Metallica の『Master of Puppets』は、1986年にリリースされた3枚目のアルバムだ。メンバーは James Hetfield(ボーカル・ギター)、Kirk Hammett(ギター)、Cliff Burton(ベース)、Lars Ulrich(ドラム)。プロデュースを Flemming Rasmussen と Metallica 自身が担当した。
Rolling Stone の「史上最も偉大なアルバム500枚」2020年版で97位。同誌の「史上最も偉大なメタル・アルバム100枚」では2位(1位は Black Sabbath の『Paranoid』)に選ばれている。
2015年には、アメリカの議会図書館(Library of Congress)が国家録音登録簿への保存対象に選定した。「文化的・歴史的・美学的に重要な録音」として認定されたメタル作品は、これが初めてのことだった。
スラッシュ・メタルという言葉は、このアルバムの前後で意味が変わった。それまでの「速くて重い」という定義に「複雑で長い」が加わり、アルバムは平均5〜6分の曲8本で構成されている。最長はタイトル曲「Master of Puppets」の8分35秒、「Orion」が8分27秒で続く。
制作背景——Cliff Burton の最後のアルバム
このアルバムはベーシスト Cliff Burton が在籍した最後の作品だ。Burton は1986年9月のスウェーデン公演後、バス事故で亡くなった。享年24歳。
このアルバムの多くの楽曲に彼の古典音楽の素養と和声感覚が刻まれており、特に「Orion」は Burton が書いたとされるセクションを含む。BBC Music の Eamonn Stack は「この時期の Metallica は曲を書いているのではなく、物語を語っていた」と書いた。その言葉はそのまま Burton の存在を指している。
プロデューサーの Rasmussen は「バンドはデモを完全に仕上げた状態でスタジオに来た。曲はほぼ完成していて、録音での変更は最小限だった」と語っている。「Orion」と「The Thing That Should Not Be」の2曲だけが、コペンハーゲン到着後に書き上げられた。
Ulrich はこのアルバムに向けてドラムのレッスンを受け、Hammett は Joe Satriani に師事した。準備の密度が、仕上がりの密度に出ている。
音楽性——スラッシュ・メタルの構造設計
このアルバムの最大の特徴は「大曲を飽きさせない構成力」だ。8分を超える曲が2本あるにもかかわらず、聴いていて長さを感じない。それはなぜか。
Hetfield と Ulrich はエル・セリートのガレージで「ギター・リフを組み立て、分解し、また組み立て直す」作業を繰り返したと語っている。Hammett はこう説明している。「同じ音を違う順番で並べてリフを作る。クラシックの作曲家が600年やってきたのと同じことを、ギターでやっているだけだ」と。意識していたわけではない。ただそうなっていた。
その結果として生まれたのが、各セクションが一度も同じ形で繰り返されない「展開し続ける構成」だ。タイトル曲「Master of Puppets」は、高速のヴァース・リフ、叩きつけるコーラス、静かなクリーン・ギターの中間部、再び爆発するコーダ——それぞれが使い捨てられるように次へと続く。聴き手は「次に何が来るか」を予測できず、結果として8分35秒があっという間に終わる。
ダイナミクスの設計も精巧だ。アコースティック・ギターのイントロから爆発へ(「Battery」)、ヘヴィなコーラスの前後をクリーンなヴァースで挟む(「Sanitarium」)、器楽だけで8分を持たせる(「Orion」)——音量と密度の落差が、アルバム全体を通じたドラマを作っている。
これは当時のスラッシュ・メタルの「常識」とは根本的に異なる発想だった。当時の同ジャンルのバンドは平均4〜5分の短い曲で速さと勢いを競っていた。Ulrich は1986年のインタビューで「このアルバムで、バンドの音楽的な側面をもっと真剣に受け取ってもらいたい」と語っている。その野心がそのまま形になった。
