The Beach Boysの『Pet Sounds』(1966年)は、36分05秒というランニングタイムが信じられない。
これだけの密度が、こんなに短い時間に収まっているはずがない——そう感じながら聴き終えるたびに思います。「Wouldn’t It Be Nice」のイントロからアルバムを流すたびに、「どこでこんなことが可能になったんだろう」という呆然とした感覚が蘇ってくる。
1966年にリリースされた、The Beach Boysの11枚目のアルバム。プロデューサーはBrian Wilsonで、作詞の大半は広告会社で働いていた26歳の作詞家Tony Asherとの共同作業です。
初週のアメリカでのチャートは10位止まりで、レーベルの期待を大きく下回りました。しかしイギリスでは2位まで上昇し、トップ10に6ヶ月間留まり続けた。
Rolling Stoneの「最も偉大なアルバム500選」では2020年版で2位、NMEは1位。2004年にはアメリカ議会図書館の「国家録音遺産」に登録されています。制作にかかった総費用は7万ドル以上——当時のポップ・アルバムとしては前代未聞の制作費でした。
制作背景
1965年1月、22歳のBrianは突然ツアーからの引退を宣言します。「飛行機が怖い」という恐怖症もあったが、それ以上に「スタジオで自分がやりたいことをやり切れていない」という確信があった。
他のメンバーはツアーを続け、Brianはスタジオに居残った。
転機となったのは1965年12月、BrianがBeatlesの『Rubber Soul』を聴いた夜です。
「本当の意味でユニティを感じたことがなかった。でも『Rubber Soul』はどの曲も完璧に繋がり合っていた。あのフィーリングを感じた瞬間、妻に向かって叫んだ。『俺は史上最高のロック・アルバムを作るぞ!』」。
もう一人の大きな影響源はPhil Spectorです。BrianはSpectorのウォール・オブ・サウンドを「自分の音楽のロールモデル」と明言していて、Pet SoundsはSpectorの手法を「解釈・拡張したもの」とも語っています。
さらにBurt Bacharach/Hal Davidのポップ感覚、Nelson Riddleのオーケストラ・アレンジ、Duke Ellingtonの「Sophisticated Lady」、Four Freshmensのボーカル・ハーモニー——これらすべてが音楽的な素地になっている。
Asherとの作業は1966年1〜2月の2〜3週間に集中して行われました。
Brianがピアノでコードや断片的なメロディを弾き、歌詞のテーマを提案し、Asherがそれを言葉に変えていく。「自伝を書いている感覚だったが、奇妙なことに、それはBrianだけの自伝ではなかった。彼は自分が何者かを発見していき、私も自分が何者かを発見していった」——Asherの言葉がこのアルバムの本質をよく表しています。
録音は主に1966年1月から4月、27セッションにわたって行われました。Brianはスタジオ・ミュージシャンの集団「ザ・レッキング・クルー」を中心に起用した——ドラマーのHal Blaine、ベースのCarol Kaye、ギタリストのGlen Campbell、ピアノのDon Randiほか、多くのセッション・ミュージシャンが参加しています。
The Beach Boys自身は、ほとんどの楽曲でリズムセクションを演奏していない。バンドのメンバーはThe Beach Boysを特徴づける精緻なボーカル・ハーモニーで参加しました。
ミックスはわずか9時間の単一セッションで行われ、Brianの右耳がほぼ完全に失聴していたことも関係して、アルバムはモノラル・ミックスのみでリリースされた。
バンドがこのアルバムを最初に聴いたのは、日本ツアーから帰国した直後でした。Mike Loveが反対したという話は有名ですが、Loveは後年「反対したというより、商業的な側面への懸念を表明しただけだ」と語っています。
Brianは後にこのアルバムを「自分のファースト・ソロ・アルバム」と呼んでいる——それだけ個人的なビジョンの結晶だったということです。
