R.E.M.おすすめ名盤『Automatic for the People』レビュー|カート・コバーンが死の間際に聴いていた——90年代オルタナ・ロックの静謐な到達点

R.E.M.おすすめ名盤『Automatic for the People』レビュー|カート・コバーンが死の間際に聴いていた——90年代オルタナ・ロックの静謐な到達点 Alternative Rock / Grunge

私がR.E.M.の『Automatic for the People』に手を伸ばしたきっかけは、「カート・コバーンが遺書を書いているときにかけていた」という逸話でした。

Nirvana好きの私がグランジの王道から外れたR.E.M.に半信半疑で、ただの好奇心で再生ボタンを押したんです。

でも一聴して完全にハマりました。静かな夜中にふとかけると、部屋の空気が少し重くなる。

1992年にリリースされた8枚目のアルバム。プロデューサーはScott Litt、5つの都市の5つのスタジオを渡り歩いた1年以上の録音を経てリリースされました。

全米2位、全英1位(4度にわたってチャートを制覇)、ワールドワイドで1800万枚以上を売り上げたバンド史上最大のセールスを記録した作品です。

制作背景

前作『Out of Time』(1991年)がグラミー賞Album of the Yearにノミネートされ、バンドは一気にスタジアム級のアクトになっていました。

しかし彼らはその勢いに乗ったツアーを選ばなかった。

1991年春、Peter Buck(ギター)。、Mike Mills(ベース)、Bill Berry(ドラム)の3人はアテネに戻り、Stipe抜きで新曲の作業を始めます。

最初の目標はロック色の強い曲を書くことでした。「速い曲を書いた。でも面白いことに、速い曲は書くのは簡単なのに、良い曲を書くのは難しい」とMillsは振り返っている。

セッションが進むにつれて曲の雰囲気は変わっていった。「僕たちが最終的に取り組んだのは、不協和で、ほとんど陰鬱な音楽だった」——Buckの言葉です。

Michael Stipe(ボーカル)は年明けの1992年初頭に完成したデモを渡され、その音楽を「すごくミドルテンポで、かなりヤバい感じ……もっとアコースティックで、オルガン中心で、ドラムが少ない」と表現しました。

この時点でアルバムの方向性は決まっていた。

ストリングスの起用については、前作でもオーケストラを使っていたがうまく意思疎通が取れなかったようで、今回はScott LittがLed Zeppelin のベーシストだったJohn Paul Jonesに連絡を取ります。

LittはJonesが1960年代に書いたストリングス・アレンジを聴いていた。Stipeは4曲のデモと手書きの手紙を送り、Jonesはひと言「素晴らしい曲だ。アレンジャーとして本当に取り組みがいがある」と答えてアトランタに飛んだ。

「Drive」「Everybody Hurts」「The Sidewinder Sleeps Tonite」「Nightswimming」——この4曲にJonesが弦のアレンジを書いた。

「John Paul Jonesはすごく仕事がしやすかった。ほぼすべての楽器を前後に弾きこなせる人間だ」とBuckは言っています。

Jonesは録音後に「みんなでサインを交換して、ディナーに行って、お酒を飲んで、少し古いスタイルのロックンロール的な振る舞いをした。もちろんZepの頃ほどじゃないけど」と語っています。

リリース後もバンドはほぼツアーをしなかった——アテネでの1回の招待制チャリティー公演を除き、プロモーションはインタビューのみ。

この「音楽だけで立たせる」という判断が、アルバムを「完結した作品」として世界に受け取らせることになりました。

音楽性

このアルバムのジャンルはオルタナティブ・ロックに分類されるが、グランジが隆盛していた1992年のシーンとはまるで異なる音を鳴らしている。

グランジが歪んだギターと肉体的な音圧で感情を叩きつけるとすれば、このアルバムはその真逆。アコギ、ピアノ、ストリングス、オルガンを組み合わせた室内楽的なアプローチで、静けさの中に感情を封じ込められているのです。。

ドラムはあまり目立たず、ベースのうねりやピアノの細やかなタッチが流れを作っている。音数は控えめなのに空間が満ちている、という感触は、楽器の少なさではなく選択の精度から来ている。

