「エモい」と連呼する前にこれを聴け!ゲット・アップ・キッズ(The Get Up Kids)おすすめ名盤『Something to Write Home About』レビュー

「エモい」と連呼する前にこれを聴け!ゲット・アップ・キッズ(The Get Up Kids)おすすめ名盤『Something to Write Home About』レビュー Emo / Hardcore Punk

最近、どこを見ても「エモい」という言葉が溢れていますよね。綺麗な夕焼けを見て「エモい」、街を歩く高校生カップルを見て「エモい」。

でも、本来の「エモ(Emo)」という音楽が持っていた手触りは、もっとヒリヒリとしていて、喉の奥が焼けるような切実なものでした。

その「本物」を体感したいなら、100回言葉を重ねるより、この1枚を聴くのが早いです。

ザ・ゲット・アップ・キッズ(The Get Up Kids)の『Something to Write Home About』。1999年9月28日、Vagrant Recordsからリリースされた2枚目のアルバムです。プロデュースはバンド自身とChad BlinmanとAlex Brahlの共同で、ロサンゼルスのSilver LakeにあるMad Hatter Studiosで6週間かけて録音されました。

このアルバムがエモというジャンルに与えた影響は、一言で言えば「扉を開けた」ということに尽きます。

Fall Out BoyのPete Wentzは「Fall Out BoyはThe Get Up Kidsなしには存在しなかった」と語り、My Chemical Romanceも直接の影響源として名前を挙げています。

Vagrant Recordsはこのアルバムの成功を機に業界の中心的なインディレーベルへと躍進し、Dashboard Confessional、Saves the Day、Alkaline Trioが次々と同レーベルへサインしました。

1999年当時、このサウンドは完全に「メインストリームの外」にありました。それが今日「エモの教科書」と呼ばれるようになったのは、後からついてきた評価です。

制作背景

バンドはカンザスシティ出身で、1997年のデビュー作はシカゴで週末の短期間に録音しました。それに対してこのアルバムは時間も予算も別次元でした——ただしその予算の出所が凄まじい。

Vagrant Recordsの共同オーナーJon Cohenは、レコーディング費用5万ドルを自分の両親から借り、両親は自宅を抵当に入れてその金を用意しました。まだ無名だったバンドのアルバムのために、誰かの実家が担保になったわけです。

レコーディングは1999年6月に開始されました。バンドはカンザスシティを出てLAに移り、友人の家の床に寝泊まりしながらスタジオに通い続けました。「一ヶ月半、Kansas Cityを出て暮らしたことは一度もなかった。そこにいきなりLAだ」とギタリストのJim Supticは当時を振り返っています。

アルバムタイトルは偶然の一言から生まれました。録音中、Supticがスタジオの電話で母親と話していた際、「それは手紙に書いて送るようなことがあるわね(You definitely have something to write home about)」と言った。Pryorはその場で「これだ」と思い、タイトルが決まりました。

歌詞の大部分はスタジオに持ち込む前にPryorがすでに書き上げていましたが、その原稿がリハーサル中に盗まれるという事故が起きました。Pryorは多くの曲を書き直すことになった。「書き直すことで良くなったかどうかはわからない。でも書き直せた」

アルバムは1999年9月28日にリリースされました。Billboard Heatseekers Albumsチャートで31位を記録し、最終的に15万枚以上を売り上げました。

The Get Up KidsはVagrantの「旗艦バンド」として業界に知られるようになりましたが、その後そのポジションをレーベルメイトに奪われる皮肉な展開が待っていることを、当時の彼らはまだ知りませんでした。

音楽性

このアルバムの歌詞は、恋愛の痛みを描いているようでいて、実はもう少し広いテーマを抱えています。

Pryorはインタビューでこう語っています。「歌詞はすべて故郷を離れることについて書かれている。学校を辞めてロックバンドをやる、そういう若者たちのことだ。それがこのアルバムの核心だ」

つまり「関係の終わり」を描いた歌詞の多くは、ロードに出ることで生じる距離と喪失を背景に書かれたものでした。恋人への歌のように聴こえるのに、実は「家を出て行くこと」への歌でもある。その二重性が、聴く人を選ばず刺さる理由のひとつだと思っています。

