ビヨンセ(Beyoncé)おすすめ名盤『Renaissance』レビュー|ブラック・ダンス・ミュージックの歴史が凝縮された、2022年最も偉大なアルバム

ビヨンセ(Beyoncé)おすすめ名盤『Renaissance』レビュー|ブラック・ダンス・ミュージックの歴史が凝縮された、2022年最も偉大なアルバム R&B / Soul / Funk

Beyoncé の『RENAISSANCE』は、2022年にリリースされた7枚目のスタジオ・アルバムだ。前作『Lemonade』から6年ぶり。Beyoncé 自身が「3部作の第1章」と位置づけ、パンデミック中に制作した。Honey Dijon、Nile Rodgers、Skrillex、A.G. Cook ら多彩なプロデューサーが参加している。

Metacritic で91点。ローリング・ストーン、ピッチフォーク、LA タイムズ、ニューヨーク・タイムズ、NPR——主要メディアのほぼすべてが2022年の年間ベスト1位に選んだ。65回グラミー賞では8部門にノミネートされ4冠。Beyoncé はこれにより歴代最多グラミー受賞者(32冠)となった。Rolling Stone の「500 Greatest Albums of All Time」改訂版でも71位に入っている。

「ブラック・ダンス・ミュージックの進化史を1時間に凝縮したマスタークラス」——そう形容したくなる気持ちはわかる。ただ聴いていると、そんな大仰な言葉は吹き飛んでしまう。体が動く。それがすべてだ。

制作背景——Uncle Jonny という出発点

このアルバムの出発点には、一人の人物がいる。Beyoncé の母方の従兄弟で、彼女が「Uncle Jonny」と呼んでいた人だ。ゲイであることを誇りを持って生き、幼い Beyoncé をダンスフロアへ連れ出し、プロムドレスを手作りした。AIDS 関連の合併症で亡くなった Uncle Jonny への追悼が、このアルバムの核にある。

ライナーノーツで Beyoncé はこう書いた。「彼は私のゴッドマザーであり、このアルバムのインスピレーションとなった多くの音楽とカルチャーに最初に触れさせてくれた人。長い間認められることなかった、すべての先駆者たちへ。これはあなたたちへの祝福です」と。

パンデミックで世界が孤立していた時期、Beyoncé がたどり着いたのは「ナイトクラブとダンスフロアが生み出してきた、解放のための音楽を祝いたい」という衝動だった。その衝動が、Uncle Jonny の記憶へ、ブラック・クィア・カルチャーの歴史へと彼女を引き戻した。

アルバムには多くのブラック・クィアアーティストが参加している。トランスの DJ・プロデューサー Honey Dijon が「ALIEN SUPERSTAR」と「COZY」を手がけ、バウンス・ミュージックのパイオニア Big Freedia が「BREAK MY SOUL」に参加した。故ドラッグスターの Moi Renee や Kevin Aviance のボイスサンプルも使われている。

メインストリームから長く遠ざけられてきた人々の文化を、世界最大の舞台で主役として鳴らす。そのための布陣だ。

音楽性

このアルバムの音楽的なルーツは、1970年代のディスコから1980〜90年代のシカゴ・ハウスへと直接つながっている。Sylvester、Donna Summer、Chic——それぞれの時代のサウンドが、ギターのカッティングとハイハットのパターンに直接刻まれている。

「BREAK MY SOUL」は Robin S の「Show Me Love」(1990年)のシンセ・ラインを引用し、「SUMMER RENAISSANCE」は Donna Summer の「I Feel Love」(1977年)のベースラインとコーラスの構造を丸ごと借りている。NOVA Wav のプロデューサー Blu June はこう語っている。「Beyoncé がアルバム全体を通じて Donna Summer からインスピレーションを受けていた。だから最後の曲で、その歴史をリスナーに直接届けたかった」と。

サンプリングとインターポレーションは全16曲中10曲に及ぶ。ただ素材を借りてくるのではなく、まったく別のコンテクストに移植することで新しい意味を生む。その編曲の深さを、ある批評家は「リズムと和声の知識において Prince と Stevie Wonder と並べるべき域にある」と書いた。その評価、個人的には過言ではないと思っている。

このアルバムの最大の達成は、16曲・1時間2分がひとつの切れ目なく流れることだ。1曲目「I’M THAT GIRL」から最終曲「SUMMER RENAISSANCE」まで、巨大なDJセットのように繋がっている。ハウス、ディスコ、バウンス、R&B、アフロビーツ——ジャンルが次々と変わりながら、グルーヴの密度は一度も落ちない。

