The Strokesの『Is This It』は2001年リリース。プロデューサーはGordon Raphael。
メンバーはJulian Casablancas(Vo)、Albert Hammond Jr.(G)、Nick Valensi(G)、Nikolai Fraiture(B)、Fabrizio Moretti(Dr)。
全11曲、33分という異常なタイトさ。NMEは10点満点をつけ、Billboard・Time・Entertainment Weeklyが2001年の年間ベスト1位に選んだ。
このバンドについて語る上で、Julian Casablancasの出自の話はどうしても外せない。
彼の父親はElite Model Managementの創業者で、世界を股にかけたファッション業界の大物です。Julianはニューヨークの高級フランス語学校に通い、10代でスイスの名門全寮制校に送られた。
卒業生にはベルギー国王やアガ・カーン4世といった名前が並ぶ学校で、そこでAlbert Hammond Jr.と出会っています。
なのに『Is This It』は、下町のガレージで生まれたような顔をしている。録音したのはEast Villageの薄暗い地下スタジオで、予算もほとんどない中で仕上げた一枚。
このギャップが、ずっと頭に引っかかっていた。
でも聴き込むうちに、それがこのアルバムの核心なんだとわかってきた。
Casablancasはエリートの文脈もストリートの衝動も両方知っていて、どちらにも完全には属せない。歌詞に漂う倦怠感や疎外感は、その「どこにも完全には根を張れない感じ」からきていると思う。
貧困の孤独でも富裕の孤独でもなく、場所を変えても結局自分の居場所がわからない人間の孤独。そこが刺さる。
制作背景
RCAと契約後、バンドはPixiesを手がけたGil Nortonと一度レコーディングを試みた。でも仕上がりを聴いたバンドが「気取りすぎる(too pretentious)」と全曲ボツにして、デモ段階から付き合いのあったGordon RaphaelとEast Villageの地下スタジオに戻った。
RCAのA&Rが不満を漏らしたのは言うまでもないけど、バンドは首を縦に振らなかった。
Raphaelの録音手法はシンプルだった。ドラムに3本、ギターとベースに1本ずつのマイク。
バンドはライブルームに集まって向かい合い、6週間かけてほぼ全員同時演奏で録った。
各楽器の音が他のマイクにも滲み込む。それがアルバムのざらつきを作っています。
Casablancasはボーカルを録るとき、声を小さなギターアンプに通して歌った。アンプで一度歪ませてから拾う。
後のインタビューでRaphaelが語ったところでは、Casablancasはこのアルバムのサウンドを「過去のバンドが未来にタイムトリップして作ったレコード」みたいに聴こえてほしいと言っていたという。
実際そういう音がしている。
批評家たちはこのアルバムをTelevisionやThe Stoogesと比較した。ただCasablancasたちはTelevisionを聴いたことすらなかったと言い、自分たちの参照点としてThe Velvet UndergroundとThe Doorsの名前を挙げた。
Casablancasはこう語っています。「Velvetが教えてくれたのは、ただ自分自身でいろということだった」と。
音楽性
このアルバムの印象を形作っているのは、まずRaphaelの録音手法にある。収録曲のいずれも11トラック以上を使っていない。
足すのではなく、削る。その結果残った音が、あのざらついた密度になっています。
二本のギターの役割分担も重要だ。Hammond Jr.のストラトが細く明るい音で「支え」に回り、Valensiのより中域の太い音が「攻め」に出る。
どちらがリードでどちらがリズムとはっきり決まっていないから、聴いていると両方を同時に追いたくなる。
その「どちらも追えない感じ」がグルーヴになっている。
そしてCasablancasのボーカルだ。ギターアンプに通して一度歪ませてから録った声は、感情を乗せているのに乗せているように聴こえない。
傷ついているのに、飽きているくらいの温度で歌う。
その「温度差」が逆に重さを際立たせていて、感情を乗せて歌ったらたぶん半分の重さにしかならない。
Casablancasはキーボードでアレンジを作り、それをギターパートに落とし込む書き方をすることで知られている。本人がギタリストじゃないから、ギタリストが自然には弾こうとしない運指が出てくる。
あの二本のギターの絡みはそういう構造をしているのではないか。
