Red House Paintersの『Down Colorful Hill』は、1992年9月にサンフランシスコから届いた1枚です。
スロウコアの名門4ADからリリースされたデビュー作で、当時のロックシーンが求めていた「熱狂」とは真逆の場所にありました。
正直に言いましょう。このアルバム、聴いていると猛烈に眠くなる時があります。
でもそれは退屈だからじゃない。あまりにも音が静かで、Mark Kozelekの歌声が耳元でささやくように響くから、自分の意識がゆっくりと深い海の底へ沈められていくような感覚に陥るんです。
たった6曲しか入っていないのに、再生時間は43分。1曲が7分、10分なんて当たり前。
でも、その長さが必要です。アコースティックギターの弦が擦れる音、Kozelekの吐息、そして何もない「空白」の時間。スタジオの空気をそのまま閉じ込めたような生々しい音響が、私たちを薄暗いアパートの一室へと連れ去ります。
海外のリスナーが「人生のどん底で聴くディスク」と呼ぶのも分かります。
ここにあるのは、20代特有の「何も始まらない、どこへも行けない」という停滞感そのものです。
制作背景
このアルバム、実は「デモテープ」がそのままリリースされた一枚です。
Red House PaintersはAtlantaで結成され、1989年にサンフランシスコへ移住。Kozelekはホテルの夜間受付として働きながら曲を書き続けた。
その夜勤の孤独と漂流感が、このアルバムの歌詞に染み込んでいる。
バンドは1989年から1992年にかけて録音したデモを90分カセットテープにまとめ、業界の知人に配り始めた。
転換点になったのはAmerican Music ClubのMark Eitzelの存在です。
EitzelはそのカセットをNMEのジャーナリストMartin Astonに渡し、Astonがそれを4ADの創設者Ivo Watts-Russellに届けた。
Ivoはこう振り返っています。「90分のデモなんて、後にも先にも受け取ったことがなかった」。Ivoはその長さに驚きながらも、一気に聴き通した。
契約の電話がKozelekに入ったのは、彼が風呂に入っているときだった。
「非常に非現実的で、不意を突かれた感じだった。4ADのことは何も知らなかったけど、コクトー・ツインズという名前は聞いたことがあった。でも最初の10秒で、Ivoが本物だとわかった」とKozelekは語っています。
リリースされた6曲はすべてそのデモから選ばれ、Ivoが自らトラックリストを決めた。Kozelekは後に「Ivoの選曲は完璧だった」と認めています。
ただ一つだけ後悔があって、Kozelekはリバーブとエコーが重すぎるミックスになったことを振り返っています。
実際、後にリリースされたコンピレーション『Retrospective』に収録された未発表曲「Waterkill」を聴くと、オリジナルデモがどれほど荒削りだったかがわかります。
4ADのデザイナーChris Biggはこのアルバムについてこう評しています。「Lou Reedの『Berlin』をディスコのレコードみたいに聴こえさせてしまう作品だ」。
英国の音楽誌Melody MakerはYear End Top 10に選出したが、Qマガジンだけは星1つの酷評で、「これほど誤解を招くタイトルのアルバムはない」と書いた——タイトルの「Down Colorful Hill(カラフルな丘を下る)」が、このアルバムの暗さと全く噛み合っていないという意味で。
ちなみにそのタイトルはKozelekが住んでいたサンフランシスコのNob Hill、チャイナタウンの上あたりの丘の風景から来ています。
公式の商品説明にはこんな記述があります。「ドラマーのAnthony Koutsoはテンポを上げようとする本能に逆らうことの価値を理解していた。ベーシストのJerry Vesselはほぼアンビエントになるまで音を伸ばし続けた。ギタリストのGorden Mackは繊細な装飾を加え、曲の陰鬱な色彩を助けた」。
