Alice in Chainsの『Dirt』(1992年)はColumbia Recordsからリリースされた2ndアルバム。
メンバーはLayne Staley(ボーカル)、Jerry Cantrell(ギター)、Mike Starr(ベース)、Sean Kinney(ドラム)。プロデューサーはデビュー作に引き続きDave Jerdenが担当した。
Billboard 200で最高6位、アメリカ国内だけで500万枚以上を売り上げたバンド最大の商業的成功作。Guitar World誌の「1992年のギター・アルバム・トップ10」で1位に選ばれ、グラミー賞のBest Hard Rock Performanceにもノミネートされた。
それだけの作品が、聴いていると胸が締め付けられて離れられない——その矛盾がこのアルバムの正体です。
制作背景
録音が始まったのは1992年春のことだった。
初日、ロサンゼルスでロドニー・キング事件の無罪判決をきっかけにした暴動が起きた。Cantrellはビールを買いに行った店で略奪が始まるのを目撃し、街が炎上していく中をスタジオまで戻った。
バンドはSlayerのTom Arayaに連絡してJoshua Tree砂漠へ避難し、数日後に暴動が落ち着いてから録音を再開した。その混沌の中でスタートしたことが、アルバム全体の空気に滲んでいる気がする。
Layneはレコーディング中、ヘロイン中毒の状態にあった。
Jerdenは繰り返しLayneにクリーンになるよう求めたが、それがLayneのJerdenへの反感につながった。Jerdenは後に「私の仕事はレコードを作ることであって、Layneの友達になることじゃない」と語っています。
Kinneyは「LayneはDown in a HoleとAngry Chairのレコーディング中、ヘロインでかなりハイな状態だったと自分に話していた」と証言しています。
Staleyだけではなかった——KinneyとStarrもアルコール依存を抱え、Cantrellも深刻な臨床的うつ状態の中にいた。
アルバム制作中にもう一つの重要な事実がある。「Would?」だけは他の曲より先に、別のプロデューサー(Rick Parashar)のもとで録音されていた。
映画『Singles』(1992年)のサウンドトラックに収録されたのち、アルバムのリード・シングルとして先行リリースされた曲です。
Tom Arayaはボーカルとしてアルバムのトラックのひとつにゲスト参加している——「Iron Gland」というタイトルのない隠しトラックとして収録された。AliceのメンバーとArayaが遊び半分で作った録音でした。
Dirtツアーの最中、1993年1月にMike Starrが薬物問題でバンドから解雇されました。
音楽性
このアルバムを「グランジ」と呼ぶのは少し違う気がする。
同じシアトル出身でも、Nirvanaはパンクからポップへとシフトしていたし、Pearl Jamはクラシックロックの血を引いていた。Alice in Chainsはむしろ、ヘヴィメタルから来ていた——Black SabbathとLed Zeppelinの影を直接引きずりながら、グランジの皮を纏っています。
和声という観点で見ると、CantrellがEbドロップDbチューニングを多用していることがこのアルバムの暗さの根幹にある。
標準チューニングより全体的に低い音域で、開放弦のDが常にずっしりと響く。「Down in a Hole」や「Would?」ではアコースティックとエレキを重ねることで、暗い調性の中に独特の「広がり」が生まれる——コードが解決せずに漂うような和声の使い方が、抜け出せない感覚と対応しているように聴こえます。
LayneとCantrellのボーカル・ハーモニーも和声的に特異で、一般的なバンドが使う3度の協和音ではなく、半音や2度でぶつかり合う音程を意図的に使っています。
その「ぶつかり合い」が、美しいと不快の中間にある独特の響きを作っています。
影響を受けたアーティストとしてCantrellはBlack Sabbath、Led Zeppelin、Neil Youngを繰り返し挙げています。
「Them Bones」の7/4拍子と「Rooster」のアコースティックの繊細さが同じアルバムに共存できるのは、重量級ロックとフォーク的な内省の両方を吸収してきたからだと思う。
