Red Hot Chili Peppersの『Blood Sugar Sex Magik』ほど、「音楽とは肉体そのものだ」と思わせてくれるアルバムはありません。
初めて聴いたのは高校生のとき。イヤホンをつけた瞬間に体温が上がるのを感じて、「これが”生命力”ってやつか」と思いました。彼らの音は不思議な熱を持っている。
1991年にリリースされた5枚目のアルバム。プロデューサーはRick Rubinで、1991年5〜6月の7週間で基本トラックを録音しました。Billboard 200で最高3位を記録し、全米7×プラチナ、ワールドワイドで1400万枚以上を売り上げています。
制作背景
バンドは前作『Mother’s Milk』(1989年)の制作で、商業的な縛りをかけるプロデューサーとの関係に疲弊していました。
EMIを離れてWarner Bros.と新たに契約し、次のアルバムでは「自分たちの音を出せる」環境を探し始めます。
プロデューサー候補にRick Rubinの名前が挙がったとき、Kiedisは最初乗り気ではありませんでした。「SlyerとDanzigの連中を手がけた人間だ。レッチリはずっとポジティブなエネルギーを大事にしてきた。うまくいくわけない」と感じていた。
しかし実際に会ってみると話は変わった。「完全にオープンマインドで、自由で、安心させてくれる人だった」——Kiedisはのちにそう語っています。
Rubinが提案したのは、Laurel Canyon Boulevardにある1917年築の10部屋の邸宅での録音でした。かつてHarry Houdiniが住んでいたと言われる屋敷で、BeatlesとJimi Hendrixも一時期滞在したとされています。
Kiedisは「スタジオに入るたびにいつも窮屈でハイテクすぎた。実際に家に住んで録音したら、どれだけ温かくなれるか試したかった」と語っています。
「あの邸宅でいいドラムの音は出ない」——当初、ドラムの専門家たちは口を揃えてそう言いました。
バンドはその言葉を無視し、さまざまな部屋や廊下を試しながら最良のポジションを見つけ出した。Chad Smithを除く全メンバーが邸宅に住み込み、7週間、ほぼ外部と遮断された状態で作業しました。
Rubinの方針は「圧力をかけない」でした。「毎朝起きて、その日一番感じるものを演奏した。花が育つように音楽を作った」とFruscianteは語っています。
「Under the Bridge」が生まれた経緯は特別です。
Rubinがある日Kiedisの家でノートを見ていて、一篇の詩を見つけました。Kiedisが薬物に依存していた時代、ロサンゼルスのダウンタウンの橋の下で孤独に過ごしたときの記憶——そのことを書いた詩を、Rubinは「これは何だ?」と訊いた。
Kiedisはバンドのメンバーに見せたことがなかった。「彼が心を開いているのが分かった。言葉が美しかった。まだ歌われてすらいなかったが、その言葉だけで特別なものだと分かった」とRubinは語っています。
音楽性
このアルバムの核心は、引き算の美学です。
前作まではFleaのスラップ・ベースが前面に出る派手な演奏が特徴でしたが、今作ではRubinの指針のもと全員が「聴く側」に回るアプローチを取っています。
Fleaは「自分が『凄腕ベーシストだぞ』と証明しようとするのではなく、ただ聴くことを考えた」と語っていて、スラップはほぼ「Naked in the Rain」にしか出てこない。その分、ベースがグルーヴの骨格として機能し、Fruscianteのギターが点描画のように繊細な線を引いていく。
Fruscianteのギターは、ディストーションはアンプを直接オーバードライブさせることで作っています。音の線がクリアで、各弦の動きが分離して聴こえる。
ここがこのアルバムの音の「乾き」の正体です——余計なリバーブもなく、ドラムも生音に近い。スネアの「パシッ」という一打の輪郭が、スピーカーの外まで出てくる感触があります。
ファンク、ラップ、ハードロック、バラードが一枚に詰め込まれているのに、全部「ひとつの身体」として機能しているのはなぜか。それはリズムの設計が一貫しているからだと思います。
Chad Smithのドラムは『Mother’s Milk』の頃の重いロック的な叩き方を捨て、よりソウル・ファンク的な粒の立ったアプローチに変えています。テンポが変わっても、ジャンルが変わっても、同じ体温のグルーヴがそこにある。
Kiedisのボーカルも、歌うというよりリズムを奏でています。速い曲ではラップに近いフロウでビートを刻み、スローでは母音を伸ばして感情の振れ幅を描く。
その変化が堪らなく人間的で、ふとした瞬間に孤独と喪失の影が覗くところが好きです。
影響という点では、James Brown、George Clinton、Jimi Hendrix、そしてKiedisが長年傾倒してきたLAパンクの系譜がある。
