アナ・ロクサーヌ(Ana Roxanne)新譜『Poem 1』レビュー|アンビエントの旗手はなぜ、失恋を機にシンガーソングライターへ舵を切ったのか

アナ・ロクサーヌ(Ana Roxanne)新譜『Poem 1』レビュー|アンビエントの旗手はなぜ、失恋を機にシンガーソングライターへ舵を切ったのか Ambient / Noise / Drone

Ana Roxanneの『Poem 1』は2026年にリリースされた。デビューEP『~~~』は2019年、前作『Because of a Flower』は2020年。そこから数えて6年ぶりのフルアルバムだ。

これまで纏っていたテープノイズやループの靄を、彼女は脱ぎ捨てた。声そのものを主役に据えた、驚くほど生々しい一枚である。ジャケットは写真家Lyric Shenの手によるもので、飾り気のない肖像がそのまま音の予告になっている。

失恋という個人的な体験を軸に、静かな編成で紡がれる全9曲。収録時間は約38分。ここにいるのは、これまでとは違う、剥き出しのAna Roxanneだ。

音楽性

Ana Roxanneはずっと三つの水脈を行き来してきた作家だ。聖歌隊の合唱、北インド古典音楽、そして母親のCDコレクションにあった80年代・90年代のR&B。前作『Because of a Flower』では、その全てが霧のように溶け合い、輪郭を失っていた。

『Poem 1』ではその霧が晴れる。1曲目「The Age of Innocence」、凍りついたようなストリングス・ドローンが鳴る。

「I wanted to try / And go very far」という一節が置かれる瞬間——ここを聴いてほしい。幾重にも重なるエコーの奥に沈んでいた言葉が、初めて素の質感のまま届く。

2曲目「Berceuse in A-flat Minor, Op. 45」は、その名の通り変イ短調の子守唄だ。ピアノと声だけの編成で、和声はほとんど動かない。

一つの和音を長く保持し、微細な陰影だけを重ねていく。テリー・ライリーやラ・モンテ・ヤングのミニマリズムに近い手つきだと思う。

息継ぎの音までそのまま録られている。鍵盤に指が触れる瞬間の緊張感まで伝わってくる。

3曲目「Keepsake」は、70年代シンガーソングライター的な佇まいだ。キャロル・キングを思わせる、と言えば伝わるだろうか。柔らかく寄り添う二つの和音だけを弾きながら歌う。

「あなたには決して届かない、だからその欠片を側に置いておく」。失ったものを抱えたまま前を向こうとする、諦念と愛着が同居した歌だ。

6曲目「One Shall Sleep」は、ロベルト・シューマンの歌曲「静かな涙」が下敷きにある。シンセと弦の上で、ささやくように語る。19世紀の詩の言葉を借りて、自分自身の喪失を語り直しているようにも聴こえる。

前作との違いが際立つのは、中心に置かれた「Untitled II」だろう。ブラッシュのドラムとジャジーなピアノが半速で進む。

半ばでヴァイオリンがすっと差し込まれる瞬間——この瞬間を聴いてほしい。月が雲間から覗くような効果を生む。

「Losing what I had」という一言の痛みが、今回はすぐ耳元でささやかれる。

声そのものも、明確な転換点にある。これまでエレクトロニクスの層に半ば埋もれ、幽玄な気配として響いていた声。息づかいも掠れも隠さない、生身のものになった。

ラストの「Atonement」では、幼少期から親しんだR&Bの色が濁りなく表に出る。自らのコーラスを重ねて歌う。それは悲しみの記録というより、立ち上がろうとする意志の記録に近い。

まとめ

『Poem 1』は、剥き出しの悲しみをそのまま音にした一枚だ。装飾を削ぎ落としたことで、彼女の声と言葉の輪郭がくっきりと浮かび上がった。静かだけれど、ここまで人間くさいAna Roxanneを聴いたのは初めてだ。

失恋の記録でありながら、聴き終えたあとに残るのは重さより温もりに近い。何度もリピートしたくなる、そんな38分だった。

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