Kinneyのドラムが派手なフィルを避けながら地の底を這うようなグルーヴを一曲一曲で維持していて、それがアルバム全体の「泥の中に沈んでいく重さ」を作る土台になっています。
楽曲解説
Them Bones
アルバムの幕を開ける2分半。
7/4拍子——4/4の倍数で動くロックの文法から一拍ずれた変拍子——のリフとLayneの絶叫が、ほとんどのバンドがキャリアを通じてもたどり着けないような本物の不安感を作り上げています。
「骨の山になって終わるんだろう」——Cantrellの歌詞には、このアルバム独特のブラック・ユーモアと諦観が入り混じっている。
Cantrellはこの曲を含む5曲で、17歳のときに買ったアンプを使った。他のどのアンプより歪みが強く、あの重さの根拠はそこにある。
Layneの「Ahh!」という叫び声は計算ではなく体の底から出てきた声で、それがわかると余計に胸に刺さります。
Down in a Hole
個人的にこのアルバムで一番好きな曲です。
アコギの静かなイントロから始まり、気づいたらどこまでも深い穴の底に引きずり込まれている。LayneとCantrellのハーモニーが、絶望なのに不思議なほど美しい。
半音・2度でぶつかり合うボーカル・ハーモニーが最も際立つ一曲で、「美しいと不快の中間」という感触がここに凝縮されています。
Kinneyによれば、Layneはこの曲のレコーディング中ヘロインでかなりハイな状態だったという。それを知って聴き直すと、あの歌声の「どこか遠くにいるような感じ」の意味が変わってくる。
Rooster
Cantrellが父親Jerry Cantrell Sr.のベトナム戦争体験をもとに書いた曲。「Rooster」は祖父が父親につけたニックネームで、「髪が鶏のトサカのように立っていた」のが由来。
Cantrellが父親のいるステージで初めてこの曲を演奏した夜、父親はサウンドボードの後ろに立って最後まで聴き、大きなグレーのステットソン・ハットを取って空中に掲げ、泣いていた。
アルバム全体が暗闇に沈んでいく中で、この曲だけが違う光を放っています。
Angry Chair
このアルバムの中でLayneが単独で歌詞と音楽を書いた2曲のうちの1曲(もう1曲は「Hate to Feel」)。
怒りというより、怒りさえも使い切った後の虚脱がここにある。
Layneがこの曲のレコーディング中、ヘロインとオキシコドンを同時に使用していたとKinneyは証言しています。それを知って聴くと、あの「全てを諦めた音」の出どころが、音楽的な設計だけでは説明できない何かから来ていると感じます。
Kinneyは「あの状況で彼があれだけ歌えたことが、今でも信じられない」と語っています。
Would?
アルバムの締めくくりであり、CantrellとKinneyがAlice in Chainsの最高傑作と見なす曲。
Cantrellが、1990年にドラッグの過剰摂取で亡くなった親友——Mother Love BoneのフロントマンだったAndrew Wood——への追悼として書いた。
映画『Singles』のサウンドトラックに収録された後、アルバムのリード・シングルとして先行リリースされた唯一の曲でもあります。
ラストの「If / I / would / could / you?」という問いかけが、頭から離れない。答えのない問いを、そのまま終わらせる潔さ。
後から知ったことだが、Layneは2002年に亡くなった。このアルバムが予告していたことが、そのまま現実になってしまった。
30年以上経った今もこれを聴くと、「叫んでいる人間」の声じゃなく、「もう叫ぶ力も残っていない人間」の声に聞こえてくる。それがこのアルバムの、どうにもならない重さだと思います。
まとめ
『Dirt』は1992年のロサンゼルスの煙の中で始まり、砂漠への避難と、薬物依存と、それでも生まれ続けた音楽の記録として完成した。
Layneが自分の崩壊を言葉にしながら、それでも歌い続けた。
Layneは2002年4月5日、ヘロインとコカインの過剰摂取でシアトルの自宅で亡くなった。享年34。Mike Starrも2011年、薬物の過剰摂取で亡くなった。
でも音楽は残った。聴くたびに、あの穴の底の声が聞こえてくる。