音楽性
ある音楽学者がこう書いています——「Pet Soundsの音楽が後期ロマン派の作曲家に近いのは、まったく新しい文脈の中でその語彙を使っているからだ」。
Brianは正規の音楽教育を受けていないが、分数コードの使い方、半減7thコードの導入、クロマティックなベースラインの設計において、ジャズやロマン派音楽の語彙を感覚的に習得して使いこなしていた。
Brianの和声の特徴は「垂直的な」作曲アプローチにあります。
ブロック・コードを積み上げ、低音と高音の声部で衝突する音を意図的に配置する——そこから生まれるテンションが、このアルバムを貫く「宙吊りの感触」の正体です。
アルバムの13曲のうち、明確な単一の調性中心を持つのはわずか4曲だけで、残りの曲はすべて調性が揺れ動いているか、複数の調を行き来しています。
さらにBrianは半減7thコードをほぼ唯一意図的に使うロック・ソングライターでした。このコードはジャズでは一般的ですが、ロックの文脈ではほとんど使われない——それがアルバム全体を通じて「なぜか耳慣れているのに新鮮」という感触を作り出しています。
楽器の選択も際立ちます。アコーデオン、ハープシコード、フレンチ・ホルン、フルート、エレクトロ・テルミン、バス・ハーモニカ、グロッケンシュピール、自転車のベル、ビキューホーン、コカ・コーラの缶、ボンゴ、バンジョー——これらを単なる「変わった音色」として配置したのではなく、楽曲の感情的な核心として機能させている。
Carol Kayeは「Brianは一つの楽器から引き出せる音色の多様性をよく理解していた」と語っていて、彼が楽器を「弾き方」ではなく「音がどう空間を満たすか」で選んでいたことがよく伝わります。
ボーカル・ハーモニーはこのアルバムの柱です。Four Freshmensの影響から発展した精緻なクロース・ボイシング——各声部が独立して動きながら、全体として一つの「音のテクスチャー」を作り、それが楽器音と融合してサウンドスケープの一部になっていく。Leonard Bernsteinが「今日最も重要な音楽家のひとり」と評したのは、この和声設計能力ゆえです。
モノラル・ミックスとステレオ・ミックスの違い
『Pet Sounds』は1966年のリリース時、モノラルと擬似ステレオの2フォーマットのみで発売されました。
真のステレオ・ミックスが存在しなかった理由は複数あります。Brianが右耳をほぼ完全に失聴していたため立体音響の設計が感覚的に困難だったこと、4トラックから8トラックへの転送を繰り返す過程で複数の音が単一チャンネルに統合されてしまっていたこと、そして9時間という短いミックス・セッションでは複雑なマルチトラックを改めてステレオに分離する余裕がなかったこと——これらが重なって、モノラルだけが「Brianの意図した完成形」として残りました。
真のステレオ・ミックスが初めて登場したのは1997年リリースのボックスセット『The Pet Sounds Sessions』です。エンジニアのMark Linettが1996年にBrianの監督のもとで制作したもので、オリジナルと同型の機材を使っています。
ただし、ステレオ版にはモノ版と異なる点がいくつかあります。
最も顕著なのは「Wouldn’t It Be Nice」のブリッジで、モノ版ではMike Loveが歌っているのに対し、ステレオ版ではBrianが歌っている——Brianがミックス作業中にMikeのボーカル・トラックに誤って自分の声を上書きしてしまったためです。この問題は2001年のリマスター版でデジタル技術によってMikeのボーカルが復元されて修正されました。
「God Only Knows」の輪唱部分も差異があります。モノ版のフェードアウト部分はBrianが2声部を一人で歌い、Bruce Johnstonがミドルを担当している——セッション終盤でCarlが疲れて帰宅してしまったため、BrianがCarlのパートも自分で歌ったのです。
Bruceはアルバム50周年のインタビューで「Brianが意図した完成形はモノ版だ。ステレオ版でCarlに変えることは、Citizen Kaneをカラー化するようなものだ」と述べています。
