このバンドの始まりが好きだ。
1991年2月、ブリストルのEnterprise Allowance——政府の失業者向け起業支援コース——のコーヒーブレイク中に、Geoff BarrowとBeth Gibbonsは出会った。失業者支援プログラムの休憩時間に、二人の人生は変わった。
ロック史上もっともロマンチックじゃない出会いかもしれないが、そこから生まれた音楽はあまりに暗く、そして美しかった。
Barrowはヒップホップとプロダクションに夢中な若者で、一日40本タバコを吸いながらサンプラーにかじりついていた。そこにBethが現れた。彼女は「大人」で、大人のことを歌っていた。
BethがいなければPortisheadは別物になっていた、とBarrowは言う。その言葉の重さがわかる気がする。
サウンドの核心にある「あの歪み」の作り方が面白い。自分たちでセッションを録音し、それをビニールに落として、スタジオの床に置いてスケートボードのように踏み歩いた。わざと傷つけた。わざと壊した。その傷が、このアルバム独特の「古びたフィルムのような質感」になっている。
Adrian Utleyはこう語っています。「サンプリングした音源には、その前の小節から漏れ出たリバーブや、ほとんど聞こえないオルガンの細かい音が混じっている。気づかなくてもそれがないと妙にクリーンに聞こえてしまう」と。聴こえない音にまでこだわる。そんな偏執狂ぶりが、このアルバムの底知れない深みになっている。
音楽性
このアルバムのビートを一言で言うなら「沈む」リズムです。ヒップホップのビートが前に出て体を動かすとすれば、Portisheadのビートは後ろに引いて、体を沈めていく——そのダウンテンポの引力が、60〜100 BPMという遅いテンポで実現されています。
Roland TR-808はほぼ全曲に登場しますが、「808が鳴っている」とわかるほど主張しません。BarrowはReverb誌のインタビューで「1〜2要素だけ、キック一発、スネア一発というように、極めて控えめに使った」と語っています。その808のキックやスネアを、生ドラムやサンプリングしたブレイクと重ねることで「機械か生か判断できない」グルーヴが生まれる。
さらにBarrowはClive Deamerに対して「このヴァイナルを聴いて、ハイハットをこう変えて」と細かく指示し、ドラマーの即興演奏を録音→ビニールにプレス→床で蹴って傷つけ→再サンプリングという工程を経ていました。「Mysterons」のビートはその極端な例で、Deamerが自由に叩いた生ドラムをベースにしています。
Fender Rhodesがリズムの有機的な軸として全11曲中6曲に登場するのも特徴的。「Roads」ではRhodesのオンボード・トレモロを最大にして、その揺れがビートの代わりを担っています——アナログの揺れは完全に一定でないため、機械のビートとも生のビートとも違う第三のグルーヴが生まれる。「聴こえない音にこだわる」というUtleyの言葉は、このリズムの設計にも当てはまります。
楽曲解説
Mysterons
オープニングの20秒、フェンダーローズのきらめきと、擦り切れたレコードに針を滑らせる音から始まる。そしてBeth Gibbonsが歌い出す。あの瞬間の「世界が切り替わる感じ」は、何度聴いても新鮮。
曲名はBarrowが発見したBarry Gray作曲の『キャプテン・スカーレット』敵役「ミステロン」のテーマへの言及で、オンド・マルトノを思わせる持続音がその出典を直接体現しています。Clive Deamerが自由に叩いた生ドラムをサンプリングし、床で傷つけたビニールを経由して加工している——全工程が「古びた」質感に向かっています。
この曲はA♯フリジアン。フリジアンは西洋の旋法の中でも最も暗い色彩を持ち、スペイン・フラメンコに特有の「土着的な暗さ」を帯びます。通常のマイナースケールより2度(半音2つ分)暗く沈む音が、あの「呪術的な」開幕の質感を作り出している。
Fender Rhodesが繰り返す4音2コードのフレーズはこのフリジアンの中で循環し続けてどこへも解決しません——「世界が切り替わる感じ」は、その解決しない和声の宙吊りにあると思います。
Sour Times
BarrowがLalo SchifrinのスパイサウンドトラックをループしながらKEXPのインタビューで「とりあえず何になるか見てみよう、という感じで作り始めた」と笑う一曲。具体的にはSchifrin作曲の「The Danube Incident」をサンプリングしています。国際的なヒット曲を狙っていたわけじゃなかった、と彼は笑う。それが「Nobody loves me, it’s true」という孤独の塊になった。
キーはC#マイナー。コーラスのF#m7 – Emaj7 – D#7というコード進行は、楽理的には「IIm – I – VII」という珍しい下降進行で、このジャンルではほぼ見られない動きです。通常の曲がトニック(主和音)に向かって解決するのに対して、この曲は調の中心から離れる方向に動き続ける——歌詞の孤立感と、和声の求心力のなさが一致しています。
Glory Box
「Give me a reason to love you」。Bethのこの一節を初めて聴いたとき、懇願しているのか、怒っているのかわからなかった。Billie Holidayの影響を感じさせながらも、その歌声はどこまでも寂しく、親密なのに不穏だ。ギターリフはIsaac HayesのIke’s Rap IIからのサンプルをベースにしており、その重さがBethの声の切迫感と絡み合っています。
キーはE♭マイナー。この曲の最大の特徴はベースラインのクロマチック(半音階)下降で、E♭m – D♭ – C – Bと半音ずつ降りながら、途中でBm7♭5(ハーフディミニッシュ)という不安定な和音を経由してB♭maj7に「偽解決」する(Soundfly誌の楽理分析)。「落ちていくのに着地しない」この動きが、懇願しているのか怒っているのかわからないという第一印象の正体だと私には聴こえます。
まとめ
このアルバムは「夜のBGM」として括られることがあるらしい。でもBarrow本人は「自分にはとてもBGMとして流せない。Bethの顔が浮かぶし、バンド全員が部屋にいるみたいで、落ち着かない」と笑っている。
Beth自身は「自分を救うためにじゃなく、誰かほかにもこんな気持ちの人いるかなって問いかけてる」と語っている。その問いかけが30年後も届き続けているということは、答えはずっと「いる」ということだろう。

