Animal Collectiveの『Merriweather Post Pavilion』は2009年1月6日にリリースされました。
Pitchfork、Spin、Entertainment Weeklyなど主要メディアの年間ベストを総なめにした一枚で、Metacriticによれば2009年で最も批評家に称賛されたアルバムです。Billboard 200でも13位を記録しました。
このアルバムが生まれる直前、ギタリストのJosh “Deakin” DibbがStrawberry Jamのツアー後に突然「しばらく休む」と言い出した。バンドからギタリストがいなくなった。
普通ならピンチですが、残った3人——Panda Bear、Avey Tare、Geologist——は「じゃあギターなしでやろう」と割り切った。その開き直りがこのアルバムを生んでいます。
制作背景
録音はミシシッピ州オックスフォードのSweet Tea Studiosで、プロデューサーはGnarls Barkleyの「Crazy」を手がけたBen Allenを起用しました。
Geologist曰く「低音域の専門知識が目当てだったけど、ヒップホップだけじゃなくもっと幅広い趣味を持っていたのが決め手だった」とのこと。
録音中は携帯もコンピューターも持ち込み禁止というストイックな環境で、Allenは「あの1ヶ月、スタジオにいたのは私とアシスタントとバンドだけ。小さな町で誰も彼らのことを知らなかった。ひたすら作業した」と振り返っています。
Dave Portnerはこのスタジオを「今まで入った中で最もバイブがある場所。たまたまNeve 8038のデスクが置いてあるリビングルームで音楽を作っている感じ」と語っていました。
リリース前、クローザーの「Brother Sport」がフランスの音楽ポッドキャストにリークされてしまうというハプニングがありました。
楽曲はPitchforkを含む多くのブログに拡散されたが、その「フライング公開」が逆にアルバムへの期待を高める結果になった。
音楽性
このアルバムの音楽性を一言で言うのは正直難しい。強引に言えば「フロアを想定したサイケデリアのポップ化」でしょうか。
ギターが消えた代わりに、ローランド製サンプラーとJuno-60のアルペジエーターが前面に出てきます。以前のフリーク・フォーク的な音楽性とかけ離れたものになっていて、この鮮やかな変身こそ彼らのポテンシャルの表れだと思います。
電子的な音が支配的だが、ドラムはNoah LennoxがSweet Teaのグレッチのキットを実際に叩いて録音したもの。
それをエフェクトで処理することで「アコースティックなのに電子的に聴こえる」という不思議なビートになっています。SpinはBeach Boysのハーモニー、アフリカンのトライバルチャント、ミニマルテクノ、サイケデリア、ダブの融合と評しましたが、納得感がある。
和声面では、このアルバムは「コード進行の単純さと音響テクスチャの複雑さの逆転」が最大の特徴です。
「My Girls」はCメジャーという最もありふれた調を軸に、ほぼ全編にわたってCに留まり続ける。進行上はほとんど動かないのに退屈にならないのは、Juno-60のアルペジオが一定速度で動き続けるなかボーカルのテンポが変化することで生まれるズレ感と、音色の変化が別の次元で絶え間なく動き続けるからです。
コードの代わりに音響テクスチャが感情を動かすという、このアルバム全体の方法論がここに凝縮されています。
AveyとPanda Bearのツインボーカルも、このアルバムでは彼ら史上最もポップな形で機能しています。
二人の声がリバーブの海の中で溶け合ったり分離したりする。「競合する二つのエネルギー」じゃなくて「一つの有機体の二つの側面」みたいな感じで、それがこのアルバムの温かみの正体だと思います。
楽曲解説
In the Flowers
静かな導入部から突然ビートが爆発する構成。
ループするシンセのアルペジオが同じ音型を繰り返しながら少しずつ層を重ねていき、ドラムが入った瞬間に音楽の次元が変わります。
Geologistが「ラグーンの水中で演奏しているコンサートのイメージ」と語った通り、「水中からの浮上」がそのまま音になっています。
My Girls
Panda Bearが当時生まれたばかりの娘と妻への愛情を歌った曲で、Pitchforkの2009年ベストソング1位です。
Cメジャーを基調に、イントロのJuno-60はCの第2転回形(G・E・C)を高速で繰り返し続ける。曲全体は120bpmの4/4拍子で動きますが、このアルペジオが一定速度を保ったままボーカルのテンポや音楽の密度が変化していくため、聴き手は絶えずズレを感じながら引っ張られていく。
2分15秒ほどCに留まり続けた後、初めてFへと動く——そのたった一歩の移動が、まるで別世界への扉が開くように響きます。
「お金はいらない、女の子たちに安らかな家を与えたいだけだ」という核心が、このシンプルな和声の上にそのまま乗っています。
Summertime Clothes
夏の夜に恋人と街を歩く情景を描いた、アルバムで一番踊れる曲。
ヴァースはBミクソリディアン(Bメジャーの7度がA♮に下がったモード)で動き、コーラスでEメジャーへと転換します。「夏の夜の解放感」が音楽的に体現されている。
四つ打ちのビートとシンセのループが絡み合って、Animal Collectiveがここまでポップに振り切ったのはそれまでなかったと思います。
Daily Routine
水滴とJuno-60のアルペジオが加速しながら入ってくるイントロだけで、このアルバムの設計の緻密さがわかります。
日常の繰り返しの中にある美しさと倦怠感を、音楽的モチーフの反復で表現している。繰り返しが心地よさになるか苦痛になるかの境界線上を、絶妙なバランスで歩いている曲だと思います。
Brother Sport
リリース前にフランスの音楽ポッドキャストにリークされてしまったクローザー。
F#メジャーを基調に、F#・B・C#という1・4・5のシンプルな進行が、後半にかけてドラムとボーカルが重なり合いながら加速していきます。
Panda Bearが父親の死を乗り越える過程で書いたとされるこの曲の終盤の爆発は、何度聴いても胸に刺さる。アルバムを通して積み重なったエネルギーが一気に解放される、完璧な幕引きです。
まとめ
個人的に、このバンドは「難しそう」という先入観を持ったまま長い間敬遠していました。Animal Collectiveという名前のとっつきにくさと、「玄人向け」というネットのイメージが邪魔をしていた。
でも実際に聴いてみたら、My Girlsのループが始まった瞬間から体が動いた。難しくもなんともない。ただ気持ちいい音楽だった。
Geologistはアルバムのビジョンをこう語っています。「ラグーンがあって、そこで僕らが水中のMerriweather Post Pavilionで演奏しているコンサートのイメージ」と。
このアルバムを聴くたびに、その水の中に少しずつ沈んでいくような感覚がある。それがこのアルバムのどうにもならない引力だと思います。

