The Smiths の『The Queen Is Dead』(1986年)は、冒頭の6分30秒で聴き手を一気に引きずり込む。第一次世界大戦時代の歌のサンプルが静かに鳴り、突然Johnny Marrのギターが切り込んでくる。「女王は死んだ」という宣言がアルバムの幕を開ける。
NME の「史上最高のアルバム」で1位、Pitchfork は2017年の再発盤レビューで満点の10点。「最高の冗談でもあり、最高の悲劇でもある」——これ以上うまくこのアルバムを言い表す言葉を私は知らない。
制作にはいくつかのエピソードが残っている。プロデューサーには David Bowie への依頼を試みたが断られ、George Martin にも「ビートルズのプロデューサーとして記憶されたい」という理由で断られた。結局 Morrissey と Marr が自らプロデュースを担当している。
録音時、ベースの Andy Rourke はヘロイン中毒の状態にあった。それでも Marr は「スタジオで生まれた魔法だった。彼がそのグルーヴを掴んだ瞬間、全員が何かが起きていると感じた」と回想している。Rourke が2023年に亡くなった後、Marr は「The Queen Is Dead で Andy のベースを見ていた瞬間のことを生涯忘れない」と語った。
ジャケットは Morrissey 自身がデザインし、アラン・ドロンの写真を使った。ドロンは使用許可を与えたが、のちに「両親がアルバムタイトルを見て動揺していた」と伝えてきたらしい。
音楽性
Marr のギターはこのアルバムの核心で、彼のキャリアを通じた最高のプレイが随所に詰まっている。
Marr 自身は「リズムとリードを同時にやることが自分のスタイルだ」と語っていて、コードを弾きながらその中にメロディを織り込む奏法がアルバム全体を貫いている。
「Bigmouth Strikes Again」と「There Is a Light That Never Goes Out」ではカポを4フレットに装着し、開放弦の鳴りと豊かな倍音——いわゆる「ジャングリーなサウンド」の正体のひとつはここにある。和声的にはシンプルなメジャー/マイナーのコード構造を使いながら、転回形(スラッシュ・コード)を多用することで「平凡に聴こえない」効果を出している。
Morrissey のボーカル・スタイルはこのアルバムで最も多面的だ。「The Queen Is Dead」では怒りと嘲りを交差させながら叫び、「I Know It’s Over」では囁くような絶望の告白に転じ、「Bigmouth Strikes Again」では自己嘲笑を全力で歌い上げる。
歌詞全体のテーマは「孤独、失恋、イギリス社会への怒り、そして笑い」の4軸が絡み合っていて、深刻な感情をウィットと自己嘲笑で包む手法を一貫して使っている。
Andy Rourke のベースはこの歌詞の振れ幅を音楽的に受け止める役割を果たしていて、重いテーマの曲でも軽妙な動きを失わず、軽快な曲でも感情の底を支えている。
楽曲解説
The Queen Is Dead
アルバムの幕を開ける表題曲で、Marr が10代の頃に温めていたリフを核にした約6分半の大曲だ。調性が激しく揺れ動き、Rourke の変則的なベースの進行も相まって、曲全体に「どこにも着地しない不安定さ」を与えている。
Marr はこの曲を「MC5 や The Stooges への傾倒と、The Velvet Underground への愛情が混ざったもの」と説明していて、Morrissey は歌詞でチャールズ皇太子の訪問を受けるシーンを描き、英国王室とサッチャー政権を同時に斬った。
Marr は NME のインタビューで「ブレスを10分間止めながらやっていた。コンセプト的には MC5 のようなデトロイトのガレージ・ロックをやろうとしていたが、うまくいかなかった——でも運が良ければ、そういうときに自分らしい何かが出てくる」と語っている。
I Know It’s Over
アルバム中、最も直接的に孤独と失恋を歌った一曲だ。「お墓に横たわっている、まだ若いのに」という冒頭の一節で始まり、7分近くをかけて Morrissey は一人の人間の内側にある空洞を描き続ける。
F マイナーを基調とし、コーラスに向かって D マイナーと Bb メジャーを経由する——暗い調性に微かな「解放」の動きが混じりながら、また暗闇に戻る繰り返しだ。
Morrissey の歌声はこの曲で最も囁くような低音域から入り、感情の高まりに合わせて徐々に上昇する——「叫ばずに壊れていく」ような歌唱が、この曲の痛みをより深くしている。
Bigmouth Strikes Again
アルバムのリード・シングル。Morrissey が音楽メディアとの摩擦から受けたフラストレーションを、ジャンヌダルクへの自己同一視というブラック・ユーモアで包んだ曲だ。
ヴァースが1回しか現れず、ブリッジとコーラスとギター・ブレイクだけで成立している珍しい構成で、Marr は「The Smiths なりの The Rolling Stones『Jumpin’ Jack Flash』解釈だ」と語っている。
バッキング・ボーカルには Kirsty MacColl を招いたが、最終ミックスから外れた。代わりに Morrissey が自分の声をハーモナイザーで高音に処理して重ねていて、クレジットでは「Ann Coates」(マンチェスターの Ancoats 地区へのダジャレ)として表記されている。
There Is a Light That Never Goes Out
Marr と Morrissey が自宅で行った一晩の作曲セッションから生まれた曲で、Rough Trade は本来この曲をアルバムのリード・シングルとして推していた。
しかし Marr が「Bigmouth Strikes Again」を先に出すことに固執した。Marr は後に「みんなが There Is a Light を最初のシングルにしたがっていたが、自分は Bigmouth を押した。正解だったと思っている」と語っている。
曲は E メジャー(カポ4フレット使用時の実音)で、Am7 – Fmaj7 – C – G というヴァースから F#m – A – B というコーラスへの上昇進行が特徴的だ。この上昇進行がもたらす「光が差し込んでくる」感触と、「二階建てバスに轢かれて死ぬなら、あなたの隣がいい」という歌詞の落差——「最大の喜びと最大の絶望が一致している」この構造が、The Smiths 全楽曲の中でこの曲を別格の名曲に押し上げている。
Some Girls Are Bigger Than Others
アルバムの最後を飾る曲。Marr はこの曲のアイデアを「テレビの音を消して眺めながら、一波にして降りてきた」と語っている。
Morrissey が書いたのは「一対の女性を比べるだけの、ほとんど何も言っていない内容」——アルバムの深刻さを意図的に外した締めくくりとして置かれている。
「アントニーがクレオパトラに言った——ビールの箱を開けながら」という一節が象徴するように、壮大な歴史的比喩を最も日常的な場面で使う Morrissey 流ユーモアが全開だ。C#m を主軸にしたシンプルな循環進行をひたすら繰り返す——その「なにも起きない」繰り返しが、アルバムの締めくくりとして機能している。
まとめ
『The Queen Is Dead』がリリースされた1986年、The Smiths は解散まで1年しかなかった。Rough Trade との法的問題、Rourke のヘロイン問題、Marr の疲弊——バンドは複数の危機を同時に抱えていた。
それでもこのアルバムは彼らの絶頂期として語られる。Morrissey と Marr という作曲コンビが持っていた特異な緊張関係——Morrissey のウィットと Marr の音楽的野心が互いを引き上げ合う——は、このアルバムで最も高い到達点に達した。
Marr が「このアルバムだけはずっと一緒に立っていられる」と語り、Morrissey が「私はこれを傑作だと思っている——今もそう思っている」と答えた。解散後40年近く経った今も、その評価に疑いを挟む余地は見当たらない。