アルバムのほぼすべての曲で、バンドの4人全員が演奏しているわけではない——特定の曲に必要な人間だけが参加する、という判断が一貫している。

和声的な設計としては、このアルバム全体を通じてトライアドと開放弦を多用したシンプルなメジャー・コードが骨格を作っている。

Gメジャーをルートにした循環進行(G – C – D)が複数の曲に共通する核として現れ、そこに4度・5度のサスペンド・コードが混ざることで「着地しきらない浮遊感」が生まれています。

楽理的には解決を引き延ばす技法で、それがアルバム全体の「宙吊りになった感情」という空気感を作っている。

前作と今作の最大の違いはJonesのストリングス・アレンジです。前作のストリングスはバンドが「ハミングして伝えた」もので、演奏した楽団員が困惑していた。

今作ではJonesが「楽譜と明確なアイデアを持ってきて、そのパートを完全に指揮した」(Berry談)——その差は明らかで、弦楽器がオルガン、アコーディオン、ダルシマー、オーボエといった他の楽器と有機的に絡み合っています。

Stipeのボーカルは日常の話し言葉のような穏やかさで、感情を「煽る」方向に使っていない。これが重たいテーマ——死、喪失、ノスタルジア——を扱いながら息苦しくならない理由です。悲しみを押しつけるんじゃなく、そっと寄り添う時間が流れる。

Stipeは当時、不本意な形で自身のセクシュアリティについて問われ続けていた。その文脈で聴くと、アルバム全体に漂う「内省と喪失」のムードが別の重みを持って聴こえます。

「Everybody Hurts」はNazarethのカバー「Love Hurts」から着想を得ていて、「Man on the Moon」はAndy Kaufmanを主題にしている。Stipeはこのアルバム全体について「曲ごとに70年代を参照している」と語っていて、1年以上かけて積み上げられた時間が、アルバムの密度と音楽的な成熟に直接出ています。

楽曲解説

Drive

アルバムのリードシングルであり、冒頭から世界観を決めてしまう一曲。

David Essexの1973年のヒット「Rock On」への参照として書かれたと言われていて、確かにあのダウナーでスローな空気感が共鳴しています。

ゆったりしたテンポで、ギターのアルペジオが太く低く響き、Stipeの声に深い反響が絡む。

リズムはビート感が薄く、要所でポツンとアクセントが入るだけだから、霧の中を歩くような浮遊感がすごい。

Jonesのストリングスはこの曲でも緊張の糸のように機能していて、サビで少し張り詰めるが決して爆発しない。

Billboard Alternative Airplayで1位を獲得し、アルバムの国内最高チャートシングルになりました。

Everybody Hurts

誰もが一度は心を掴まれる一曲。

Stipeは当初Patti Smithとのデュエットで録音することを夢見ていましたが実現しなかった——その経緯を知ると、この曲の「誰かと痛みを分け合いたい」という衝動がより直接的に聴こえてきます。

単純なアルペジオとスネアのゆったりした刻みがループして、Jonesのストリングスがだんだん層を厚くしていく。

サビでドカンと来るんじゃなく、ハーモニーの積み重ねで感情がじんわり膨らむ。ボーカルは日常の話し言葉みたいに穏やか。

涙が出そうになるのに、強引じゃない。

批評家が「アンセム」と呼ぶのも分かるけど、私には「みんなの痛みを分け合う、静かな集会」みたいに感じます。疲れた日に流すと、肩の力が抜けて息が整う。

Man on the Moon

Andy Kaufmanを主題にした後半のハイライト

仮タイトル「C to D Slide」——Berryがビールに手を伸ばした拍子に生まれたコードの動き——として存在し、長らく歌詞が決まらなかった曲です。録音最終日にようやく歌詞が完成した。

カントリー風のギターリフが頭に残って、ヴァースとサビの切り替わりが鮮やか。

コーラスで自然に口ずさみたくなるリズムと、母音を長く引く感じが心地いい。ロックの骨太さとポップの親しみやすさが同居していて、アルバムの中でここだけ窓が開いているような感触があります。

