ Lendermanのギターが全曲に鳴り響く、2024年最重要作を解説

ワクサハッチー(Waxahatchee)おすすめアルバム『Tigers Blood』レビュー|MJ Lendermanのギターが全曲に鳴り響く、2024年最重要作を解説 Folk / Country (Rock)

Waxahatchee の『Tigers Blood』は、2024年3月にリリースされた6枚目のスタジオアルバムだ。Pitchfork が「Best New Album」に選出し、グラミー賞のベスト・アメリカーナ・アルバム部門にノミネートされた。

Waxahatchee はアラバマ州出身のシンガーソングライター Katie Crutchfield のソロ・プロジェクトだ。2018年に断酒し、前作『Saint Cloud』(2020年)でカントリーへの傾倒を深めた。本作はその続きでありながら、「幸福の中でも書ける」ことを自分に証明しようとした一作でもある。

制作背景

Crutchfield がこのアルバムを作るにあたって立てた問いがある。「精神的な健康を本気で優先したとき、それでもまだ自分のソングライターとしての声を見つけられるか?」——その問いへの答えが、このアルバムだ。

MJ Lenderman をギタリストとして招いたのは、「当時一番好きだったアーティストだったから」と Crutchfield は語っている。最初のデモ・セッションで、もともと想定していたより関わりが深くなることは明らかだったという。Lenderman は結果的に全13曲でエレクトリック・ギターを弾いた。

「素材がシンプルなほどいい。新鮮なトマトとオリーブオイルと塩と胡椒を添えた手作りのパンのように」と Crutchfield は制作の哲学を語っている。その言葉通りのアルバムになっている。

音楽性

オルタナ・カントリー、インディ・フォーク——サウンドとしてはそのあたりだが、Lucinda Williams、Townes Van Zandt、Gillian Welch といった名前が浮かぶ質感がある。Crutchfield 自身もこのあたりを参照点として挙げている。

前作『Saint Cloud』が「ここまで来た」という到達感を持っていたとすれば、本作はそこに安住しない。もう一歩踏み込んでいる、という感じがある。

Lenderman のギターが全曲に入っていることが、サウンドを大きく決めている。「静かな自信があって、非常に才能がある。彼だけのスタイルがあって、それは非常に強い風味のスパイスだ。使いすぎということがなかった」と Crutchfield は語っている。ペダルスティールやバンジョーと混ざり合い、アルバムに緊張感と開放感を同時に与えている。

Crutchfield のボーカルは本作で最も幅が広い。「Crowbar」での怒りの一歩手前の張りつめた声、「Right Back to It」での柔らかいハーモニー——同じ人物の声とは思えない。抑制と爆発のコントロールが前作より精度が上がっている。

和声的には、ほぼ全曲がシンプルな3〜4コードの進行を軸にしている。凝った転調はほとんどなく、コードが変わらない時間の中でメロディとボーカルが動く。「動かない和声の上で感情が揺れる」——その設計が、アルバムの落ち着いた緊張感を生んでいる。

歌詞のテーマは、幸福の中に潜む疑問と喪失感だ。「Lone Star Lake」では「私の人生は完璧に設計されているのに、いつも少し迷っている」と歌われる。幸せな状況に「でも」が差し込まれる。その複雑さがアルバム全体を貫いている。

大きな悲劇ではなく、静かな不確かさへの正直な目線——「Tigers Blood」というタイトルは、Crutchfield が子供の頃に食べたかき氷のフレーバーの名前から来ている。「チャーリー・シーンのイメージを払拭して、無垢さを取り戻したい」と彼女は笑いながら語っていた。無邪気な夏の記憶と、それが帰ってこないことへの寂しさ。アルバムのトーンをよく言い表している。

まとめ

このアルバムが完成したとき、Crutchfield は「すべての言葉が正しい場所にある。すべてのメロディが正しい。疑問符がひとつもない」と感じたと語っている。制作者がそこまで言い切れるアルバムは、なかなかない。

そのシンプルさが、聴いていると伝わってくる。余計なものが何もない46分だ。

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