Brian Enoの『Ambient 1: Music for Airports』は、1978年3月にEG Records / Polydorからリリースされた全4曲・48分32秒のアルバムだ。
曲名は「1/1」「1/2」「2/1」「2/2」——どれも曲名ではなく、LPのA面B面と曲順を示す番号だけだ。Enoにとって6枚目のスタジオ・アルバムであり、Ambientシリーズ(全4作)の第1弾にあたる。
Rolling Stoneは2004年に「アンビエント・ジャンルを定義したアルバム」と呼び、Pitchforkは2016年の「史上最高のアンビエント・アルバム」に選んだ。
このアルバムは「聴かなくていい音楽を作った」という、一見おかしな発想から生まれている。なぜそんなことを考えたのか。そこから話を始めたい。
二つの原体験——病院の病室と空港の待合室
最初のきっかけは1975年の入院だ。交通事故で動けないEnoのそばで、友人のJudy Nylonがハープ音楽のレコードをかけていた。音量が極端に小さく、外の雨音と混ざり合っていた。
Enoは起き上がれず、音量を上げに行けなかった。ただそのまま聴いていると——いや、聴いているのか聴いていないのかわからないまま——その曖昧な状態が、不思議と心地よかった。
音楽が「ちゃんと聴くもの」ではなく「そこにあるもの」として機能していたのだ。
二つ目のきっかけは1976〜77年、David Bowieの『Low』の制作のためケルンに滞在していたときだ。ケルン・ボン空港で数時間待たされる羽目になったEnoは、そこで流れていた音楽に強い不快感を覚えた。その音楽はMuzakだった。
Muzakとは、1930年代にアメリカで生まれた商業BGMの会社であり、そのサービスの総称だ。「音楽を流すことで人々の不安を和らげ、購買意欲や生産性を上げる」という考え方のもと、工場・スーパーマーケット・オフィス・病院・空港などに有線で音楽を流し続けた。
曲はオリジナル録音から音楽的な「トゲ」——つまりメロディの起伏や感情的なクライマックス——をできる限り削ぎ落とし、「何も引っかからない」ように加工されていた。「流れていても気にならない、でもないよりは落ち着く」という状態を意図的に作り出す設計だ。1970年代の空港や商業施設における「BGM」はほぼこれだった。
Enoが空港で感じた不快感はこうだ——「搭乗前の緊張や不安を、いかにも明るい音楽でごまかそうとしている。でも誰もこの音楽を聴いていないし、聴きたいとも思っていない」。その違和感がアルバムの出発点になった。
Enoがライナーノーツに書いた言葉がある。「従来のBGM音楽は、あらゆる不確かさと緊張——そして本当の意味での面白さ——を取り除くことで成り立っている。アンビエント・ミュージックは違う。ちゃんと聴けば面白いし、流しておくだけでも部屋の空気になる。どちらでもいい」——この一文がそのままジャンルの定義になった。
制作——22本のテープループという仕組み
アルバムの作り方は独特だ。EnoはまずケルンでプロデューサーのConny Plankと組み、ドイツ人女性シンガー3人(Christa Fast、Christine Gomez、Inge Zeininger)に「一音だけ、ゆっくり伸ばして歌ってもらう」という録音を行った。
次にロンドンに戻り、Fred Frith(ギター)とRobert Wyatt(Soft Machine)とのセッションでピアノの素材を録音した。
録音した素材は、長さがばらばらな22本のテープループに変換された。ループとはテープの両端をつなぎ、同じ音が延々と繰り返される仕組みだ。Enoが1996年にサンフランシスコで語っている。「1本には1つのピアノ音だけ。別の1本には2つのピアノ音。別の1本には女性が1音を10秒間伸ばしたもの。女声が8本、ピアノが約14本。そしてすべてを同時に再生した」。
ここが面白いところだ。22本のループはそれぞれ長さが違う——しかも、どれともわり切れない長さに意図的に設定されている。これにより、どの音とどの音が重なるかは再生するたびに変わる。同じ曲を何度かけても、同じ瞬間は二度と訪れない。
Enoは「音楽のシステムを作った」のであって、「音楽を直接書いた」わけではない。この発想を彼は後に「ジェネラティブ・ミュージック(生成音楽)」と名付け、2008年のiOSアプリ「Bloom」に至るまで探求し続けた。
