Aphex Twinの『Selected Ambient Works 85-92』(1992年)は、Richard D. Jamesが10代の頃から自宅の寝室でコツコツと作り溜めたテープを世に放った作品です。プロデュースはJames本人が担当しました。
収録曲はすべてJamesが1985年(当時14歳)から1992年にかけて制作したもので、2012年にFactが「1990年代最高のアルバム」に選出、2017年にはPitchforkが「IDM史上最高のアルバム」と評しています。
このアルバムが不思議なのは、無機質なはずの打ち込みのリズムが、霧のような音の層と混ざり合って、どこか「温かく」聴こえることだ。
安価な機材と、コーンウォールに娯楽がなかったことと、14歳からの7年間——それだけで、これが生まれた。
制作背景
録音はコーンウォールのLannerにある自宅の寝室スタジオで行われた。
主要機材はKorg MS-20、Roland SH-101、Yamaha DX7という3台のシンセサイザーと、Casio FZ-10Mというサンプラー。「アルバムの80%にこのCasioが使われた」とJames本人が語っています。
シーケンスはAtari 520ST——当時の電子音楽家に広く使われた、MIDIポートを内蔵したホームコンピューター——で組んでいた。
全録音はカセットテープに行われ、その後DATに移された。DAWも高価なスタジオ機材もない。録音の随所に聴こえる「ヒスノイズ」「歪み」「モワついた低音」はすべてカセット録音の副産物です。
Jamesは後にこう語っています。「アンビエントの音がここまでよく出たのは自分でも驚いた。誰かに『どうやってあの音質を出したのか』と電話をもらったとき、『何のこと?あれはひどい音質だよ』と思った」。
飼い猫が少なくとも1本のカセットを噛み切り、テープを絡ませた——今私たちが聴いているこのアルバムは、猫に食われなかったテープが生き残った記録でもある。
空間処理の中心にあったのはAlesis Quadraverbaというラックマウント型のデジタルリバーブで、Jamesは後のインタビューで「SAW 85-92の全曲に使った」と明言しています。あの「霧の中に音が浮かぶ」感覚の正体は、このQuadraverbaです。
ドラム音についても面白い話がある。あのキックとスネアはRoland TR-808の音に聴こえるが、Jamesは当時TR-808を所有していなかった。代わりにRoland R-8というドラムマシンに808の拡張カードを差し込んで使っていた——「修正した808サウンドを使った。あの頃の録音だから」とJames本人が語っています。
収録曲の選択については、「あの曲たちは俺が選んだんじゃない。仲間がリラックスできる曲を選んでくれたんだ」とJamesは語っています。「IDM史上最高のアルバム」のトラックリストは、本人ではなく「友達のセレクション」だった。
音楽性
このアルバムがどのジャンルに属するかを説明しようとすると、すぐに困る。
評論家たちはアンビエント・テクノ、IDM、エレクトロニカと様々なラベルを貼ったが、どれも完全には当てはまらない。Brian Enoが「環境音楽」と呼んだアンビエントの系譜と、Philip GlassやStockhausenのミニマリズムの影響——それがコーンウォールの寝室で、カセットデッキとKorg MS-20とCasioサンプラーを通して出てきた。
Rolling StoneのPat Blashillは「Aphex TwinはBrian Enoのアンビエント音楽をはるかに超えた——テクノがダンス音楽以上のものになれることを証明した」と書いています。
和声という観点で聴くと、このアルバムの多くの曲はメジャーともマイナーとも決まらない、宙吊りの調性感の中を漂っています。
「Xtal」のパッドは長3度と短3度の中間で揺れるような音色を持ち、「Heliosphan」のYamaha DX7のFMシンセは明るいのに、どこか「解決しない」感触が残る。
Jamesがコードを「演奏」しているというより、音色そのものに調性の感情を組み込んでいる——シンセのパラメーターのチューニングで、短調的な翳りをメジャー・コードの音色の中に埋め込む技法です。聴いていると「悲しいのか明るいのかわからない」という感触が生まれるのは、そのせいだと思います。
ビートについて言うと、このアルバムはダンス・ミュージックのビートを「踊るためではなく、漂うために」使っています。
