ヴァンパイア・ウィークエンド(Vampire Weekend)おすすめ名盤『Modern Vampires of the City』レビュー|古典的和声の設計思想が生んだ、テン年代インディ・ロックの頂点

ヴァンパイア・ウィークエンド(Vampire Weekend)おすすめ名盤『Modern Vampires of the City』レビュー|古典的和声の設計思想が生んだ、テン年代インディ・ロックの頂点 Indie Rock / Indie Pop

Vampire Weekendの『Modern Vampires of the City』(2013年)は、バンドの三部作の完結編にして、インディ・ロックという枠を静かに超えてしまった一枚です。

チャーミングなアフロポップから出発したバンドが、ここでは死、信仰、老い、時間の不可逆性といったテーマを正面から扱い、サウンドもまったく別の場所に着地しています。

2013年5月14日にXL Recordingsからリリースされた3枚目のアルバム。プロデューサーはRostam Batmanglij(バンドの共同作曲者・マルチ奏者)と、外部プロデューサーとして初めて迎えたAriel Rechtshaid(Usher、Madonna、Adeleを手がけてきた人物)の共同名義です。

Billboard 200で初登場1位を記録、グラミー賞最優秀オルタナティブ・ミュージック・アルバムを受賞し、Rolling Stoneの「最も偉大なアルバム500選」(2020年版)の328位に選出されました。

制作背景

前作のツアーが終わった後、バンドはいったん休止します。各メンバーはソロや外部プロジェクトに散り、Rostamはソロ音源やDiscoveryの制作を、Koenig(ヴォーカル・ギター)はBeats 1のラジオ番組を、Baio(ベース)は映画音楽を手がけた。2011年に再集結してからも、締め切りなしで1年以上かけて曲を書き続けた。

曲作りの方法は2通りでした。RostamがドラムやベースラインやコードのデモをKoenigに送り、Koenigがメロディと歌詞を書く。あるいはKoenigがメロディと歌詞の断片を持ち込んで、2人でサウンドを設計する。

この往復作業の多くはRostamのブルックリンのアパートで行われ、マサチューセッツ州のマーサズ・ヴィンヤードで数日の「作曲合宿」も行われました。「Everlasting Arms」「Hudson」「Don’t Lie」はその合宿で生まれています。

Rechtshaidの招聘はRostamにとって「新しいことをしなければ死ぬ」という危機感の表れでした。「fresh and new, or die!」——これが今作の制作の合言葉だったとRechtshadは語っています。

2人はそれぞれ新しいMacBook Proとソリッドステート・ドライブに投資し、仮想楽器を無制限に使えるマルチトラック・セッションを構築しました。

Rostamは後にこう振り返っています——「第3作は完全にエレクトロニック・ミュージックだ。非常にオーガニックに聴こえることは分かっている。でも電子音楽が作られる方法で作られたものだ」。

実際、アルバムのドラムもベースもギターも、その多くはAbleton Live上で設計されたもので、Chris Tomsonらが後からそれを「人間の演奏」として肉付けする形を取っています。

音楽性

このアルバムの最大の特徴は、「電子音楽なのに温かく聴こえる」という逆説にあります。Rostamはミックスとマスタリングで一貫して「ウォームネス(温かみ)」を追求し、全員で複数のヘッドフォンで聴き直して「一瞬も耳が痛くならない」ことを確認した。

「ウォームサイドに振ることを厭わない。でも業界はそれを恐れている。今出てくる新譜の明るすぎる音を聴いてみろ——僕らは一秒たりとも耳障りにならないように必死に作業した」とRostamは語っています。

和声面での特徴は、コード進行の設計に「古典的な声部進行の論理」が入り込んでいることです。RostamはColumbiaで音楽を専攻し、古典和声を正式に学んでいます。このバックグラウンドが、アルバム各所に顔を出します。

チャーチ・オルガン、ハープシコード、シンセ・ストリングス——これらが「歴史的な音のレイヤー」として重なり合って、「現代の都市で生きる古さ」というアルバムのテーマを音として実現しています。

楽曲解説

Obvious Bicycle

アルバムのオープナーにして、バンドのそれまでの疾走感とはまったく違う空気を設定する一曲。Koenigが2010年のツアー中のサウンドチェックで書き始めたと言われています。

ゆったりした4/4拍子の上に、チャーチ・オルガンの柔らかい和音が広がる。コード進行はIV-I中心のシンプルな設計ですが、その「解決感の強い」進行が繰り返されることで「懐古的な安定感」が生まれる。