素材の加工も凝っている。ピアノの録音はテープを半速で再生し、音を1オクターブ下げてから、エコーをかけた——そうすることで、「ピアノに似ているが、ピアノとは少し違う」音になる。
冒頭曲「1/1」はDミクソリディアンというモードで書かれており、長調のような明るさを持ちながら、どこにも解決しようとしない浮遊感がある。女声ループについて音楽学者のVictor Szaboは「ビブラートのない、不思議なほど生気のない声」と書いており、人間の声なのに人間がいないような感覚があると指摘している。
アルバムの裏ジャケットにはテープループの相互作用を図示したグラフィックが印刷されている。聴くだけでなく「見る楽譜」として設計されており、音楽のパッケージそのものが思想の一部になっている。
何を変えたか
Enoがこのアルバムで変えたのは「音楽とは何のためにあるか」という前提そのものだ。
1978年当時、BGM音楽はMuzakの発想で作られていた——「邪魔にならず、聴かせようとしない」という設計だ。しかしEnoが提案したのはその逆でも、単純な対立でもない。「ちゃんと聴きたい人には聴き応えがあり、ただそこにいたい人には空気になる」という、両方の聴き方を同時に成立させる音楽だ。これは音楽の「使い方」の提案であり、Muzakへの批判でもあった。
ここにはErik Satieの「家具の音楽」(1920年)という先例がある。Satieは「ナイフとフォークの音と混ざり合う音楽」を作ろうとした。しかしそのコンサートで観客が立ち止まって聴き始めると、Satieは「聴くな、動いてくれ」と叫んだというエピソードが残っている。
Enoはその矛盾を解決しようとした——聴いても聴かなくても、どちらでも成立する音楽を。
もうひとつの変化は「作曲家の役割」だ。このアルバムでEnoがやったのは音符を並べることではなく、「どんな素材を用意し、どんなループを作り、どう再生するか」というシステムの設計だ。完成した音楽はEnoの手を離れ、ループが勝手に動いて出来上がる。「自分が書いた」とは言えない音楽——これは当時の音楽観から見ると、かなり奇妙な考え方だった。
また、このアルバムは「家で座って聴くもの」でも「コンサートで演奏されるもの」でもなく、「空間に設置されるもの」として設計された。実際にニューヨークのLaGuardia空港のMarine Air Terminalにインスタレーションとして置かれた。音楽が「場所の体験」を設計するという考え方は、ここから始まっている。
影響——何が続いたか
このアルバムが開いた扉から、多くのものが出てきた。
Aphex Twinの『Selected Ambient Works Volume II』(1994年)、The Orbのアンビエント・テクノ、William Basinskiのテープ劣化を使った『Disintegration Loops』(2002年)、Max Richterの「8時間かけて眠りながら聴くためのアルバム」『Sleep』(2015年)——これらはみな、「聴かなくていい音楽」という発想の系譜にある。
「ループ」という手法はDJカルチャーや電子音楽にも吸収された。今日のDAW(音楽制作ソフト)では「ループ素材を組み合わせて曲を作る」ことが当然になっているが、その考え方の一端はEnoのテープループにつながっている。
冒頭曲「1/1」は映画『9½ Weeks』(1986年)と『The Lovely Bones』(2009年)の劇伴に使われ、米国NPRの「This American Life」でも流れた。1978年に作られた音楽が、まったく別の文脈で今も機能している。
まとめ
Enoはこのアルバムについてこう語っている。「ただ、空港を少しでも快適な場所にしたかった。飛ぶのがとても不安なことだと思っていたので」——動機はそれだけだ。
しかしその「ちょっとした改善案」が、音楽の目的・作り方・聴き方を同時に問い直すことになった。
聴いてみると、これは確かに静かで地味なアルバムだ。メロディらしいメロディもなく、盛り上がりもない。しかし流しておくと、部屋の空気が少し変わる。それがこのアルバムの狙い通りだ、とあとで気づく。