このアルバムが後のミクスチャー・ロックの参照点になり続けているのは、ファンクとロックとラップを「混ぜた」のではなく「同じ体温で鳴らした」ことに理由があります。
楽曲解説
The Power of Equality
アルバムの幕開け。ベースとドラムの波が一気に心拍数を上げてくる、宣戦布告のような1曲目です。
政治的なメッセージをこれほどグルーヴィーに叩き込んだ曲は、なかなか思い浮かびません。
キーはEマイナー。FleaのベースラインがSmithのドラムとほぼユニゾンで動き、その上にFruscianteの短いリフが刺さってくる。歌詞はKiedisが当時強く感じていた人種差別と社会的不平等への怒りを直接的な言葉で書いたもので、ラップとロックの語法がこの曲ではほぼ同率で共存しています。
アルバムの「入口」として、これ以上ないエネルギーの設定をしている。
Give It Away
ファンク・ロックの代表曲として語られる一曲。最初に聴いたとき、音数の少なさに驚きました。
でも「少なさ」がここまで躍らせるんだという衝撃がある。シンプルなリフが体の芯まで食い込んでくる。
リフの発想はNina Hagen(ドイツのパンク歌手)との会話から来ていると言われています。「持っているものを全部与える——そうすることで宇宙があなたにもっとくれる」という考え方をKiedisが歌詞にした。
Fruscianteのワーミー・ペダルを使った滑り下がるリフは、当初Warnerの担当ラジオ局に「メロディがない」として放送拒否されましたが、KROQが連日流したことで全米に広がっていった、という経緯があります。
Suck My Kiss
攻撃的で官能的な、アルバムの中で最も直線的な曲。音のエッジが立っていて、骨まで響く感じがする。
FleaとSmithのリズム・セクションが最も「ライブ録音」に近い感触を持つ曲で、ドキュメンタリー『Funky Monks』ではこの曲の録音風景が映し出されています。
Fruscianteのギターは短いチョップで畳み掛けるように入り、Kiedisのボーカルは口から出てくる言葉というより体の動きそのものみたいです。
Breaking the Girl
拍の取り方がゆらいでいて、美しくも不安定なリズムを持つ曲。アコースティックな響きなのに、心臓の奥を揺らすような深みがある。聴くたびに引き込まれます。
ミドル・セクションのガラクタ楽器を使った打楽器アンサンブルはRubinの提案から生まれました。この部分の録音は邸宅の庭で行われたとされています。
歌詞はKiedisのかつての恋人との関係——「自分が彼女を壊していた」という痛みの記憶——から書かれていて、ファンクやロックとは別の感情的な深さがこのアルバムにあるという証拠のような曲です。
Under the Bridge
アルバムの最大のヒット・シングルであり、バンドの代表曲。
静けさの中に心が丸裸にされるようなバラードで、深夜にひとりで聴くと、街灯の下を歩く自分の姿が勝手に頭に浮かびます。孤独なのに、どこか優しい。
Kiedisがノートに書き留めていた詩をRubinが発見したことで生まれた曲です。ヘロイン中毒だった時代、ロサンゼルスのダウンタウンの橋の下で孤独に薬を打っていた記憶——しかしその2年後、Kiedisは断薬していた。
詩の背景にあるのは自己嫌悪ではなく、「あの頃より今はずっとましだ。でも今の孤独はそれはそれで痛い」という複雑な感情です。
キーはEメジャー。ヴァースはオクターブのアルペジオが静かに積み上がり、コーラスに向かってFruscianteのギターが開いていく。最後のコーラスが膨らんでいく部分で、何度聴いても胸が熱くなります。
Kiedisはこの曲をバンドに見せることを最後まで躊躇っていた——「こんな個人的なことをバンドの曲にできるか」と。それでもRubinが押し通した。それが正解だったのは今となっては言うまでもありません。
まとめ
批評家たちが当時「ファンク、ラップ、メタルの精密な融合」と評したのも頷けます。
でも私には「精密」というより「爆発が制御される直前のスリル」に聴こえる。暴走寸前でギリギリ踏みとどまる17曲のエネルギーの奔流を、よくぞこの形で留めたなと思います。
完璧ではない。曲数が多くて、アルバムの後半になると少し集中力が切れてしまう自分もいます。
とはいえ、それも含めてこの作品の魅力なのだと思う。完璧に仕上がっていないからこそ、人間らしい。
セクシャルで享楽的な曲と、悲しみを抱えた曲が同じ作品の中で自然に共存している——派手なファンクの裏にある内省、光と影が同じ血で繋がっている感じが、このアルバムを聴くたびに感じることです。
今でも最初から最後まで通して聴くと体力を持っていかれます(笑)。けれど、聴き終えると不思議と疲労じゃなく爽快感が残る。
何度聴いても音の奥からまだ新しい生命力が立ち上がってくる——30年経っても色褪せないその衝動こそが、『Blood Sugar Sex Magik』の正体だと思います。