Pryorの書く言葉は固有名詞を避け、感情の輪郭だけを描きます。誰の話かわからないから、聴き手が自分の経験を投影しやすい。

一方でメロディは一切の遠慮なく直球で、サビを聴いた瞬間に「自分のことを歌っている」と感じさせる瞬間がアルバム全体を通じて何度も訪れます。

Fall Out BoyやMy Chemical Romanceが後に参照したのはこの「個人的であることと普遍的であることが同時に成立する」構造だったと思っています。

楽曲解説

Holiday

アルバムの1曲目で、ギターのピックスライドから一気に疾走する曲です。

歌詞はPryorが遠くにいる相手に「祝日ならまた会えるかもしれない」と歌うもので、この曲自体がアルバム全体の感情的な入り口になっています。

「I know you thought my life would stop with you away」——誰かに頼り切っていた自分への苦い自覚と、それでも強がってみせる意地が混在していて、この曲でつかまれたらあとは全曲聴くしかありません。

Action & Action

アルバムのリードシングルで、James Deweesのキーボードが前景に出てくる曲です。前作にはなかったこのキーボードの存在が、バンドの音楽性を「ストリップド・ダウンなパンク」から「もっと大きい何か」へと引き上げています。

関係のすれ違いと感情的な距離を描いた歌詞は、ストレートな失恋ソングのようでいて、実はコミュニケーションの断絶——言いたいことが届かない、行動と行動がかみ合わないもどかしさ——が主題です。

Ten Minutes

アルバム5曲目で、シングルとしてもリリースされました。「もし電話できる時間が10分しかなかったら、何を話すか」という設定で書かれた曲で、Pryorが「このアルバムで最も好きな曲のひとつ」として繰り返し挙げています。

カスケードするようなメロディの展開はこのアルバムの中で最も美しいと感じます。歌詞の中に「帰りたいけど帰れない」という感覚が滲んでいて、アルバムタイトルの「Something to Write Home About」とそのまま響き合っている。

Long Goodnight

アルバム10曲目で、約5分かけて静かな子守唄から絶叫に至り、最後は囁きで終わる曲です。

「I’m not bitter anyway / But I didn’t want it to turn out this way」という歌詞は、強がりと本音が同じ一行に収まっていて、Pryorの作詞の核心を見せています。PopMattersのレビュアーはこの曲を「アルバムが頂点に達する瞬間」と評しました。個人的にも同意します。

I’ll Catch You

アルバムのクローザーで、静かなピアノから始まり、最後に一度だけ音が爆発する曲です。

歌詞にはJawbreakerの曲名への言及が含まれていて、この曲自体が「過去と現在が交差する瞬間」を描いています。Pryorの声が「You’re still all that matters to me」と歌って、音がゆっくりと消えていく最後の30秒は、ヘッドフォンで聴くと妙なところで泣けます。

アルバムの締めとしてこれ以上の曲はないと思っています。

まとめ

Pryorはリリース当時をこう振り返っています。「このアルバムを作ったとき、前作より良いものを作ろうとしていただけだ。それ以上のことは何も考えていなかった」。

アルバムのタイトルについても「当時は傲慢なタイトルだと思っていた」と語っています——Supticが当日の締め切りギリギリに思いついた言葉が、そのままアルバム名になったのだから。

2024年、バンドはこのアルバムのリリース25周年を記念して全米ツアーを行い、収録全曲をフロントtoバックで演奏しました。会場は完売続き、オーディエンスは1曲目「Holiday」の冒頭ギターのピックスライドで一斉に声を上げ、歌詞を一言一句一緒に叫び続けた。

25年前にカンザスシティの若者たちが「床に寝泊まりしながら」録音したアルバムが、いまだに会場を揺らしている。

便利で小綺麗な「エモい」に飽き飽きしているなら、一度この音の塊を浴びてみてください。30年以上経った今でも、ここにある切実な感情は一切色褪せていません。

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