Koenigのボーカルは語りかけるように静かで、「君はもう始めるべきだ、明らかなことに気づくべきだ」という歌詞の直接性が音と呼応しています。バンドにとっての「スタイル変化の宣言」として機能した一曲です。

Unbelievers

アルバム中最もポップに仕上がったトラック。シングルとしてもリリースされ、「信仰を持てない者たちが地獄に落ちるなら一緒に落ちよう」という逆説的なロマンチシズムが歌われています。

ギターのカッティングとドラムのタイトさが最初の2作を思わせる一方、サビのコーラスに重なるバック・ボーカルのアレンジが今作の新しさを示しています。

バスラインがコードのルートから外れてペダルポイント(持続低音)的に機能する部分では、上声部のコードがそのまま「テンション・コード」として響く——これがあの「懐かしいのに予想外」というサウンドの正体の一つです。

Step

パッヘルベルの「カノン」進行をハープシコード・サンプルで呼び込み、その上にYZとSouls of Mischiefを経由したヒップホップの語法が乗る。「バロックとヒップホップの直結」というコンセプトが最も純粋に結実した曲です。

ハープシコード・サンプルはパッヘルベルの「カノン」のコード進行(I-V-vi-iii-IV-I-IV-V)をそのまま使っていて、その上にヒップホップのビートとKoenigの気だるいボーカルが乗る。Rostamの「コード進行は普遍的なもので、時代は問わない」という考え方から来ています。

Koenigはリリース10周年にこう書いています——「あのオルガンのドラム・パターンと下降するコード進行が深く心を動かした」。コードが降りていく一方でボーカルが上昇する、その「逆行的な声部進行」があの独特の切なさを生み出しています。

Don’t Lie

マーサズ・ヴィンヤードの合宿で生まれた一曲。アコースティック・ギターの録音はRostamのデスクトップに入ったままの音がそのまま最終テイクになっています。

アルバムで最もアコースティックな質感を持つ曲で、シンプルなI-IV-V-IVのループが、歌詞の「嘘をつくな」という反復的な訴えと重なって催眠的なグルーヴを生む。間奏のギター・フレーズはほぼ「コードを弾いているだけ」なのに、その弦の倍音の重なりが空間を満たしていく。

Ya Hey

アルバムの精神的な核心。神の名前と向き合い、「あなたは現れてくれるのか」と問い続けるKoenigの歌詞は、このアルバムの死と信仰というテーマが最も凝縮された形で出ています。

Evenide 910とH949ハーモナイザーで処理されたボーカルが、曲の冒頭で人声なのか楽器なのか区別のつかない倍音の霧を作る——あの出だしは、「神の声を人間の言語で表現しようとすること自体の不可能性」を音で示しているようにも聴こえます。

コードのその揺れが調性の「中心」を解決しないまま進行し続け、曲が終わっても答えが出ない——その設計が歌詞のテーマと完全に一致しています。

Hannah Hunt

アルバムの感情的なクライマックス。ニューヨークからサンタバーバラへの旅を描いた物語詩的な構造を持ち、「和声の遅延→解放」という設計がこのアルバムで最も劇的に機能する曲です。

前半はほぼ静止した和声の上でメロディが淡々と進み、後半でコードが動き出し、ラスト近くでKoenigの声が限界まで張り上がる——あの瞬間、初めてコードが完全に「解決」する。

この「和声の動きの遅延」は、歌詞の物語(2人の旅の静止と爆発)と完全にシンクロしていて、感情の爆発がコードの解決と重なる設計は、古典的なソナタ形式の「発展部→再現部」の構造と同じ論理を使っています。Christgauが「このバンドのキャリアで最も感情的な曲」と評した通り、泣けるのに感傷に流れない緊張感があります。

まとめ

RostamとKoenigの共同作業はこのアルバムを最後に——Rostamは2016年にバンドを離れました。RostamとKoenigの二人の化学反応が、このアルバムを作った。

「third Vampire Weekend album is fully electronic music」——Rostamのこの発言を知ってから聴くと、あの「温かみ」が人間の手ではなく設計の産物だと分かる。それでも温かく聴こえるのは、コード進行に古典的な声部進行の論理が入り込んでいて、キーボードが「歴史的な音のレイヤー」として積み重なっていて、ボーカルが倍音処理でひとつの楽器になっていて——それらが全部「人間の感情の設計図」として機能しているからだと思います。

死、信仰、老い。テーマは重い。でもこのアルバムは一度も重苦しくならない。それが『Modern Vampires of the City』の最大の謎であり、魔法です。

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