ただし問題がなかったわけではない。Kelis の「Milkshake」のサンプル使用に際して本人への通知を怠ったとして、Kelis が公に怒りを表明した。結果的に当該パートはストリーミング版から削除された。また「HEATED」に使われた ableist スラングが障害当事者から批判を受け、修正もされた。引用の密度が高いぶん、クレジットと許諾の問題が付きまとった作品でもある。

楽曲解説

BREAK MY SOUL

アルバムのリード・シングル。Robin S の「Show Me Love」のシンセ・ラインを引用しながら、Big Freedia の「Explode」からのサンプルが「Release your wiggle(体の揺れを解放して)」と命じる。

「Show Me Love」はもともとブラック・クィア・カルチャーのアンセムだった。2022年の世界最大のポップスターがそれを正面から引用した——その事実に意味がある。「パンデミックで失ったものを取り戻せ」というメッセージが、歴史への参照と重なって響く。

イントロのキックドラムが入ってくる瞬間——そこで体が自動的に動く。理屈ではなく、反射として。

ALIEN SUPERSTAR

Honey Dijon と Green Velvet が手がけた、アルバム随一のクラブ・トラックだ。「私は比類ない存在だ」という Beyoncé の宣言が、ハウスの反復するビートの上でひたすら積み上がっていく。

Right Said Fred の「I’m Too Sexy」(1991年)のインターポレーションが仕込まれている。90年代には嘲笑的なユーモアとして鳴っていたその旋律が、ここでは高らかな自己宣言に変わる。同じメロディが、文脈ひとつでまったく別の意味を持つ——その転倒が面白い。

シカゴ・ハウスのレガシーを正確に引き継ぎながら、2022年の音として仕上げた。クラブで聴いたときに最大の威力を発揮する曲だ。

CUFF IT

Nile Rodgers がライティング・クレジットに名を連ねた曲で、シックの精度でギターのカッティングが刻まれる。70年代ファンクの陶酔感と現代のプロダクションが同時に鳴る——「過去と未来が重なる瞬間」の快楽が、このアルバムで最もわかりやすく体感できる。

Teena Marie の「Ooh La La La」(1988年)のサンプルも引用されており、80年代 R&B のなめらかな質感が全体に浸透している。Beyoncé のボーカルがこの曲でいちばんリラックスしていて、その脱力感がかえってグルーヴを深くしている。

PURE/HONEY

ボール・シーンへの最も直接的なオマージュだ。故ドラッグスター Moi Renee の「Miss Honey」と、Kevin Aviance の「C***y」のボイスサンプルが骨格を作る。1980年代のニューヨーク・アンダーグラウンドで生まれた文化が、世界最大の舞台に引き出された瞬間だ。

前半のハウス・グルーヴから後半のディスコへと曲の骨格が大きく変わる。その切り替わりの瞬間——構造が変わるのに、グルーヴの熱は一切落ちない——ここにこのアルバムの編曲の精度が凝縮されている。

SUMMER RENAISSANCE

Donna Summer の「I Feel Love」(1977年)のベースラインとコーラスを引用した、アルバムの締めくくり。Giorgio Moroder が設計したあの電子的なビートの骨格を、Nova Wav が2022年の音に焼き直した。

「I Feel Love」は Rolling Stone の「史上最も偉大なダンス・ソング」で1位に選ばれた曲だ。アルバム全体の精神的なルーツを、最後の曲で正面から引用して幕を閉じる。1977年から2022年への直線が、ここで結ばれる。

アルバムが終わると、もう一度最初から押したくなる。それがこの曲の設計だと思っている。

まとめ

『RENAISSANCE』はダンス・アルバムだ。ただし「ただ踊れる」だけではない。シカゴ・ハウスの創始者たち、バウンス・ミュージックのパイオニアたち、1970年代ディスコの開拓者たち——長く遠ざけられてきた人々の文化が、世界で最も聴かれるアーティストの手で正当な場所に置かれた。

Uncle Jonny がダンスフロアで出会った音楽を、Beyoncé は世界中のスピーカーで鳴らした。追悼の形として、これ以上のものはなかなか思いつかない。

体を動かすことが許されなかった時代の後に、体を動かすことを促す音楽として。2020年代のポップ・ミュージックが到達した、最も豪華で最も知的なパーティーの記録だ。

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