このアルバムのリフは Eマイナーを基軸に動く曲が多い。コード進行は機能和声の枠内に収まりながら、転調で色彩を変える——「Master of Puppets」の中間のクリーン・ギター・セクションが突然 Eメジャーに転じる瞬間は、暗闇の中に光が差し込む感触だ。
ミックスは「メタルの Phil Spector 的な壁の音」と評されるほど密度が高い。ギターは左右にダブルトラックで配置され、Ulrich のドラムが中央に据えられている。
Burton のベースはこのアルバムで特に存在感がある。典型的なスラッシュ・メタルではベースがギターの最低音を1オクターブ下でなぞるだけだが、Burton のアプローチはまるで違った。対旋律を持ち、和声を補強し、ときに主役になる。「Orion」では単独でメロディを展開する。それが可能だったのは、彼が10代から古典音楽とピアノを学んでいたからだ。
Hetfield のボーカルは前作よりも格段に表現力を増した。「Sanitarium」の内省的なクリーンボイスから「Disposable Heroes」の220bpmの絶叫まで、同じ人間の声とは思えないほどの振れ幅がある。
このアルバムの「変拍子」について
このアルバムは「スラッシュ・メタルだから基本的に4/4拍子」と思われがちだ。しかし実際には、8曲のうち複数の曲で変拍子が仕込まれており、その複雑さが「聴いていて疲れないのに飽きない」という感触の核にある。
重要な前提として、Metallica のメンバーがこれらの拍子を意識的に設計したという証拠は必ずしも多くない。Glenn T. Pillsbury の学術書『Damage Incorporated: Metallica and the Production of Musical Identity』(2006年)や metalintheory.com の Stephen Hudson の分析が示すように、Ulrich は少なくとも1984年頃まで伝統的な拍子の数え方をほとんど知らずに演奏していたとされる。
「フィーリングで弾いていたら変拍子になっていた」——その側面は、このアルバムを考えるうえで外せない。
楽曲解説
Battery
Hetfield が「ロンドンでリラックスしているときに即興で弾いた」と語るクラシカル・ギターのアルペジオから始まる。このイントロは 6/8 拍子だ。5本ものアコースティック・ギターが多重録音でレイヤーを積み上げ、そこへ 4/4 の高速リフが侵入する。
6/8 の揺れる「3拍の感覚」から 4/4 の「4拍の感覚」への移行が、アルバム冒頭の最初の衝撃を作っている。「assault and battery(暴行と傷害)」という法律用語から来るタイトルで、怒りと暴力を擬人化した歌詞を持つ。
6/8 から 4/4 への拍子の衝突が、歌詞のテーマ——静寂から暴力への転換——とそのまま重なる。Kerrang! はこの曲を「中世的なアコースティック・オープニングから一気に加速する、無駄をそぎ落としたスラッシュ・メタルの教科書」と評した。
Master of Puppets
薬物依存を「支配する者」の一人称で描いた歌詞を Hetfield が書いた。「あなたをコントロールするのは私だ」という薬物の声として語るこの手法は、当時のメタルとしては珍しい視点だ。
8分35秒の中に複数のセクションが展開する。高速のヴァース・リフ、叩きつけるコーラス、突然静かになるクリーン・ギターの中間部、再び爆発するコーダ——各セクションが一度も繰り返されない、展開し続ける構成だ。
Hammett はこの曲についてこう語っている。「聴いた後に、何かを吐き出したような感覚になる。最高の音楽はそういうものだ——感情的に何かを得るか、何かを取り除いてくれるか、どちらかだ」と。それが40年間、この曲がライブの最重要曲であり続ける理由だろう。
拍子の面では、ヴァース・リフが 4/4 小節3つの後に変則小節が1回挿入される構造を持つ。この変則小節は楽譜では一般的に 5/8 と記されるが(1988年の Cherry Lane Music の公式楽譜もそう表記している)、実際の録音では8分音符を均等に演奏していない。
