Don Caballero の『American Don』は、2000年にリリースされた4枚目のスタジオ・アルバムだ。メンバーは Ian Williams(ギター)、Eric Emm(ベース)、Damon Che(ドラム)のトリオ。Steve Albini がレコーディングした。
マス・ロックというジャンルの開祖と呼ばれる彼らが、事実上の解散作として残したこのアルバムは、Sputnikmusic で満点の5/5を獲得し、「これまで作られた最も完成度の高いレコードのひとつ」と評された。Rate Your Music でも4,500件以上のレビューに基づく平均3.73という高評価を維持しており、マス・ロックの基準点として今なお参照され続けている。
今の若い音楽ファンにとって、マス・ロックや変拍子の代名詞といえば Battles だろう。その Battles の中心人物 Ian Williams がかつて在籍していたのが、この Don Caballero だ。Battles のほうがポップでリスナーフレンドリーだし、知名度も上かもしれない。でも、このジャンルで最もストイックに「楽器のアンサンブルだけで世界をねじ伏せた」のは、間違いなく彼らだった。
制作背景
それまでの Don Caballero は、もっとヘヴィな質感を持っていた。3rd『What Burns Never Returns』(1998年)では歪んだギターとアグレッシブなドラムが前面に出ており、バンドの暴力的な側面がよく出ていた。
ところが『American Don』で、彼らはディストーションをほぼ捨てる。さらに2ギター編成から Williams 一人のトリオへと縮小した。その空白を埋めたのが、Williams が導入した AKAI Headrush ループ・ペダルだ。自分のギターをリアルタイムでループさせながら、その上に新たなフレーズを重ねる——一人の人間が二人分の役割を果たす、この手法がアルバムのサウンドの核になった。
その選択を可能にしたのが Albini のエンジニアリングだ。「リバーブもコンプレッションも使わない。部屋の自然な鳴りだけを録る」という彼の哲学のもと、生々しくクリーンなギターの音と、異常なまでの解像度で迫るドラムの音が記録された。ディストーションで誤魔化す必要がないほど、すべての音が裸で録れている。それがこのアルバムの音像の出発点だ。
そしてアルバムのリリース直後、バンドは解散した。ツアー中に関係が崩壊した Williams と Che の間の確執が、修復不能な状態に達していた。しかもそのツアー自体が、移動中に大型トラックに激突するという不幸な事故で打ち切られたのであった。
音楽性
このアルバムを一言で言い表すなら、「80年代King Crimson の変拍子と Steve Reich のミニマリズムを合成したインストゥルメンタル・ロック」だ。実際、複数の批評家がその両名を参照している。
Williams のギターは Akaiループ・ペダルを通して自らのフレーズをループさせ、その上に新たなラインを重ねていく。パズルを組み立てるように冷淡なリフが積み重なり、気づけば複雑なテクスチャーが出来上がっている。その音は前作と比べると格段に「きれいで、明るく、ロマンティックでさえある」と評されており、入門盤として推薦される理由もそこにある。
しかしこのアルバムの真の主役は Damon Che だ。批評家の Steve Huey はこう書いた。「Che のマニアックな爆発と、一瞬で拍子を変えるストップ・オン・ア・ダイム——それがバンドメイトたちの道標になった」と。「タコ」という異名を持つほど野放図な演奏スタイルで知られるが、その実態は極めて精密だ。Bandcamp Daily のインタビューで Che はこう語っている。「他のドラマーが埋めていない空間を埋めようとしていた。ブラシにたっぷり絵の具をつけて、リズムの景色全体を塗りつぶすような感覚だ」と。
そのドラムとギターの関係が独特で、ボーカルが存在しないため Che のドラムがリズム楽器と同時に「リード楽器」として機能する。ギターとベースが音の竜巻を作り出す中、ドラムがその中心軸を担う——これは一般的なロック・バンドの役割分担とは正反対の構造だ。
4/4拍子の中に5/4や7/8が平然と紛れ込み、ギターとドラムのアクセントがわざと一拍ずつズレていく。聴いているうちに、自分の平衡感覚がどこにあるのか分からなくなる——これが Don Caballero だけが到達した「数学的な陶酔感」だ。
