Toolの『Lateralus』(2001年)を初めて通しで聴いたとき、「メタルのアルバムを聴いている」という感覚がどこかの時点で消えた。
気づいたら79分が過ぎていて、何かに連れて行かれた後の静けさだけが残っていた。「聴く」というより「体験する」という言葉の方が近い。そういう種類の音楽が存在するということを、このアルバムで初めて知りました。
プロデューサーはDavid Bottrill(Peter Gabriel、King Crimsonの『Thrak』などを手がけた人物)とバンドの共同名義。
初週55万枚以上を売り上げてBillboard 200の1位を獲得し、Jay-Z、Eminem、Madonnaを年間セールスで上回った。「Schism」は2002年グラミー賞Best Metal Performanceを受賞しています。
制作背景
前作『Ænima』(1996年)からこのアルバムまで5年かかったのは、バンドが録音に時間をかけていたからではありません。1997年、旧レーベルのVolcano Recordsがバンドを「契約の不当な放棄」として提訴し、バンド側も反訴した——この法廷闘争が2年以上を費やした。
「人々はなぜ4年もかかったのかと聞く。でも録音に4年かけたわけじゃない。まずÆnimaのツアーを2年やって、OzzFestをやって、それからMaynardがA Perfect Circleの仕事をした」とAdam Jonesは語っています。
Maynard James KeenanはギタリストBilly Howerdel(当時Keenanの家に住んでいた)とのプロジェクトA Perfect Circleに没頭していて、2000年のデビュー作リリースとツアーで身動きが取れなかった。
その間、Chancellor、Jones、Careyの3人は先に曲を作り始めた。Chancellorがコーラスのリフを持ち込んだとき、拍子は「最初の部分が9、次が8、最後が7」だった。
「Dannyはサクレッド・ジオメトリー(神聖幾何学)の知識が豊富な分析的な人間だ。彼はドラムキットの後ろに座って、『987はフィボナッチ数列の中にある。クールだな』と言い始めた」とJonesはRevolver誌に語っています。
アートワークはサイケデリックな神秘主義的絵画で知られる画家Alex Greyが担当。インサートを開くと人体の層が透けて重なり、最終ページの脳の中に「God」という文字が隠されています。
影響を受けたアーティスト
「俺たちが何をパクったのか、これでわかったろ」——2001年のKing Crimsonとの合同ツアーで、KeenanはBerkeleyの観客にこう語った。King Crimsonはこのバンドが最も公然と敬意を示してきたアーティストです。
Jonesは「Frippの演奏が、若いころの俺を音楽に目覚めさせた。後にKing Crimsonとツアーをすることになったとき、彼に会うのが恐ろしかった。
でも彼はとても親切で、演奏について最も重要な2つのこと——アティテュードとディシプリン——を教えてくれた」とGuitar Worldに語っています。
King Crimsonと並んで頻繁に挙げられるのがMelvinsです。あるジャーナリストが「メンバー全員のレコードコレクションに共通するバンドは?」と聞いたとき、JonesとCareyはKing CrimsonとMelvinsを同時に挙げた。
Keenanが個人的に最も愛するアーティストはPink FloydとPeter Gabrielです。「もし俺がアメリカの王様なら、すべての家にGabrielの『Passion』(1989年)を1枚ずつ配る」とKeenanは語っています。Keenanのエキゾチックな転調感覚はここに源流がある。
Pink Floydはその「物語的・コンセプト的なテンプレート」としてバンド全体が影響を認めています。ToolとPink Floydの比較についてJonesは「俺たちは自分たちをメタル・バンドだとは思っていない。Pink Floydとの比較は理解できる」と語っています。
音楽性と演奏技術
このアルバムで最初に「普通のメタルではない」と気づくのは、Danny Careyのドラムのせいです。彼はUniversity of Missouri–Kansas Cityで打楽器を学びながら幾何学・形而上学・オカルトの研究を並行して始めた。
インド古典音楽の打楽器タブラについてAloke Duttaに師事し、Tony Williamsのジャズ的アプローチ、Neil Peartの精密さ、John Bonhamのパワーを統合している。異次元の実力です。
Careyの技術的な核心は「ポリメーター」の使用にあります。ポリメーターとは、異なる拍子のパターンが同時進行する状態のことです。
「Lateralus」のブレイクダウンでは、Jonesが4/4で演奏している間、Careyが5/4を刻む——4×5=20拍後に両者の「1拍目」が再び一致する。聴いていると「どこかズレているのに気持ちいい」という感触があるのはこのためです。
