The Smashing Pumpkinsの『Mellon Collie and the Infinite Sadness』は、1995年にリリースされたバンド3枚目のアルバムです。
全28曲、収録時間2時間近い2枚組。プロデューサーにはFloodとAlan Moulderを迎え、Corgan自身も共同プロデュースを担いました。
発売初週の売り上げは24万6500枚。当時のアメリカで、20ドルを超えるダブル・アルバムがBillboard 200の首位に立つのは異例のことでした。
その後RIAAのダイヤモンド認定(米国内1000万枚以上)を取得。バンドのディスコグラフィーの中で、唯一のBillboard 200首位作品として今も記録に残っています。
制作背景
アルバムの構想は、1994年の夏——『Siamese Dream』のツアー中——から始まっていました。
Corganはツアーの合間に大量の曲を書き続け、「次作ではもっと広いキャンバスに、もっと多様な音楽を詰め込みたかった」と語っています。
しかし「広いキャンバス」を実現するには、まず前作のやり方を壊す必要がありました。
前作『Siamese Dream』を手がけたButch Vigとの関係は親密になりすぎていた——Corganはそう判断し、プロデューサーの交代を決断します。
「Butchとの距離が近すぎて、それが裏目に出始めていた。自分たちを通常のPumpkinsの録音モードから引き剥がさなければいけなかった」と。
後任として選ばれたのが、U2やNine Inch Nailsとの仕事で知られるFloodと、My Bloody Valentineの『Loveless』のエンジニアを務めたAlan Moulderです。
Floodはバンドのライブを見て「スタジオで録音されているバンドとは別物だ」と感じていた——その感触を録音に持ち込もうとしたことが、今作の出発点になりました。
1995年3月、バンドはシカゴ北部にある自分たちのリハーサル・スペース「Pumpkinland」に籠もります。
通常なら「仮録音」で終わるはずだったリハーサル・セッションが、最終的にアルバムのリズム・セクション部分の多くを占めることになった。ドラムとベースの基本トラックの大半は、1〜2テイクのライブ録音です。
8ヶ月間の制作で録音した曲数は57曲以上。
最終的に60曲以上をカットして28曲に絞り込んだ。レーベルは「商業的自殺だ」と警告したが、Corganは押し通しました。
前作『Siamese Dream』ではCorganとJimmy Chamberlainがほぼすべての楽器を演奏していましたが、今作ではJames IhaとD’Arcy Wretzkyが積極的に参加しています。
作業量があまりに膨大だったため、バンド全員が別々のルームで同時並行で録音するという体制が生まれた。
その結果、IhaとWretzkyが自分たちのパートを自ら録音・構築する場面が増え、アルバムに複数の「声」が宿ることになりました。
音楽性
このアルバムで最も耳に残るのは、ギターの積み上げ方の密度です。
単音のアルペジオ、クリーンのコード、歪みギター、さらに歪みをかけたリードが別々のトラックで録られ、重なり合って一つの「壁」を作る。
前作でも多重録音のギターは特徴的でしたが、今作ではその上にシカゴ交響楽団のオーケストラやシンセ・パッドが加わり、空間の密度がさらに上がっています。
轟音になっても各パートが潰れないのは、Alan Moulderのミックスの技術に負う部分が大きい。各楽器の帯域をきれいに分離して、それぞれが「聴こえる場所」に置かれています。
空間の設計も精緻です。
ライブ・ルームの反響を活かした録音とスタジオ録音が同じアルバム内に混在していて、リバーブの深さが曲ごとに変わる。密室のような近さで鳴る曲と、ホールの奥から聴こえるような曲が交互に現れる——その落差が「一夜の感情の振れ幅」を作り出しています。
和声的には、メジャーとマイナーを大きく揺れ動く設計が全体を貫いています。
コーラスで一気にメジャーへ解決させながら、そこにストリングスが不穏な動きをして「安心と不安を同時に運ぶ」曲(「Tonight, Tonight」)。パワーコードの繰り返しだけで鬱屈した質感を維持する曲(「Zero」)。クリーン・アルペジオとループ的な電子ビートを組み合わせてコードの色を曖昧にする曲(「1979」)。
一枚の中で和声的なアプローチが多様に変化し、飽きさせない。
ボーカルについては批評家の評価も割れています。
Corganの高音域は鼻にかかった独特の質感があり、「Bullet with Butterfly Wings」ではわざと声を割って歪みと一体化させる一方、「1979」ではほぼ喋るような低いトーンでサウンドの中に溶け込ませている。
アルバムを通して「同じ声」が全く別の役割を果たしています。
影響という点では、The Beatles(ホワイト・アルバムの多様性)、Queen(壮大なコーラスのアレンジ)、Black Sabbath(重量感のあるリフ)の名前をCorganは繰り返し挙げています。