つまりこのバンド、全員が「やりすぎない」ことに徹底して合意していた。その集合的な自制心が、あの空白の多い音を生んでいます。
楽曲解説
24
6分47秒、このアルバムのトーンを決定づける曲。
24歳という、若くないけれど大人にもなりきれない年齢の虚無感。スタジアムでスポットライトを浴びる夢なんてとっくに諦めて、空っぽの部屋で荷物に囲まれている——そんな情景が、震えるようなハイトーンボイスで歌われます。
中盤からドラムが入ってきても、決して盛り上がらない。ただ、悲しみがじわじわと膨張していくような、スロウコアの真髄がここにある。
コードはFメジャーキーを軸に、F – C – B♭ – E♭という進行で動いています。
E♭はFメジャーの調の中では本来存在しない音(♭VII)で、長調のコード進行にこれを挟むと「着地しそうで着地しない」浮遊感が生まれる——楽理的にはミクソリディアン的な色彩を帯びた動きです。
曲の後半ではDmへの転調的な動きも現れ、短調の引力が少しずつ顔を出してくる。「悲しみがじわじわと膨張していく」のは、この和声の漸進的な暗転のせいでもあると思います。
Medicine Bottle
9分49秒のトラック。正直、これを最後まで聴き通すにはかなりの精神力が必要です。
Kozelekは後のインタビューでこう明かしています。「Susanという女性と2年間一緒に暮らした。Medicine BottleはSusanについて書いた曲だ」。
薬瓶を握りしめて、パートナーに伝わらない叫びをぶつける。実際の関係から生まれた曲だと知ると、あのギターのアルペジオのループが更に重く聴こえてくる。
キーはGマイナー。コードは F – E♭ – Dm – Gm という動きで、すべてGマイナーの調内に収まり続けます。
「24」が長調の中に短調の影を差し込んでくる構造だったのに対して、この曲は最初から短調の中に留まったまま一度も出ない。
加えてKozelekはDADGADという変則チューニング——6弦をD-A-D-G-A-Dと開放弦で鳴らす奏法で、コードを押さえなくてもDsus4が鳴り続ける——を使っており、どのコードを弾いていても常に解決していない緊張音が漂う仕掛けになっています。
その「どこへも行かない感じ」が9分50秒続く。
Japanese to English
日本滞在中のフラストレーションを歌ったという、私ら日本人には少し複雑な1曲。
でも、ここで歌われているのは具体的な日本のことというより、「言葉が通じない場所で自分の殻に閉じこもるしかない孤独」だと思う。苛立ちを抑えたギターのストロークが、ヒリヒリとした緊張感を伝えてきます。
キーはB♭メジャー。アルバムの3曲がF、Gm、B♭とすべてフラット系の調に揃っているのは偶然ではないと思います。
フラット系の調は弦楽器のオープン弦と若干噛み合わない——指板上でどこか「ずれた場所」を押さえ続ける必要がある——ことで、演奏にわずかな抵抗感と緊張が生まれやすい。
「言葉が通じない場所での孤独」を歌うのにこれ以上ない調性選択だと、私には聴こえます。
まとめ
『Down Colorful Hill』は、決して万人受けするアルバムではありません。
ただ、この「湿った孤独」はハマる人には絶対にハマる。深夜に一人で聴く時間がある人に、こっそり勧めたい1枚です。
最後にちょっとしたトリビアを。日本のロックバンドくるりの名曲「How To Go」、あの曲を聴いて「どこかで聴いたことあるな?」と思ったマニアは鋭い。
このアルバムの収録曲ではありませんが、RHPの後の名曲「Between Days」のフレーズが元ネタだと言われています。実際に聴き比べると、驚くほど似ている。
パクリどうこうを抜きにして好意的に解釈すると、岸田繁も、このRHPが持つ「湿った孤独」を愛していた一人なのかもしれません。
ホテルの夜間受付をしながら書いた曲が、デモテープのまま世界に届いて、30年後も「人生のどん底で聴くアルバム」として語り継がれている。
Kozelekがサンフランシスコの丘の上で抱えていた停滞感は、時代も場所も超えて、誰かの深夜にそっと寄り添い続けています。

