「洋楽ってなにから聴けばいいかわからない」——そう思っている人に、真っ先に渡したいアルバムがある。
リンキン・パーク(Linkin Park)の『Hybrid Theory』は、2000年にリリースされたデビュー・アルバムだ。
US Billboard 200で初登場2位を記録し、2001年の年間最多売上アルバムになった。全世界での累計売上は3,000万枚以上、米国内でダイアモンド認定(1,000万枚以上)を取得している。
第44回グラミー賞では「Crawling」がBest Hard Rock Performanceを受賞し、ベスト・ニュー・アーティストとベスト・ロック・アルバムにもノミネートされた。
Chester Benningtonは2017年に41歳で亡くなった。その喪失がこのアルバムの聴こえ方を変えたのは確かだ。
でも、アルバムそのものが持っている力はBenningtonの不在にも動じない。「Crawling」「Papercut」「In the End」——これらの曲は今も世界中で鳴り続けている。
制作背景
バンドの前身はMike Shinoda、Brad Delson、Rob Bourdonが1996年にカリフォルニア州Agoura Hillsで結成した「Xero」だ。最初の4トラック・デモはShinodaの実家の部屋で録音された。
レーベルからは門前払いが続き、WakefieldとFarrellはバンドを去った。
転機は1999年のChester Benningtonの加入だ。BenningtonはXeroの楽曲の器楽トラックを受け取り、自分なりのボーカルを録音して送り返した。
それを聴いたDelsonは「彼は本当にパズルの最後のピースだった。他の誰にも彼の才能に近い人はいなかった」と語っている。
バンドはまず「Hybrid Theory」という名前でセルフタイトルEPをリリースしたが、ウェールズの電子音楽グループ「Hybrid」との商標問題が生じ、「Linkin Park」へ改名した(サンタモニカのLincoln Parkを文字った名前だ)。
その後、9曲入りのデモテープを各社に送り、42回のショーケース公演を行ったが、メジャー各社とインディー各社のほとんどに断られ続けた。粘り強く推薦し続けた結果、ようやく契約が成立した。
プロデューサー探しも難航した。最終的にDon Gilmoreが引き受けることになった。
GilmoreはリハーサルでBenningtonのボーカルを初めて聴いたとき「あのような貧相なリハーサル室でそれほど信じられない歌声を聴いたことがなかった。スタジオでこのように歌えるなら、何かできるかもしれないと思った」と語っている。
レコーディング中、レーベルはShinodaのラップ・パートを縮小してコンベンショナルなロック・バンドとして売り出すよう圧力をかけていた。「Chesterをスターにして、ShinodaはKeyboardプレイヤーに徹しろ」という話がGilmore経由でBenningtonに伝えられた。
BenningtonとShinodaは断固として拒否し、二人のボーカルの絡み合いを中心に据えることを守り抜いた。
「One Step Closer」の制作にも逸話がある。Gilmoreがコーラスに繰り返しダメを出し続けたある日、スタジオの壁を殴りながら怒り狂っていたBenningtonが「何をやっても足りない、お前の言葉が俺をもう一歩崖の端に近づけていく……そして俺は今にも切れそうだ」と吐き捨てた。
「それだ」とGilmoreが言った——その場で生まれたフレーズが「One Step Closer」のコーラスになった。Benningtonは「歌詞を75回くらい書き直した。近道をしなかったから、より意味のあるものになった」と語っている。
音楽性
まず、このアルバムはとにかくカッコいい。それを最初に言いたい。Brad Delsonのギター・リフは重くて速くて、しかも妙にキャッチーだ。「One Step Closer」や「Papercut」のイントロが一瞬で耳に刺さるのは、リフそのものにメロディが宿っているからだ。
ただの轟音に終わっていない。ヘヴィなのに口ずさめる——それがLinkin Parkのギターの核心だと思う。
ShinodaはDeftonesの影響を明言していて、「ヘヴィなギターなのに、どこかなめらかで柔らかい」感覚を意識的に目指していたと語っている。その感覚が、このアルバム特有の「重いのに聴きやすい」質感を生んでいる。
Chester Benningtonのボーカルは、このアルバムで最大の武器だ。静かに語りかけるような低音から、喉が切れそうな絶叫まで、同じ一曲の中で行き来する。
「Crawling」のサビで声が爆発する瞬間、「In the End」でコーラスに入る瞬間——初めて聴いたときの衝撃は、何度聴いても薄れない。感情が先行していて、技術はその後からついてくる、という順序の歌い方だ。
Mike ShinodaのラップはBenningtonとは対照的に、クールで切れ味がある。「Papercut」や「Runaway」のヴァースで、言葉がビートの上を滑るように流れていく。怒鳴らない。でも確実に刺さる。