複雑怪奇な構造なのに、音を浴びてみると不思議と身体が揺れる。ダンスフロアの揺れではなく、工場のプレス機が一定のリズムでガシャン、ガシャンと動くのを眺めている時のような感覚——そう言いたくなる。Battles に見られる「ループの快感」の原型がここに既に完成していることは、聴けばすぐわかる。ただ Battles よりもずっとストイックで、ずっと冷たい。その冷たさが好きかどうかで、このバンドとの相性が決まると思っている。
楽曲解説
Fire Back About Your New Baby’s Sex
タイトルからして食えない曲だが、中身はもっと凄まじい。イントロのシンバルの残響から、いきなりパズルのようなギター・リフが始まる。一見バラバラの方向を向いているドラムとギターが、ある瞬間ピタリと「点」で合う。
特に1分35秒あたり、ギターが一瞬きらめくように静かになる瞬間がある。詩的で、どこか憂鬱な美しさがある——毎回そこで不意をつかれる。機械の歯車が噛み合うような精密さから爆発的なエネルギーが生まれる、という矛盾がこの曲に凝縮されている。
Che のダブル・バス・ドラムの使い方もこの曲で際立っている。圧倒的な音量を持ちながら、決してやりすぎない——そのバランスの取り方が、このバンドのドラミングの本質をそのまま示している。
Haven’t Lived Afro Pop
タイトルに「アフロ」とあるが、陽気な踊れる曲ではない。Williams のループされたギター・レイヤーが積み重なり、Eric Emm のタッピング・ベースラインがリフへと変化し、そこにさらに別のタッピング・ギターが加わる——Steve Reich のミニマリズムを想起させる、美しいサイケデリックな音景色が広がる。
同じリフがしつこく繰り返されながら徐々にテクスチャーが変化し、その間もドラムは拍を裏切り続ける。笑いたいのか怖いのか、最後まで判断がつかない。
前半に登場するベースの存在感がこのアルバムで随一だ。アルバム中で初めてベースが音響の前景を支配する瞬間があり、Emm がこのトリオの3本目の柱として機能していることをここで思い知らされる。
You Drink a Lot of Coffee for a Teenager
個人的に、このアルバムで最もアドレナリンが出る曲だ。タイトル通り、コーヒーを飲みすぎた時のような焦燥感と多動感に満ちた疾走曲。高速で刻まれるクリーントーンのギターと Che のドラミングが、変拍子の連鎖を止めることなく最後まで突っ走る。
The Mars Volta の疾走感に近いものがある。ただし Don Caballero には歌声も叙事的な展開もない。純粋に楽器だけで同じテンションを維持しきる——それがどれだけ難しいことか、この曲を聴けばわかる。
変拍子の連鎖が止まらず、最後は崩壊していくようなスリルがある。Battles の「ループの快感」の原型が、ここで既に完成している。
The Peter Criss Jazz
アルバム最長の10分36秒。Don Caballero のテクスチャー面での絶対的な頂点だと思っている。冒頭の2分半——ブライアン・イーノのポリリズム的な音響を、ヘヴィなドラムが支えるあの場所——だけで、このバンドが何をやろうとしていたのかが伝わってくる。
後半では、酔っ払った Jimmy Page が「Fool in the Rain」のコードをほぼ無意味なパターンでループし続けるような、奇妙なギター・パートが登場する。その混沌に Che がリズムの論理を見出し、ドラムを合わせていく。この「論理を見つける」という行為がそのまま音として聴こえるのが、この曲の特異なところだ。
終盤、大気のような幻想的なギター・トーンが空間を満たし、そのままアルバムは幕を閉じる。
まとめ
『American Don』は、知名度が低いままひっそりと語り継がれてきた作品だ。しかしマス・ロックを真剣に聴くなら、避けては通れない。
Battles、Toe、Tricot——2000年代以降に生まれたマス・ロックの系譜は、この作品が引いた線の上に乗っている。Williams はこのアルバムの後に Battles を結成し、より広いリスナーにその方法論を届けた。でも Don Caballero のほうが先にいた。そしてより深いところにいた。
本作よりヘヴィなサウンドが好みなら、3rd『What Burns Never Returns』も合わせて聴いてほしい。Don Caballero というバンドの、もうひとつの顔が見える。