楽曲解説
The Modern Age
アルバム2曲目。同名のデビューEP(2001年1月)にも収録されていたが、アルバム用に再録音されています。
Dメジャーを基調に、ヴァースはD・Gのシンプルな往復で進み、コーラスでD/F#・Em・F#m・Aという動きへ展開する——D/F#からEmへベースが半音下がる動きが、あの「ぬるっと落ちる感じ」を作っています。
Casablancasはこのアルバムのタイトルを決める際、「The Modern Age」も候補だったと後に語っています。
曲名がアルバムタイトルにならなかったことで、逆に「このバンドの入口」としての役割を担うことになった。
Someday
一番好きな曲を挙げるなら、たぶんこれ。
Aメジャーを基調に、A・Bm・D・Aというシンプルな循環進行がヴァースを動かし、コーラスでA・E・F#mへと転換する。ロカビリーのスウィングを下敷きにしたリズムの上で、Hammond Jr.とValensiの二本のギターが食い違うようにかみ合っている。
片方が刻んで、もう片方がアルペジオを挟む。どちらが「リード」でどちらが「リズム」とはっきり分かれていないから、聴いてると体がどっちを追えばいいかわからなくなる。
でもその宙ぶらりんがグルーヴになっています。
歌詞は「In many ways they’ll miss the good old days」から始まる。20代前半の人間が、懐かしむには早すぎる年齢で、もう失ったものを数えている。
Casablancasの書く歌詞はいつもこの「早すぎる哀愁」があって、それがどの年齢で聴いてもなんとなく刺さる理由じゃないかと思っています。
Last Nite
Tom Pettyの「American Girl」のリフとの類似を指摘されて後に本人も認めた曲だけど、そんなこと知っていてもあのイントロが鳴り出すと体が反応する。
Cメジャーを中心に、C・Dm・G・Emという4コード進行が全体を動かす。ヴァースとコーラスで同じコードを使いながら、GのコードにベースがEmへと動くことで音の意味が変わる——それがあの「宙に浮くような感覚」の正体だ。
Hammond Jr.が弾くリズムギターはレゲエ的な刻み方で、その上にValensiのメロディが乗る。The Strokesのギターの面白さが一曲でぜんぶ出ています。
スタジオの環境音が曲中に残されていることはもっと語られていい。Raphaelが「環境音ごとリアリティを出す」という判断でそのまま残した。
「完成品らしく聴こえること」を最優先にしていた時代の録音文化に対して、これはかなり意図的な選択だったはずだ。
Hard to Explain
The Strokesのアンサンブルの精度がいちばんわかりやすく出ている曲で、アルバムのど真ん中に置いてあるのは正解だと思う。
イントロのValensiのリフは単音なのに異様に太い。Gメジャーを軸に刻む。
Hammond Jr.の細くて明るい音が支えに回る。
二本のトーンが役割を決めて補完し合っていて、ライブルームで向かい合って録ったから音が自然に混ざり合い、スタジオで作り込んだ感じがしない。
「I said it’s hard to explain」という言葉が曲を通して何度も戻ってくる。繰り返すたびに少しずつ重くなっていく。
最初の「言いにくいんだよね」が、最後には「どう説明しても無理なんだ」に変わっていくような感覚がある。繰り返しによって意味が変わっていく曲というのはそんなに多くない。
Take It Or Leave It
アルバムを締めくくる11曲目。
Cミクソリディアン——Cメジャースケールの7度がB♭に下がったモード——で動く。コードが落ち着くべき場所に落ち着かず、どこか宙ぶらりんな感触が残る。
それがアルバム全体の「倦怠感と疾走感が同時にある」という雰囲気の締めとして機能している。
詰め込まれた33分の最後に、同じテンションのまま終わっていく。
余韻より慣性。それがこのアルバムらしい幕引きだ。
まとめ
このアルバムが出てから、世界中でフォロワーが現れた。Arctic MonkeysのAlex Turnerが後に「The Strokesのひとりになりたかった」と書いたのは有名だし、影響を受けたバンドは数えきれない。
ただ真似できたのはスタイルで、Casablancasのあの「どこにも属せない感じ」だけは誰も再現できなかった。
Raphaelが「過去のバンドが未来にタイムトリップして作ったレコード」と表現したのはうまいと思う。リバイバルじゃなくて、過去への偏愛から生まれた何か別のもの。
だから20年経っても古くならない。