どちらで聴くべきかという問いへの答えは、今もファンの間で分かれています。
モノ版はすべての音が一点に集中してくる圧密な密度があって、楽器と声部が溶け合って「新しい音」を生む感触はモノの方が顕著です。ステレオ版は各楽器・声部が左右に分離されていて、隠れていた細部が聴こえやすい。
Brianが意図した「音の融合」を体験したければモノを、制作の構造を解析したければステレオを——それが今でも正直な結論です。
影響を受けたアーティストたち
このアルバムが世に出た直後、最もショックを受けた人物がPaul McCartneyです。
Bruce JohnstonがイギリスでBeatlesをホテルの部屋に招いてPet Soundsを2回かけた——「Beatlesは僕らの宣伝チームになった。みんながBeach BoysとPet Soundsについて話し始めて、イギリスとヨーロッパで爆発した」とJohnstonは後に語っています。McCartneyは「Pet Soundsなしにはある種のSgt. Pepperは存在しなかった」と1990年代に公言しています。
Radioheadへの影響は特に明確です。
Thom YorkeはOK Computer収録の「No Surprises」(1997年)について「Pet Soundsのヴァイブを狙っていた」と公言しています。Yorkeは Pet Soundsを「子供っぽいギターのサウンドがアルバム全体のムードを決定した」と表現していて、「No Surprises」はその「子供っぽさと歌詞の暗さの共存」というPet Soundsの逆説を直接継承しています。
Animal Collectiveはこのアルバムから受けた影響を最も公に認めてきたバンドの一つです。
Panda Bear(Noah Lennox)はPet Soundsへの傾倒を公言していて、ソロ作『Person Pitch』(2007年)はBrianのボーカル・ハーモニーの構造を2000年代の電子音楽に再翻訳した作品として広く論じられています。バンドは2016年のアルバムを、Pet Soundsが録音されたのと同じスタジオで制作しました。
日本での受容において欠かせない存在が山下達郎です。
日本盤の初CD化(1988年)に際してライナーノーツを執筆したのが山下で、以来、再発のたびに自身の手で加筆・修正を加えています。そのライナーノーツの中で山下は「このアルバムの中には『時代性』はおろか、『ロックン・ロール』という『カテゴリー』さえ存在しない」と書いた——この言葉は後に多くの日本の音楽評論家やリスナーが引用する、Pet Soundsを語る上での決定的な一文になっています。
Todd Rundgrenはアルバムの和声について「Brianはロックの文脈で誰も使っていなかった和声語彙を使った」と評し、Elton Johnは「Pet Soundsが自分にとってのバイブルだ」と語っています。
楽曲解説
Wouldn’t It Be Nice
アルバムの幕開けを告げる一曲。アコーデオンとハープによるイントロから始まる——この組み合わせは1966年のロックで前代未聞でした。
曲はE♭で始まりますが、コーラスにかけて調性が揺れ動く——「単一の安定した調性中心を持たずに複数の調性エリアを統合する」曲の典型例とされています。ブリッジ部分ではF#方向へと移行する動きがあって、聴いていると「光が差し込む」ような感触がある。
歌詞は「もっと歳をとっていたら」「一緒に暮らせたら」という思春期の純粋な願望を歌っています。性的な願望がほとんど感じられない——「一緒にいること」そのものへの渇望。Asherが「BrianはCole PorterやRodgers and Hammersteinのような古典的ラブ・ソングを作りたかった」と語った通りで、そのトーンがアルバム全体を貫く。
You Still Believe in Me
アルバム中で最も「脆い」曲。イントロで聴こえるのはBrian自身がピアノの弦をつまびく音で、自転車のベルが中間部に入ってくる——成人になっても「子供時代の感触」を失えない人間の内側を音で表現しています。