この二人が交互に現れることで感情の温度が上がり下がりし続け、それが聴いていて飽きない一番の理由になっている。
リズムの設計も独特だ。このアルバムの中心にあるのは「バウンス・ビート」で、Shinoda自身が「ラッパーとして自分がビートをどう乗りこなすか——パターンとリズムと、どこに自分を置くか——を常に考えていた」と語っている。
Rob Bourdonのドラムはシンプルで、ヘヴィ・メタル的な轟音ではなくヒップホップ的な安定感に徹していて、そこにJoe Hahnのターンテーブルが絡む。
「Papercut」ではギターのチャグとDJスクラッチが互いを打ち消さずに補完し合う——ギター・リフとラップとスクラッチとメロディック・コーラスという4つの要素が、同じ曲に無理なく共存できるのはこの土台があるからだ。
Bring Me the HorizonのJordan Fishは「ヘヴィでキャッチーな音楽のバイブルだ」と語り、「Linkin Parkはマッチョなバンドではなかった。反抗的だったけど、お母さんがラジオで楽しめるような普遍的な曲も持っていた」と続けている。
Of Mice & Men、One OK Rock、Billie Eilish、The Weekndなど影響を公言するアーティストは世代を超えて広がり続けている。
楽曲解説
Papercut
アルバムの幕開けを告げる曲。Joe HahnのDJスクラッチが最初に聴こえ、ギターのチャグが続き、Shinodaのラップが乗る——その順序が、このバンドが何者であるかをわずか数秒で伝える。
歌詞は頭の中の声——自己批判や不安——を「皮膚の下に住んでいる何か」として描いている。「俺たちは状況について歌わない、その背後にある感情について歌う」という原則で書かれたこのアルバムの筆頭例で、「私はなぜこんなにパラノイアなのか」という問いが「私は自分自身の敵だ」という認識へと向かう。
One Step Closer
「何をやっても足りない」というGilmoreへの怒りからコーラスが生まれた曲。ヘヴィなギター・リフとBenningtonの咆哮が交互に現れる構成は、アルバムのどの曲よりも「怒り」の一点に絞られている。
USメインストリーム・ロック・チャートで1位を記録したファースト・シングルだ。「shut up when I’m talking to you」という歌詞はUKではBBC放送禁止になった。
With You
The Dust BrothersのビートとサンプルをベースにHahnが構築した曲。Hahnは「使われなかったリミックスのサンプルを渡してくれた。ヒップホップのアプローチから始めて、スクラッチをブレイクとして使うのが自然だった」と語っている。
ShinodaはHahnのイントロを「最高のイントロ」と評している。
Crawling
第44回グラミー賞Best Hard Rock Performance受賞曲。Benningtonが幼少期の虐待とその後のトラウマに由来するコントロールの喪失感を書いた曲で、「皮膚の下を這いずる傷が消えない」という歌詞は、「状況ではなく感情を歌う」というバンドの方針の最も直接的な体現だ。
サビに入るBenningtonの声の跳躍——囁きから爆発への移行——はこのアルバム全体を通じた最大の武器だが、「Crawling」ではその跳躍が最も感情的な必然性を持って聴こえる。
Runaway
元ボーカルのMark Wakefieldが書き、BenningtonとShinodaが手を入れた曲。「Xero」時代の素材がアルバムに生き残った例のひとつで、バンドの歴史の長さと曲の練り込みの深さを示している。
ヴァースはShinodaのラップ、コーラスはBenningtonの歌という二段構えの構造が最も教科書的に現れた曲で、二人の声の役割分担がシンプルに機能している。
In the End
このアルバムの最大のシングル。ShinodaのピアノとHahnのスクラッチで始まる冒頭は有名だ。US Billboard Hot 100で2位を記録し、2015年のSpotify分析では「1950年〜2005年のBillboardヒット曲の中で6番目に時代を超えた曲」に選ばれた。
Shinodaのラップのパートではボーカルのスタッカートとディレイが緻密に組み込まれており、「s-s-s」「t-t-t」といった子音・母音の反復が耳に残る。
まとめ
Benningtonは後にこのアルバムについてこう語っている。「今振り返って、これが今日書ける最高のアルバムかと問われれば、たぶん違う。でも当時の自分たちが書ける最高のアルバムだったことは確かだ」と。
その「当時の最高」が、25年後にも3,000万枚のレコードと、世界中のバンドへの影響として残っている。
ヒップホップとメタルとエレクトロニクスを「それぞれの方法論で」組み合わせることに成功した最初のアルバムとしての地位は揺るいでいない。「ヘヴィでキャッチーな音楽のバイブル」として、今も現役で参照され続けている。