Stephen Hudson が Audacity でアルバム音源を計測したところ、一部の音符が均等な8分音符より約30%長く演奏されていることが確認された。「5/8」という記譜は近似値であり、バンドはカウントではなくフィーリングで弾いている。ヘッドバンギングをしているときに「突然ずれる」感触の正体はここにある。
Welcome Home (Sanitarium)
Ken Kesey の小説『カッコーの巣の上で』(1962年)を基にした曲で、精神病棟に不当に閉じ込められた患者の内面を描く。クリーンのヴァースとヘヴィなコーラスが交互に現れる構造で、前作『Ride the Lightning』の「Fade to Black」の延長線上にある。
この曲の形式は学術的に「AAB’構造」と分類される——同じパターンが変形を重ねながら、最後のセクションで劇的に変化する。単純なヴァース・コーラスの繰り返しではなく、「物語が進む」ように展開する設計だ。
ヴァースは 4/4 と 6/4 が交互に繰り返される。6/4 は 4/4 の「1小節半」にあたるため、フレーズの長さが毎回微妙にずれる感覚が続く。コーラスで 4/4 に統一された瞬間に「落ち着く」感触が生まれる。この揺らぎと解決の繰り返しが、正気と狂気の境界にいる主人公の内面と重なって聴こえる——意図的かどうかはわからないが。
Disposable Heroes
220bpm のセクションを含む、このアルバムで最も激しい曲だ。徴兵制度と戦死を「消耗品の英雄」として描く反戦の歌詞は、Burton が方向性に影響を与えたとされている。
リフは基本的に 4/4 だが、フレーズの境界で細かいリズムの「ずれ」が挿入される。220bpm でこの複雑さを維持する Ulrich のドラムは、録音に向けて受けたレッスンの成果が最も出ている曲のひとつだ。
現在の Metallica ベーシスト Robert Trujillo はこの曲を「Metallica で最も好きな曲のひとつ」と挙げており、「『Master of Puppets』にはすべてが詰まっている——インストゥルメンタル、素晴らしいつなぎ、素晴らしいリフ。それは音楽を超えた、アートだ」と語っている。
Orion
Burton が中心的な役割を果たしたインストゥルメンタル。Hammett はこう語っている。「Burton は『Orion』の中間部をベースで書き、ギターのハーモニー部分もベースで弾いてみせた。最終的に James と俺がギターで担当することになったが、あれは Cliff の作品だ」と。Burton の葬儀で演奏されたのも、この曲だった。
4/4 のメイン・セクションから 6/8 の中間部へ移行する——アルバムの中で最も「ジャンルを外れる」瞬間だ。偽の終止のあとに全く別のセクションが現れ、キーが F# マイナーに移行し、Burton のベースが旋律的なアルペジオを奏でる。このセクションはアルバム全体で最も「クラシカル」な質感を持ち、Burton の古典音楽の影響が直接出ている。
6/8 のセクションで Burton のベースが奏でる旋律的なアルペジオは、このアルバムで最も美しい場所だと思っている。ディストーションのかかったリード・ベース・ソロが後半に差し込まれ、再び 4/4 のリフへ戻る——この大きな弧が「Orion」を単なるインストゥルメンタル以上のものにしている。
Burton の死後にこの曲を聴くと、届き方が変わる。
まとめ
『Master of Puppets』は、いわゆる「偉大な名盤ランキング」の常連で、メタル史に残る金字塔だ。そう断言していい。
しかし数字や称号より重要なのは、このアルバムが「速いから難しく聴こえる」作品ではないということだ。速さの中に複雑な構成が仕込まれており、大曲が飽きずに聴けて、ダイナミクスの落差が感情を揺さぶり、変拍子が体を揺らす。それが「聴くたびに新しい発見がある」感触を40年間生み出し続けている。
Burton が生きていたら次のアルバムはどうなっていたのか。そのことを考えるとき、このアルバムは「最高傑作」であると同時に「未完の序章」に聴こえる。それでも——いや、だからこそ——このアルバムは永遠に鳴り続ける。

