2023年4月にリリースされたWednesdayの5枚目のアルバム『Rat Saw God』は、Karly Hartmanがノース・カロライナ州グリーンズボロで過ごした10代の記憶をほぼそのまま音楽にした作品です。
「私の音楽には半自伝的な細部が詰まっている」と彼女は言います。「誰かが鼻血を出したとき傍にいた人が、その瞬間に何のゲームをしていたかまで書く」。
このアルバムの制作には切迫した事情がありました。バンドはまだ大きなレーベルと契約していなかったため、スタジオの時間を「好意で分けてもらっている」状態だったとドラマーのAlan Millerは振り返っています。
曲を事前にライブで演奏して固める時間もないまま録音に入った。Dead Oceansとの契約が成立したのは、スタジオにいた最後の日でした。
そのプレッシャーが、このアルバムの生々しさに直結しています。プロデューサーはAlex Farrarで、アシュビルのシーンで長年Hartmanと仕事をしてきた人物です。
Hartmanが書いた歌詞の多くは、古い日記と記憶から引っ張り出したものです。高校時代に薬物で死んだ友人のこと、黄色いファンタの缶のこと、New Year’s Eveのパーティーで鼻血を出したときに友人がプレイしていたゲームがMortal Kombatだったこと。
「一番困ったのは、私自身の話ではない部分」とHartmanは言っています。「誰かを許可なく曲の中に入れていいかどうか、一人ひとりに確認しなければならなかった」。
音楽性
Wednessdayの音楽の最も直接的なルーツは、Dinosaur Jr.とMy Bloody Valentineです。
Dinosaur Jr.の「叫んでいるのにメロディが美しい」という矛盾した美学、MBVの「ノイズが感情になる」という発想——この2つがWednessdayのシューゲイザー的な音の骨格を作っています。
そこにカントリーとブルーグラスが混入するのが、このバンドの特異な点です。
ノース・カロライナという地理的な背景が音に出ていて、Hartman自身が語るカントリーの参照点はLucinda Williams、Tom T. Hall、Vic Chesnutt、Drive-By Truckers、アウトロー・カントリーの系譜です。それらに共通するのは「詩の誠実さ」——壮大に美化せず、泥臭い細部をそのまま音にするという姿勢です。
ギタリスト兼ラップ・スティール奏者のXandy Chelmisがその接点を担っています。ラップ・スティールはカントリー音楽の楽器ですが、ディストーションをかけることで「泣きのカントリー」が「爆音のシューゲイザー」に変換される——その変換がWednessdayのサウンドの核心です。
MJ Lendermanは「カントリーの曲で使う音符を取って、ディレイとディストーションをかければシューゲイザーになる」と言い切るが、それを「当たり前」に聴こえるほど自然にやってのけるのがこのバンドの異様な強みです。
Hartmanは「彼はいつか歴史の教科書に載ると思っている」と言っています。
通常のエレクトリック・ギターはフレットで音程を固定するが、ラップ・スティールはバーを滑らせることで音程が連続的に変化する——その「解決しない前のグライド」がずっと鳴り続けることで、楽曲全体に漂うような不安定さが生まれます。
ガレージ・ロックのギターとも、シューゲイザーのノイズ・ウォールとも少し違う、このバンド固有の質感の正体です。
Chelmisが使用するのは古い8弦のGuyatone製ラップ・スティールで、Fender ’65 Twin Custom 15というクリーンなアンプを土台にしながら、RATペダルとWay Huge Swollen Pickleで歪みの量をコントロールしています。穏やかな曲では甘く揺れる泣き声になり、ヘヴィな展開では濁流のような壁になる——その振り幅の広さが、アルバム全体のダイナミクスを一人で担っているといっても過言ではありません。
Hartman自身のギター・セットアップも、このアルバムの音の核にある。Italia ModuloとバリトンDanelectroという2本を軸に、RATペダルで「クリーン」と「ディストーション」の2トーンを切り替えるシンプルな構成です。
「クリーンのギターとディストーションのギターをやるだけ」という彼女の言葉通り、余計な色をつけない分、歌詞の感情がそのまま音圧として出てくる。MJ LendermanはここにジャズマスターとギブソンSGを加え、OKKO FX Red Dominatorでさらにクランチを乗せることで、ウォール・オブ・サウンドの最終的な密度を作り上げています。
音の「引き算」もこのバンドの重要な技法です。Chelmisはインタビューで「沈黙を聴くこと、ギャップを作りそれに答えること——いつ弾かないかを知ることが、作曲の核心だ」と語っています。
楽曲解説
8分近い「Bull Believer」は、このアルバムのハイライト。亡くなった友人についての曲です。
「どうやって誰かの記憶を代表できるか、ずっと考えていた」とHartmanは語っています。「その人が残した人たちの体験にも、正確でなければならなかった」。
曲の前半はクリーンで抑えられたトーンで進み、後半に向けてノイズとディストーションが層を重ねるように増殖していく。感情が積み上がるにつれてサウンドが物理的に膨張していく構造で、Hartmanが「FINISH HIM!」と叫ぶあの瞬間——絶叫というより、感情が爆発して人間の形を保てなくなった声です。
Xandy Chelmisのラップ・スティールの「解決しない前のグライド」は、アルバム全体に漂うような不安定さの源泉です。その「どこにも着地しない前の状態がずっと続く」という感触が、Hartmanの歌詞が描く「終わらない喪失」と共鳴します。
「誰かが鼻血を出したとき傍にいた人が、その瞬間に何のゲームをしていたかまで書く」というHartmanの言葉が示す細部の密度は、このアルバムの最大の武器です。
黄色いファンタの缶、Mortal Kombat——グリーンズボロの取るに足らない細部が、10代のどこにでもいる誰かの記憶と突然つながる。その衝撃がこのアルバムの正体です。
「誰もが物語を持っている。すべての人生は書き残す価値がある」とHartmanは言います。このアルバムはその信念を、8分間の絶叫と、黄色いファンタの缶のディテールで証明しています。
まとめ
スタジオの時間を「好意で分けてもらっている」状態で録音し、Dead Oceansとの契約が決まったのはスタジオの最終日——そのプレッシャーが、このアルバムの生々しさの直接の原因です。
Dinosaur Jr.とMy Bloody Valentine由来のシューゲイザーの骨格に、ノース・カロライナのカントリーとブルーグラスが混入する。Xandy Chelmisのラップ・スティールがその接点を担い、「泣きのカントリー」が「爆音のシューゲイザー」に変換される。その変換がWednessdayにしかできない音です。
黄色いファンタの缶、Mortal Kombat、薬物で死んだ友人の記憶——グリーンズボロの取るに足らない細部が、10代のどこにでもいる誰かの記憶と突然つながる。
「誰もが物語を持っている。すべての人生は書き残す価値がある」というHartmanの言葉を、このアルバムは音で証明しています。

