バッド・バニー(Bad Bunny)おすすめ名盤レビュー『DeBÍ TiRAR MáS FOToS』|グラミー史上初スペイン語アルバム年間1位——世界3億人が聴いたプエルトリコへの帰還

バッド・バニー(Bad Bunny)おすすめ名盤レビュー『DeBÍ TiRAR MáS FOToS』|グラミー史上初スペイン語アルバム年間1位——世界3億人が聴いたプエルトリコへの帰還 World Music

Bad Bunnyの『DeBÍ TiRAR MáS FOToS』は、2025年にリリースされたプエルトリコ出身のラッパーの6枚目のアルバムだ。

このアルバムが出た2025年、Bad Bunnyは4度目のSpotify年間最多ストリームアーティストになった。シングル「DtMF」はBillboard Hot 100で1位を獲得し、1987年の「La Bamba」以来のスペイン語曲による全米1位となった。

グラミー賞ではAlbum of the Yearを受賞——スペイン語アルバムとして史上初の快挙だ。Rolling Stone、Billboard、Pitchforkを含む複数の批評媒体が2025年の年間最高アルバムに選んだ。

なぜここまで世界に届いたのか。理由はシンプルで、音楽そのものが良かった——ということに尽きるが、もう少し言うなら、このアルバムがポップスターの自己顕示ではなく「故郷への帰還」として作られているからだと思う。

アルバムジャケットは、バナナの木々に囲まれた庭に置かれた、2脚の白いプラスチック製の椅子だ。高級感も派手さもない。「モノブロック椅子」と呼ばれるこのプラスチック椅子は、世界中のどこにでもある——プエルトリコにも、中米にも、日本の農村にも。

TikTokではラテン系の人々が祖父母とのアルバム写真をこのジャケットと並べて投稿するトレンドが生まれた。Bad Bunnyはそのトレンドを見て泣いた動画をSNSに上げた。音楽が何かを動かしたとき、こういうことが起きる。

「自分のキャリアと人気のピークで、世界に自分が何者か、プエルトリコが何者かを見せたい」——彼はプレスリリースでそう語った。大きな言葉だが、アルバムを聴けばそれが虚勢でないとわかる。

音楽性

このアルバムは、プエルトリコの伝統音楽に真正面から向き合っている。サルサ、プレナ、ボンバ、ヒバロ(プエルトリコの伝統フォーク)——Bad Bunnyが育ったころから耳に馴染んだ音楽が、現代のレゲトンやデンボウのビートと肩を並べている。

前作(2023年)が現代的なラテン・トラップ寄りだったのと、このアルバムは真逆だ。生演奏が主役で、サンファンの音楽学校の学生オーケストラが参加した曲もある。

政治的なテーマもある。米国によるプエルトリコの植民地的支配、ジェントリフィケーション、文化的アイデンティティの喪失——それらが、ダンスフロアのためのビートと同じ一枚に詰まっている。「踊れるのに、歌詞は抵抗の詩」という構造は、1970年代のニューヨーク・サルサのシーンとも重なる。

批判的に見るなら、17曲という尺は少し長い。中盤に似たトーンの曲が続く部分があり、流れが一瞬たるむ。「BOKeTE」あたりがその例だ。ただ後半に向かうにつれて曲の質が上がるので、最後まで聴き切る価値はある。

楽曲解説

NUEVAYoL

アルバムの冒頭、エル・グラン・コンボ・デ・プエルトリコの「Un Verano en Nueva York」のサンプルから始まる。古いサルサのメロディーがそのまま流れてくる——と思った瞬間、レゲトンとデンボウのビートに切り替わる。その切り替えの瞬間が、このアルバム全体の構造を予告している。「伝統を愛しながら、現代の音楽として鳴らす」という宣言だ。

歌詞はニューヨーク在住のプエルトリコ人ディアスポラに向けられていて、Bad Bunnyが「ニューヨークはラテンアメリカ全体の集合点だ」と語った通りの内容だ。

BAILE INoLVIDABLE

6分間のサルサ。正直これが一番好きな曲だ。冒頭の哀愁を帯びたシンセのラインから始まり、中盤でホーンセクションが入った瞬間に完全なサルサに変容する。この転換点で音量を上げたくなる衝動を抑えるのが難しい。

「忘れられないダンス」というタイトルの通り、恋人とのダンスの記憶が歌われているが、同時にプエルトリコからの移民が故郷を離れることへの喪失感とも重なって聴こえる。サンファンの音楽学校の学生によるオーケストラが演奏しているというエピソードが、この曲をさらに重くする。

CAFé CON RON

アフロ・プエルトリコ音楽のプレナを演奏するグループ、Los Pleneros de la Crestaとのコラボレーション。コール・アンド・レスポンスとパーカッションが中心で、Bad Bunnyが自然にその輪に入っている。ゲスト扱いじゃなく、この音楽に元から属しているように聴こえる——それがこのアルバムで最も誠実な瞬間のひとつだ。

LO QUE LE PASÓ A HAWAii

このアルバムで最も政治的な曲。ギターとギーロ(プエルトリコの打楽器)だけのシンプルなアレンジで、Bad Bunnyはハワイがアメリカの州になった経緯と、そこで何が失われたかを歌う——プエルトリコが同じ道をたどるのを怖れながら。

「俺の川を奪おうとしている、海岸も / 俺の街を奪おうとしている、ばあちゃんを追い出そうとしている」——歌詞をスペイン語から訳すとこうなる。シンプルな言葉だが、具体的だ。この曲が発表された後、世界中のプエルトリコ人やハワイ先住民の人々がビーチから締め出されている動画をSNSに投稿した。音楽がデモの道具になった瞬間だった。

DtMF

アルバムのタイトル曲にして、世界的な大ヒット。Nintendo64時代のビデオゲームを思わせるシンセサイザーのビートと、プレナのコール・アンド・レスポンスが組み合わさった奇妙に懐かしい音だ。

「もっと写真を撮っておけばよかった」——その後悔が、特定の人物への思いと、プエルトリコの失われていく風景の両方に向けられている。この曲のリリース後にTikTokで広がった「モノブロック椅子」トレンドは、音楽が生活に入り込んだ瞬間として記憶される。

LA MuDANZA

アルバムのクローザー。両親への感謝と、故郷から離れないという誓いが歌われる。最後のラインは「ここから誰も俺を追い出せない、俺はここから動かない / これは祖父が生まれた俺の家だと伝えてくれ。俺はプエルトリコ人だ」。

ブラスとパーカッションが重なる高揚感の中でアルバムが終わる。17曲かけてプエルトリコの音楽を旅してきた末に、「ここが俺の場所だ」という宣言で締まる。

まとめ

英語圏の批評家が「スペイン語のアルバムがグラミーのAlbum of the Yearを取れるはずがない」という先入観を自ら崩したのは、このアルバムが力ずくでそこに到達したからだ。

ポップスターが世界規模の成功を手にした後、自分のルーツに向き直って作品を作るというのは難しい。過去を消費財にする誘惑に負けることも多い。このアルバムはそうじゃなかった。バナナの木と白いプラスチック椅子の風景が、世界中の人の記憶と重なった。

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