Nightswimming

アルバム終盤で静かに輝く一曲。演奏するのはStipeとMillsの2人だけ——ギターもドラムもない。Millsがピアノを弾き、Stipeが歌い、Jonesのストリングスとオーボエが薄く積まれる。それだけで、これほどの空間が成立する。

曲はGメジャーを基調に、G – C – D という素直な循環で動く。

Millsが「ぐるぐる回るだけで終わらないと思った」と語ったように、進行自体は解決を繰り返す単純な構造だ。ただ、その「終わらなさ」こそがこの曲の核で——終止するたびに過去に戻ってくる感覚、記憶が反射し続けるイメージが、コードの循環と完全に一致している。

歌詞の発端については諸説ある。Stipeは「夜警員について書いた歌だったが、訴えると言われてタイトルを変えた」と語ったことがある一方、MillsとBuckは「80年代前半、アテネのクラブが閉まった後に仲間たちと深夜の川に飛び込んでいた、あの頃の話だ」と言っている。

Stipe自身は2011年のアルバム回顧録で「かなり自伝的な部分がある」と認めながらも、テーマは「失われた、あるいはしがみつこうとしている無垢さ」だと語った。

どの解釈が正しいにしても、曲のたたずまいは揺るがない。記憶とは、過ぎ去ってから初めて輝くものだ。この曲はその構造そのものを音にしていると思います。

Find the River

アルバムの最後を締めくくる12曲目。作曲はMillsで、ギターのBuckはこの曲に参加していない。代わりにMillsがベース、オルガン、ピアノ、アコギ、アコーディオン、そしてあの印象的なメロディカのラインをすべて一人で担っている。

曲はDメジャーを基調に、ヴァースでは D – Dm というメジャーとパラレル・マイナーの交替が静かに揺れ動く。DからDmへの動き——長調と短調の境界をなぞる半音の変化——は「これからどこへ向かうのか、まだ分からない」というためらいのように聴こえる。コーラスに入ると G – A – D – Em という開いたスケールに乗り換え、光の差す方向へ引っ張られる感触がある。

特筆すべきはバッキングボーカルの録り方で、Millsによると、BerryとMillsはそれぞれ互いのパートを聴かずに独立してハーモニーを録ったという。意図的にすれ違いを作ることで、2人の声が「それぞれ別の場所から川を見ている」ような複数の視点を生んでいる。

歌詞のテーマについてStipeは多くを語っていないが、「bergamot(ベルガモット)」「vetiver(ベチバー)」といった植物や香料の名前が散りばめられ、自然への回帰と時間の流れがイメージの核になっている。

一方で「rose of hay」は実在しない植物で、Stipeは2008年に「’way’と’naiveté’に韻を踏む言葉が見つからなくて作った」と明かしている。

「Drive」で始まり「Find the River」で終わるこのアルバムは、ひとつの川の流れのように設計されている。そう感じてから聴くと、最後のフェードアウトが静かな水面に溶けていくように聴こえます。Buckが「レコードの終わり方として完璧だ」と語ったのも、納得できる。

まとめ

Rolling Stoneのレビュアーはリリース直後に「これはR.E.M.がかつてないほど深く掘り下げた作品だ。より悲しく、より賢くなった彼らは、複雑な美しさに輝く暗いビジョンを明らかにしている」と書きました。

グランジが暴れていた時代に、叫びじゃなく静かな眼差しで向き合うスタイルを選んだのが、当時のシーンに新しい風を吹き込んだ決定打だったと思います。

中盤の「Ignoreland」あたりになると正直勢いが落ちて間延びした感じもするし、シングル級の輝きには届かない曲もある。悪くはないけど。

でも今となっては、その完璧すぎない部分すら人間味として愛おしく感じます。

カート・コバーンの逸話がきっかけだったけど、今では私にとって生きるための静かな支えみたいな一枚です。

「人生の節目で必ず戻る一枚」「オルタナの名盤じゃなく日常の引き出しの中の宝」——そういうリスナーの声が今も絶えないのは、このアルバムがそういう作品だからだと思います。

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