「1979」のループとサンプルを組み合わせる手法は、当時台頭しつつあったエレクトロニカとの接近を示していて、この方向は次作『Adore』(1998年)の出発点にもなります。
楽曲解説
Tonight, Tonight
オープニング曲のインストに続く、「Dawn to Dusk」ディスクの幕開け。
シカゴ交響楽団の弦楽器がフェードインしながら始まり、バンドが入ってくる前にすでに物語の幕が上がっている。
キーはCメジャー。ヴァースはC – Am – F – G のシンプルな循環進行ですが、サビに入るとFm(平行短調のサブドミナント)が現れ、一瞬だけ暗い翳りを差し込む。
その後G7からCに解決したとき、ストリングスがクライマックスの音型を奏でる——「スッキリとした着地なのに、オーケストラが劇的すぎて胸がざわつく」という感覚は、この和声の動きから来ています。
MVはジョルジュ・メリエスの1902年の映画「月世界旅行」を参照していて、撮影はミシガン湖の浜辺で行われました。グラミー賞最優秀ミュージック・ビデオ(短編)を受賞しています。
Bullet with Butterfly Wings
Disc 1のシングル曲。
1993年頃からある「The world is a vampire」というリフのアイデアが出発点で、Corganは「スタジオで何度もその部分を延々と弾き続けていたテープがある」と語っています。
歌詞の「despite all my rage / I am still just a rat in a cage」は、もともとアコースティック・セッションから引っ張ってきたフレーズです。
キーはEマイナー。ヴァースはほぼ Em 一発で押し続け、動きがない分だけ緊張が積み上がっていく。サビではB – C – Gという動きが「cage」の繰り返しに重なり、Corganのボーカルが意図的に歪んで壊れていく。
Modern Rock Chartで2位を記録し、グラミー賞最優秀ハード・ロック・パフォーマンスを受賞しました。
Zero
Disc 1の中盤を締める、アルバムで最も攻撃的な曲のひとつです。
ライブでは定番のアンコール曲で、ツアー中にCorganが「ZERO」と書かれたTシャツを着ていたことから有名になりました。
キーはEマイナー。イントロのリフは Em – D の2コードのみで、その繰り返しだけで全編を駆け抜ける。
ミドルテンポの重いビートとパワーコードの圧力がほとんど変化せずに持続することで、出口のない鬱屈感が生まれます。
派手な展開がないぶん、リフの質量だけで勝負する曲。シンプルであることを徹底することの強さが、この曲の核心です。
1979
アルバムの中で最も感傷的な曲。
Corganが「Siamese Dreamを作っていた頃の少年時代のノスタルジー」を主題にして書いたと語っています。シカゴ郊外の街を車で流す、ある夏の記憶——それが5分間の音になっています。
ループするクリーン・ギターとプログラムされた電子ビート、そのどちらも「音楽的に解決しない」まま漂い続ける。
コード進行はG – D – Em – Cを繰り返しますが、ボーカルが言葉よりもメロディのテクスチャーとして機能していて、歌詞の意味より音の色が先に届く。
グラミー賞Record of the Year部門ノミネート。
Thru the Eyes of Ruby
Disc 2後半の山場。8分20秒のプログレッシブな構成で、アルバムの中で最も「映画的」と呼ばれる曲です。
クリーンのアルペジオで静かに始まり、歪みギターとドラムが段階的に加わって展開していく。
ベース・ラインが和音の動きとは独立してメロディックに動き、曲の「語り手」として機能しています。
ドラムの強弱が物語の章を区切るように変化し、最後の轟音のセクションに向かって緊張が積み上がっていく。Ihaの細かいギター・フィルが、随所で曲の場面転換を作っています。
まとめ
発売当時、批評の評価は今より低かった。
Rolling StoneのJim DeRogatisは星3つで「歌詞が弱い」と書き、Village VoiceのRobert Christgauは「1979」だけを評価して「アルバムとして聴く価値はない」と切り捨てています。「野心が過剰だ」「2枚に分ける必要はなかった」という批評が繰り返された。
しかし時間が経つにつれて評価は変わっています。
90年代のオルタナ・ロックが急速に消費されていく中で、このアルバムだけが「終わった感じ」にならなかった。
怒り、繊細さ、ノスタルジーを一夜のスケールで描き切った構成力と、どの曲を引いてもアンサンブルが機能している密度が、聴くたびに違うトラックを前に出してくる。
「10代の頃は通して聴けたが、大人になると重すぎて途中で休憩が必要になった」——そういうリスナーの声が今も多いのは、このアルバムが「感情の2時間」として設計されているからだと思います。
ピックアップで聴いても引力はある。通して聴くと圧倒される。
どちらが正しい聴き方かではなく、今の自分がどこに立っているかによって、このアルバムの顔が変わる——そういう一枚です。

