映画級のスケールで魅せるポストロックの頂点|Godspeed You! Black Emperorおすすめ名盤『Lift Yr. Skinny Fists…』レビュー

映画級のスケールで魅せるポストロックの頂点|Godspeed You! Black Emperorおすすめ名盤『Lift Yr. Skinny Fists…』レビュー Post-Rock / Math Rock

2000年に世界に放たれた、Godspeed You! Black Emperorのセカンド・スタジオアルバム『Lift Yr. Skinny Fists Like Antennas to Heaven!』。

Metacriticで84点という高得点を叩き出し、今日に至るまで「ポストロックの頂点」として幾度となくその名が参照されるまさに金字塔です。

制作背景

録音が行われたのは2000年2月。トロントのChemical Sound Studiosにて、エンジニアのDaryl Smithとともに9日間にわたるセッションが繰り広げられました。

スタジオでの生々しい熱量と、モントリオールの自前の拠点Hotel2Tangoに蓄積された膨大なテープ断片。その衝突が、このアルバムの骨格を成しています。

ギタリストのEfrim Menuckは、楽曲の構成に自身の映画制作の経験が直接的に投影されていると語りました。音楽の断片とフィールドレコーディングを編み上げていく手法を、彼は「映画のフィルムを編集するように考えた」と表現しています。

ARCOのコンビニから流れるスピーカーアナウンス、狂信的な説教師の独り言、コニーアイランドの記憶を辿る老人の声、そしてメンバーであるMike Moyaによる素朴なフォークソング……。それら市井の人々の断片が、物語の重要なピースとして埋め込まれています。

音楽性

本作が提示したのは、ポストロック特有の「静寂と爆発」を、オーケストラ的な規模へと拡張した音像です。

その核にあるのは、9人という大所帯の集団編成。ツインドラム、三本のギター、二人のベース、バイオリンとオルガン。この重層的なアンサンブルは、「オーケストラとしてのバンド」の構造を持っています。

さらにKarl LemieuxとPhilippe Leonardによる16mmフィルムの投影が、ライブにおける不可欠な視覚的装置として機能していました。

そのルーツには、モントリオールのパンクロック・シーンやアナキスト・コレクティブのDIY精神が脈打っています。John Cageのアヴァンギャルド、Glenn Brancaのギターオーケストラ、Steve Reichのミニマリズム、さらにはSlintのポストロックやSonic Youthのノイズロックの影響も色濃い。

しかしGY!BEの音楽が特異なのは、それらすべてを「政治的な集団」としての性格で束ねている点にあります。誰一人として「リーダー」の称号を冠さず、すべての決断を集団で行うその徹底した姿勢が、そのままこの巨大なシンフォニーに反映されているのです。

また、本作には胸を締め付けるような「ライトモチーフ(主旋律)」が存在します。

他者の轟音とは異なり、GY!BEの核心には繰り返し回帰する切実なメロディがある。そのモチーフが崩壊と再建を繰り返しながら、90分近い旅路を貫いていく。「重い音楽を、喜びとともに」という彼らの言葉通り、絶望の淵から希望の断片が何度も顔を出す、強靭な構造を持った作品なのです。

楽曲解説

Storm

4曲すべてが20分前後の組曲形式。本作の幕開けを飾る「Storm」は、冒頭で提示される上昇志向のモチーフが、複数の楽章を経て崩壊し、再び立ち上がるプロセスを描きます。

終盤の「Gathering Storm」で訪れる爆発的なカタルシスは、本作のテーマである「希望と絶望の共存」を最も鮮烈に物語っています。GY!BEの入門編として最も愛されている一曲です。

Static

廃工業地帯を彷彿とさせる、重苦しいアンビエントドローンで幕を開ける2曲目。ARCOのアナウンスや、神の言葉と予言者の失墜を叫ぶ説教師の声が、不穏な空気の中へ流れ込みます。

積み上げられたクレシェンドが終焉に向かう様は、「墜落していく飛行機の窓から、ただ外を眺めているような感覚」とも評されました。

Sleep

コニーアイランドの黄金時代を語る老人のモノローグから始まる3曲目。「浜辺でもう誰も眠らない」という言葉は、失われた時代への哀惜と、本作が内包する政治的・叙情的なメッセージを象徴しています。

かつて存在した美しいものへの視線が、最もエモーショナルな形で現れた傑作です。

Antennas to Heaven

アルバムを締めくくる壮大なクローザー。Mike Moyaの歌うフォークソングがフィールドレコーディングとして挿入され、アルバムの長い旅は静寂へと収束していきます。

「例え天に向けて突き上げた拳に、天が何も返してこなかったとしても、突き上げること自体が神聖な行為なのだ」という海外の評は、この曲の、そしてこのアルバムの着地点を実に見事に射抜いています。

まとめ

正直に言えば、波長が合わない人にとってこのアルバムは、90分間の苦行でしかないかもしれません。たった4曲で87分。歌詞はなく、展開はどこまでも緩やかで、突如としてノイズや他人の話し声が割り込んでくる。

「これは果たして音楽なのか?」という戸惑いを抱くのは、至極真っ当な反応です。

しかし、一度でも波長が合ってしまったら最後、これほどの体験をもたらしてくれる音楽は他にありません。「重い音楽を、喜びとともに」という言葉の真意は、「Storm」の最初の爆発が訪れた瞬間に理解できるはずです。

そこから先、87分という時間は瞬く間に過ぎ去ります。受刑者に捧げられた言葉、廃墟のドローン、老人の追憶……それらすべてが、ひとつの巨大な感情としてあなたの中に雪崩れ込んでくる。その瞬間こそが、このアルバムの真価なのです。

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