Justin Chancellorのベースはこのバンドで「もう一つのメロディ楽器」として機能しています。ワーミー・ペダルを用いたピッチシフト、うねるようなフレージング——一般的なロックバンドでベースが担う「低音の壁」を超えて、ギターと対等にメロディを歌う。このバンドではギターとベースの役割がほぼ逆転しています。
Maynardのボーカルはアルバムの重厚さに対して意外なほど繊細。David Bottrillが「パーカッションとベースを前面に、ボーカルをバンドの遥か後方から」と設計したことで、声が楽器の倍音として溶け込んでいます。
楽曲解説
The Grudge
アルバムの幕開けで8分36秒。「恨みを負の冠のように被れ / お前の命をそれに与えるな」という歌詞から始まり、執着と恨みが自分をどう蝕むかというテーマを扱っています。
主な拍子は5/4です。1小節に5拍ある拍子で、「4拍目が来た後にもう1拍余る」という感覚が生まれる。この「余った1拍」が次の小節の頭に雪崩れ込んでいく前のめりの感触が、「恨みを手放せない人間の内側」と完璧にシンクロしています。
終盤でMaynardが「GRRAAAVE!」という叫びを24秒間持続させる場面は、スタジオのトリックではなく純粋な肉体の能力によるものです。この冒頭8分半で「何が起きても付いていく」という覚悟を引き出される——それがこのアルバムが79分あるのに「長い」と感じさせない理由の一つだと思います。
The Patient
The GrudgeとSchismの間に置かれた7分14秒で、このアルバムで最も「待つ」という行為を音にした一曲。ほとんど爆発しないまま進み続けます。
主な拍子は5/4で、The Grudgeと同じです。ただしこの曲の5/4は「1拍余って宙吊りになったまま次の周期に入っていく」という循環の感触を持つ。Maynardは「もし私が適切に報われないとしても、それでも正しいことをするだろうか」と繰り返し歌い、報われないかもしれない待機状態を問い続ける。
曲の後半、Maynardが「But I’m still right here」と繰り返す部分で初めてCareyがフルパワーのドラムで入ってくる。その「ついに来た」という瞬間の解放感は、6分以上の5/4の積み重ねがあってこそ生まれる。
Schism
アルバムのリード・シングルで、グラミー賞Best Metal Performance受賞曲。7分近いシングルをラジオに送り出す判断は当時の常識から外れていたが、各局がオンエアした。曲中の拍子変化は全部で47回あります。
あの印象的なイントロは5/8と7/8の交互進行です。この2つを合わせると12個の8分音符で、区切り方が「5+7」に分断されているせいで均等な「6+6」とは全く異なる重心の揺らぎが生まれます。
サビ「I know the pieces fit(ピースが合わさることを知っている)」の部分では、分断されていたリズムが再統合する瞬間があって——音楽の構造が歌詞の内容を体で体験させる設計になっています。
Parabol / Parabola
この2曲は連続した一つの作品として機能しています。「Parabol」が囁くような静けさで「存在することの奇跡」を語り、「Parabola」がそのまま繋がって轟音の爆発に変わる。
「Parabol」ではCareyが自分の呼吸をチューブで採取してサンプリングした「人工的な読経音」がドローンとして流れます。「Parabola」でバンド全体が爆発する瞬間の音圧は、前の3分間の静けさがなければ存在できない。
「静→爆発→また静」という音の構造そのもので「聖なるものに触れる」体験が生まれています。
Lateralus
アルバムの名を冠したタイトル曲にして知的な核心。もともと「987」という仮タイトルで呼ばれていた——「コーラスのリフの拍子が9/8、8/8、7/8の繰り返しだったから。その後、987がフィボナッチ数列の16番目の数だと分かった。それはクールだった」とCareyはRevolver誌に語っています。
コーラス部分の9/8→8/8→7/8という拍子の変化は、数が「減っていく」ことで曲が「加速していく」ように感じさせる設計です。9拍、8拍、7拍——各小節がひとつずつ短くなることで、螺旋が内側に収束していく感覚が生まれる。
MaynardにフィボナッチのことをCareyが伝えると、彼は歌詞の音節数を数列に従って設計した。「Over-thinking, over-analyzing separates the body from the mind(考えすぎ、分析しすぎは体と心を引き離す)」という歌詞を、徹底した数学的設計の中に置く。
その皮肉についてMaynardはJoe Roganとのポッドキャストで「今思うと少し素人っぽいな、とも感じる」と苦笑しています。
まとめ
「俺たちは隙間に落ちたバンドだ」とJonesは語っています——グランジと比較され、メタルと比較され、プログレと比較され、どのカテゴリのバンドにも似ていない。そのどこにも収まらない感触が、このアルバムを79分通して聴かせる力だと思います。
どのカテゴリにも収まらないバンドが、どのカテゴリにも収まらないアルバムを作った。それが2001年に起きたことで、あれから20年以上が経った今もそれを超えるものが出てきていない。

