1998年、Drag CityからリリースされたGastr del Solの最終作『Camoufleur』。
David GrubbsとJim O’Rourkeのデュオが1993年から1998年にかけて発表した5枚のアルバムの中で、最も「親しみやすい」と評されながら、同時に最も底知れない奥行きを湛えた傑作だ。
Gastr del Solは、David Grubbsが率いたBastroを前身としています。Bundy K. BrownとJohn McEntireがTortoiseへと移籍した後、Jim O’Rourkeが加入したことで、バンドは強固なデュオ体制へと移行した。
制作にはOvalのMarkus Poppをはじめ、Edith Frostやトロンボーン奏者のJeb Bishopなど、多彩なミュージシャンが彩りを添えています。
アルバム完成からわずか数日後、O’RourkeはGrubbsとの個人的な相違を理由に脱退。Gastr del Solは突如としてその歴史に幕を閉じた。
後にGrubbsは「解散を決めたわけじゃなかった。気がついたら終わっていたんだ」と述懐しています。二人が再び個人的な再会を果たしたのは、それから18年が経過した2016年、ここ東京でのことだった。
音楽性
本作の音楽性は一般に「ポストロック」と定義されるが、同時代のMogwaiやGodspeed You! Black Emperorが見せる「動と静」のダイナミズムとは、立脚点が根本から異なる。
そこにあるのは、アコースティックギター、フルーゲルホルン、弦楽、ピアノ、そして電子テクスチャーが静謐に共存する世界だ。前作の無調性や数学的な難解さをあえて手放し、より「歌」と「旋律」を前面に押し出したアプローチへと舵を切っています。
その背景には、John FaheyやRobert Johnsonが拓いたアメリカン・プリミティブ・ギターの質感、Erik SatieやClaude Debussyの印象主義、Morton FeldmanやJohn Cageのアヴァンギャルド、そしてNick Drakeの叙情性が息づいている。
リズム面では、前作に比べて格段に「親しみやすいリズム・パターン」が基盤として使われているのが本作の重要な変化だ。それでも「静」を基本とするこのアルバムの中で、リズムが突然前に出る瞬間がある——その落差こそが、アルバム全体に独特の緊張感をもたらしています。
和声面では、機能和声——「緊張して解決する」コード進行——に依存しない点は前作と共通しているが、本作ではそれが難解さではなく「浮遊する親密さ」として機能している。
GrubbsのギターはFahey的なペンタトニック由来のフレーズが中心で、調の中心は示されながらも解決への方向性を持たない。管楽器と弦楽は機能和声的な解決より「音色の調和」を優先するかたちで重なり、声と楽器が静かに対話するアンサンブルを作り出す。
そして、Jim O’Rourkeの存在こそが本作の核心だ。後にSonic Youthのプロデュースやソロ名義の『Eureka』でその才覚を世界に知らしめる彼は、Grubbsの歌とギターを核に据えつつ、緻密な管弦楽アレンジと電子的処理を完遂した。
二つの巨大な才能による「最後の共同作業」として、本作は特別な場所に立ち続けています。
楽曲解説
The Seasons Reverse
アルバムの幕開けを飾る5分52秒。バンド史上最高の評価を受ける一曲だ。
抑制されたGrubbsのボーカルに重なるアコースティックギターのアルペジオ、そこにフルーゲルホルンと弦楽が溶け合う。機能和声的な解決より「音色の共鳴」を優先するこの設計が、このアルバムが到達した音楽性の正体だ。
Blues Subtitled No Sense of Wonder
2曲目。タイトルに「ブルース」を冠しながらも、その構造は既成概念を鮮やかに裏切る。
Grubbsのシュルレアリスム的な歌詞世界が最も色濃く現れており、2024年のボックスセットのタイトルも、この曲の一節から引用された。ピアノが静かに加わり、ホーンがボーカルの後を引き継ぐ中間部の静けさが忘れられない。
Each Dream Is an Example
ゲストボーカルにEdith Frostを迎えた4曲目。GrubbsとFrostの声が交互に、あるいは重なり合いながら展開するこの曲は、本作で最も「歌」としての純度が高い。
Jeb Bishopのトロンボーンがボーカルラインに対してカウンターメロディを置き、声と楽器が「会話」をするような響きを作り出している——室内楽的な精密さの中に人間的な揺らぎを生んでいます。
Mouth Canyon
アルバム最短の5曲目、3分48秒。全編に流れるペダルスティールギターが、かすかなカントリーの質感を帯びながらたゆたうような抒情をもたらす。
O’Rourkeによる繊細なアレンジが、Grubbsの綴る詩的な深みを静かに引き立てています。
Bauchredner
ドイツ語で「腹話術師」を意味するタイトルを持つクローザー。
John Faheyの影響を感じさせるアルペジオに始まり、曲の中盤でテンポが変わりシャッフルのビートへと移行する——管楽器・ヴァイオリンが一気に加わる瞬間は、このアルバムの中で最もリズムが「前に出る」場面だ。
Gastr del Solが歩んだ年月の歴史が、ここで静かに、しかし力強く閉じられる。
まとめ
アコースティックな響きとフルーゲルホルン、そして弦楽がこれほどまで自然に、かつ高次元で調和する音楽を他に知らない。ポストロックという言葉にとらわれない抒情性がこのアルバムにはある。
ミキシング完了のわずか数日後にJim O’Rourkeが去り、バンドは消滅した。彼らが「これが最後になる」と意識せずに作り上げたからこそ、本作には作為のない、澄み切った余韻が宿っています。
その事実が、後年に聴く私たちに、決して拭い去ることのできない特別な感慨を与えている気がしてなりません。