「何度もあなたを失望させてきた——それでもあなたは愛し続けてくれる」という告白のテーマが、このアルバム全体のトーンを宣言しています。
曲の末尾にビキューホーンの音が入る——あの「プッ」という間の抜けた音が、繊細で心が痛くなる告白の後に来る。笑えるが泣けてもくる、そのバランスが絶妙です。
That’s Not Me
アルバムの中で最も「引き算」の美学が際立つ一曲。
曲はF#メジャーで始まり、別の調で終わる——これはアルバムの中で「始まりと終わりが別の調にある2曲」のうちの1つです。「あの頃の自分はもう自分じゃない」という自己発見のテーマと呼応していて、曲自体が調性的に「別の場所」に着地することで、成長や変化を音楽的に体験させます。
「The Beach Boys = 楽しいサーフ・ミュージック」という当時のイメージとの乖離がここで最も鮮明になっています。
Don’t Talk (Put Your Head on My Shoulder)
弦楽四重奏——バイオリン、チェロ、ビオラ——をBrianが「感情の中心」として設計した曲。
「耳を澄まして——私の心臓の鼓動を聴いて」と歌う部分で、ベース・ギターが控えめに「ボン・ボン」というパターンで心拍を模している——ファンが「聴くたびに気づく」と書き残すほどの精緻なアレンジです。
半減7thコードが登場する「あなたの瞳にそんなに多くのものが見える」という部分でテンションが最高潮に達し、その後静かに解決する。この「息を呑む瞬間」を感じ取れると、このアルバムが全く違う次元で聴こえてくるはずです。
I’m Waiting for the Day
ティンパニ、フルート、弦のオーバーダブが重なる一曲。複雑な構成で他の曲と一線を画していて、Brianの「劇的な感情の推移」を最も直接的に聴ける曲の一つです。
前半は「彼女が別の男と一緒にいた時間」への怒りを歌い、後半でその怒りが「君を愛しているから待てる」という受容に変わる。その感情の転換が曲の前半と後半の音楽的な性格の変化と一致しています。
Let’s Go Away for Awhile
アルバムで最初のインストゥルメンタル。元のタイトルは「The Old Man and the Baby」でした。Brianは1966年の時点でこの曲を「これまで自分が作った最高の芸術作品」と呼んでいる——その鷹揚な自信が可愛い。
「That’s Not Me」と並ぶ「始まりと終わりが別の調」の曲で、その設計が曲の名前「しばらく離れよう」というテーマと完璧に合っている——出発点に戻らない音楽。コカ・コーラの瓶をギター・スライドとして使うという細部も後に音楽学者が指摘するまで長く見落とされていました。
この曲はアルバムのA面の締めくくりで、続くB面の頭が「Sloop John B」になる。2分半の美しいインストが「旅に出る感覚」を作り出してから、バンドの最も弾んだ曲が続く——アルバムの「流れの設計」がこのレコードの聴き応えを作っています。
Sloop John B
元はカリブ海の伝統民謡で、Al JardineがKingston Trioのバージョンから持ち込んだ曲。バッキング・トラックは1965年7月に最初に録音が始まり、ボーカル・オーバーダブは1966年3月まで続いた——Brianはこの曲に8ヶ月以上かけています。
Brianのアレンジはロックとマーチング・バンドを融合させた独特の構成。Al Jardineは「John Philip Sousaのマーチのようだ」と評しています。
Capitol Recordsはアルバムの完成前に先行シングルを要求してきた。Brianは本来「Good Vibrations」を提出したかったが、完成していなかったためにこの曲を差し出した——だから『Pet Sounds』に「Good Vibrations」は入っていない。Rolling Stone誌の「最も偉大な500曲」にも選出されています。
God Only Knows
「ひょっとしたら、これまでに書かれた最も美しい曲かもしれない」——McCartneyの言葉は有名ですが、それ以上に印象深いのは「最初に聴いたとき、BrianがレコードにGodという言葉を使っていることに気づいた。かなり大胆だと思った」というCarl Wilsonの発言です。
