マーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)おすすめ名盤『What’s Going On』レビュー|R&B/ソウルの金字塔、ベトナム帰還兵の視点から描いた「問い」が今も消えない理由

マーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)おすすめ名盤『What’s Going On』レビュー|R&B/ソウルの金字塔、ベトナム帰還兵の視点から描いた「問い」が今も消えない理由 R&B / Soul / Funk

Marvin Gaye の『What’s Going On』は、1971年にリリースされた11枚目のスタジオアルバムだ。全9曲、ベトナム帰還兵の視点から社会問題を描いたコンセプト・アルバムで、Rolling Stone 誌の「500 Greatest Albums of All Time」では長年にわたり1位に選ばれ続けている。

「史上最高のソウル・アルバム」であるだけでなく、「史上最高のアルバム」そのものとして語られる一枚だ。発表から半世紀以上が経った今も、その評価は揺るがない。

このアルバムが存在するのは、Marvin Gaye が一人で戦い続けたからだ。Berry Gordy——Motown Records の創業者で、Gaye のキャリアを長年コントロールしてきた人物——は「私が今まで聴いた中で最悪のものだ」と言い放ち、リリースを拒否した。

Gaye は新曲の録音を拒否することで Gordy に対抗した——レーベルが新しい Marvin Gaye 作品を必要としていた事実を使ったストライキだ。結局、Gordy の知らないところで副社長の Barney Ales がシングルをリリースし、1週間で20万枚を売り上げた。

「最悪」と言われた曲が、半世紀後に「史上最高」と呼ばれることになる

制作背景

タイトル曲が生まれたきっかけは、1969年のバークレーにある。Four Tops のメンバー、Renaldo “Obie” Benson がベトナム反戦デモに警官隊が踏み込むのを目撃した——「Bloody Thursday」と後に呼ばれた日だ。

「何が起きているんだ、なぜ彼らは自分の子供たちを攻撃するのか」という Benson の問いが、曲の核心になった。

Gaye がこのアルバムに向かったのは、個人的な崩壊の直後でもあった。デュエットパートナーの Tammi Terrell が脳腫瘍で1970年3月に24歳で亡くなった。弟の Frankie がベトナムから帰還し、戦場の話を聞かせた。

録音中のスタジオは緩く、煙が充満し、パーティーのような空気だったと Funk Brothers のメンバーは証言している。Gaye はデトロイト・ライオンズのフットボール選手をスタジオに招き、バックグラウンドに彼らの声の雑談を入れた。

タイトル曲冒頭の「hey, man, what’s happening?」という声は Motown スタッフの Elgie Stover のもの。そのライブ感——誰かの部屋での会話のような質感——がこのアルバム全体の空気を作っている。

二重ボーカルの誕生も偶然だった。エンジニアの Kenneth Sands が誤って二つのボーカルトラックを混ぜてしまった。Gaye はそれを聴いて気に入り、そのまま採用した。その「わずかにずれた二声」が、このアルバム以降の Gaye のボーカル・アプローチの原点になっている。

音楽性

このアルバムの最大の特徴は、9曲がほぼシームレスにつながっていることだ。曲と曲の間に切れ目がない——終わったと思ったら次が始まっている。Gaye はこれを「ソング・サイクル」と呼んでいた。

単なる曲集ではなく、ベトナム帰還兵が故郷に戻り、貧困、麻薬、環境破壊、人種差別を目撃していく「一本の物語」として設計されている。

和声的には、Eb メジャーと Bb メジャーを軸に、曲間でキーが滑らかに移動していく。アレンジャーの David Van De Pitte のストリングスとホーンが「のりしろ」として機能していて、一曲が終わる前に次の曲の和声が始まっている。その重なりが「切れ目のなさ」を作っている。このアルバムはベースプレイヤーにとっての聖典でもある。James Jamerson は史上最も影響力のあるベーシストの一人で、Paul McCartney が「私のベースへの最大の影響は Jamerson だ」と明言している。

また、このアルバムはベースプレイヤーにとっての聖典でもある。James Jamerson は史上最も影響力のあるベーシストの一人で、Paul McCartney が「私のベースへの最大の影響は Jamerson だ」と明言している。

タイトル曲の録音エピソードは伝説として語り継がれている。Gaye がセッション中に Jamerson がどこにいるかを探し、近所のバーで演奏中の彼を見つけた。かなり酔っていた Jamerson をスタジオに連れ帰ったが、椅子にまともに座れない状態だった。

そこで Jamerson はスタジオの床に横になったまま、知らない曲のベースラインを一発で弾いた。その演奏がそのまま使われている。

Jamerson はコード進行をなぞるのではなく、ボーカルに「返答する」ように弾いている。Gaye が「Mother, mother, there’s too many of you crying(お母さん、泣いている人が多すぎる)」と歌うとき、Jamerson のベースは下降するフレーズで「哀悼するように」応える。

クロマチックな経過音を織り交ぜながら、ほぼ同じフレーズを二度繰り返さない——そのジャズ的な即興性が、このアルバムの「生きている」感覚の正体だ。

楽曲解説

What’s Going On

「Mother, mother」から始まる問いかけは告発ではなく、文字通り「何が起きているの」という問いだ。

和声的には Eb メジャーを基調とし、I – IV – V という極めてシンプルな骨格の上に成り立っている。しかしその上で起きていることは全くシンプルではない。Van De Pitte のストリングスとホーンが和音の「すき間」を埋めながら浮遊し、Gaye の二重ボーカルがユニゾンではなくわずかにずれて重なる。そのずれが、曲全体に「揺れながら前に進む」感触を与えている。

Jamerson のベースはコードをなぞらない。Gaye が「Mother, mother, there’s too many of you crying(お母さん、泣いている人が多すぎる)」と歌うとき、ベースは下降するフレーズで「哀悼するように」応える。クロマチックな経過音を織り交ぜながら、ほぼ同じフレーズを二度繰り返さない——ジャズの即興演奏の語法が、ポップソングの中で「会話」として機能している。

Eli Fontaine のアルトサックスのラインは「ただ遊んでいた」もので、Gaye がそれを聴いて「すごく上手にふざけてくれた、ありがとう」と言い、そのまま採用した。偶然が名曲の顔になった瞬間だった。

Mercy Mercy Me (The Ecology)

環境破壊をテーマにしたバラード。Eli Fontaine のサックスのソロが悲しみをたたえながら鳴り、Gaye のファルセットが「空気、水、海が汚染されている」という事実を美しく包む。

1971年にはまだ「環境問題」という言葉が一般的でなかった時代に、Gaye はこれを書いていた。

Inner City Blues (Make Me Wanna Holler)

アルバムのクローザー。Bob Babbitt による二音のベース・フレーズが延々と繰り返される——そのシンプルさが、都市の貧困と疲労の「出口のなさ」を音で表しているのかもしれない。

「make me wanna holler(叫び出したくなる)」という叫びが繰り返されるほど、静かな絶望が深まっていく。最後にアルバム冒頭のテーマが回帰して——ベトナム帰還兵の視点から始まったこの物語が、帰結せずに循環する。

まとめ

「このレコードを作ったとき、俺はただ本当のことを言いたかっただけだ」と Gaye は語っている。Berry Gordy に「最悪」と言われた曲が、半世紀後もロック史の頂点に置かれ続けているのは、その「本当のこと」が今も変わっていないからだと思う。

1971年に問われたことが、今も問われている。それがこのアルバムが色あせない理由だ。

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