キックとスネアは確かに打ち続けているが、BPMは概ね100前後で、クラブのテクノより遅い。曲の構造もほとんどが「ループの積み重ねと剥ぎ取り」で成立していて、各セクションが展開するというより、音のレイヤーが加わり、また消えていく——その「満ち引き」がグルーヴの本質です。
「Pulsewidth」の硬いキックとアシッドラインの脈動は、身体ではなく脳を直接ノックしてくる感触がある。クラブで踊るための音なのに、一人で深夜に部屋で聴く音として設計されている——そのズレがこのアルバム全体の正体でもある。
Boards of Canadaはこのアルバムのカセットの粒子感とノスタルジーを継承し、Burialはビートの「漂わせ方」を引き継いだ。Portisheadが90年代後半にダウンテンポを確立する下地をこのアルバムは作り、Radioheadの『Kid A』(2000年)でThom Yorkeがたどり着いた「人声と電子音の融合」の方向性も、ここに原点がある。
楽曲解説
Xtal
アルバムの1曲目。このイントロが流れた瞬間に、世界が変わります。
柔らかいパッドと、どこか懐かしいブレイクビート。霧の中から聞こえてくる女性ボーカルのサンプル。この曲の凄さは、最後まで決して爆発しないことです。優しく、ただひたすらに優しくループし続けるだけ。
タイトル「Xtal」は電気工学の業界標準略語で「crystal(水晶振動子)」の意。
女性ボーカルのサンプルはSteve Jeffries、Mary Carewe、Donald Greigによる「Evil At Play」という楽曲から取られていて、JamesのCasio FZ-10Mで録音・加工された。霧の中から聴こえてくるあの声の出所が「Evil At Play」——そのタイトルとの落差がすべてを語っている気がします。
Pulsewidth
3曲目。テクノらしい推進力はあるけれど、あくまで室内用。
硬いキックとRoland SH-101のアシッドラインが脈動して、身体ではなく脳を直接ノックしてくるような感覚。
このアルバムの中で最もアシッド・ハウス寄りの一曲で、Jamesが10代のころからコーンウォールのクラブでDJとして培った経験が色濃く出ています。
でも「クラブで踊る」というより「一人で深夜に聴き込む」ための曲として聴こえる。そのズレがこのアルバム全体の本質を一曲で体現している。
Ageispolis
4曲目。風のノイズから始まる、嵐の後の静寂みたいなトラック。
4分間、時間の感覚が止まったような錯覚に陥ります。ループが静かに積み重なり、また静かに剥がれていく——「何かが起きている」のに「何も起きていない」感触の曲です。
ビートが完全に後景に退いてメロディのパッドだけが空間を漂う瞬間は、Brian Enoが想定した「環境音楽」の定義をJames流に解釈した到達点のひとつに聴こえます。
Heliosphan
7曲目。光に満ちた曲。
Yamaha DX7のFMシンセサイザーのストリングス・パッチが全面に出た一曲で、「長いアタックと長いリリース」を持つその音が夢のような浮遊感を生んでいる。繰り返されるメロディが催眠術のように染み込んでくる。
DX7は1983年のリリース以来、80年代のポップスに偏在した「時代の音」として語られがちだが、JamesはFM合成特有の「解決しない倍音」を使って、明るいのにどこか不安定な和声感を作っています。
タイトルの「Helios」はギリシャ語で太陽神の意——このアルバムのトラック名はどれも神話・天文・科学用語から取られていて、その命名センスも独特です。
We Are the Music Makers
8曲目。アルバムの中で最もドラマティックな展開を持つ一曲。
タイトルはArthur O’Shaughnessyの詩「Ode」(1873年)の一節で、Jamesは1971年の映画『Willy Wonka & the Chocolate Factory』でGene Wilderがこのフレーズを引用するダイアログをサンプリングしています。
7分42秒かけて、静かな導入から徐々に音のレイヤーが積み上がり、頂点でまた静けさへと戻っていく。
「音楽を作る者が世界を揺るがす」という詩の言葉をサンプリングしながら、それを聴くのはコーンウォールの寝室で一人の少年だった——その距離感がこの曲の静かな誇りになっている気がします。
まとめ
コーンウォールの寝室で、飼い猫にカセットを食われながら、友達に曲を選ばせながら作ったアルバムが、30年後に「IDM史上最高」と呼ばれている。
そのことにJames本人が一番驚いているかもしれません。
「コーンウォールには娯楽がなかった。だからひたすら作った」とJamesは語っています。
その「娯楽のなさ」から生まれた音が、今も世界中の誰かの深夜に届いている。