1966年のアメリカでは「神だけが知っている」というタイトルは宗教的に際どかった。Carl Wilsonがリード・ボーカルを担当したのは「その繊細さに自分の声が合うとBrianが判断した」からです。
この曲は『Pet Sounds』13曲の中で唯一「明確な調性中心を全く持たない」曲です。Brianは「何百曲も書いたのに、唯一、明確な調のない曲だ」と語っています。
イントロはAメジャーに聴こえるが、Carlが歌い始めると最も不安定な転回形のコードが登場する。「いつまでもあなたを愛しているとは限らない」という歌詞の不確かさと呼応しています。
終盤は輪唱(カノン)形式になり、複数の声部が「神だけが知っている」という歌詞を時間をずらして重ねていく。Brianは「輪唱は歌が永遠のものであるように感じさせてくれる」と書いていて、その「永遠性」への希求が、この曲の最後の輪唱に注ぎ込まれています。
I Know There’s an Answer
元のタイトルは「Hang On to Your Ego」でした。「エゴの消失」こそが覚醒だとするサイコデリック思想を逆説的に批判する内容でしたが、最終的にタイトルが変更されました。
サウンドはアルバム中で最も「実験的な奇妙さ」がある曲の一つ。バンジョー、ハーモニカ、特殊な打楽器が重なる。このアルバムで使われたエレクトロ・テルミン——演奏者が触れることなく電磁場の変化で音程を作る楽器——の音が、ここでも聴こえてきます。
Here Today
このアルバムのポップな側面を最も直接的に体現する曲の一つ。
曲のバッキング・トラックには「スタジオで偶然録音されてしまった遠くからの会話の声」が残っていて、インストゥルメンタル・ブレイクで聴こえます——モノラル・ミックスにしか残っていない「事故の記録」です。
「愛は今日ここにある——そしてそれは飛び去っていく」——「愛の儚さ」を歌っているのに、曲の雰囲気は明るくポップ。このアルバムに何度も登場する「悲しいのに明るい」という矛盾の最もわかりやすい例です。
I Just Wasn’t Made for These Times
Brianの孤立感と疎外感を最も直接的に歌った曲。「時々とても悲しくなる」と繰り返す——この赤裸々な告白が、「楽しいサーフ・バンド」というThe Beach Boysのイメージを根本から覆した。
エレクトロ・テルミンが最初に使われた曲で、その浮遊する音が「どこにも属せない感覚」を音で体現しています。安定した調性の中に不安定さを同居させている。
Mike Loveは後年、Brianの「自分が馴染める場所を探し続けている」という歌詞について「それはBrianが自分自身について書いたんだ」と回想しています。アルバム全体のテーマを最も凝縮した一曲です。
Pet Sounds
アルバムの名を冠したインストゥルメンタル。元のタイトルは「Run James Run」——James Bond映画のサウンドトラック風のイメージで制作が始まった曲です。
Brianは当初この曲を別の曲のバッキング・トラックとして録音したが、アルバムが完成に近づいた時点で「ボーカルなしの方が効果的だ」と判断した。
アルバムタイトル「Pet Sounds」についてBrianは「お気に入りの音(my pet sounds)という意味と、Phil SpectorのイニシャルP.S.へのオマージュの両方」だと語っています。
Caroline, No
アルバムの最後を締める曲で、Brian Wilson名義のソロ・シングルとして先にリリースされた——「Beach Boys名義ではなく自分のソロとして出したかった」と後に語っています。
「あなたの長い髪はどこへ——あの頃の君はどこへ——どうしてあの笑顔を失くしてしまったの」——Brianが幼なじみに感じた喪失感を書いたとも、彼自身の精神的な変容を歌ったとも言われていて、Asherは「どちらとも言えるし、どちらでもない」と答えを曖昧にしています。
曲の末尾には犬の吠え声と通過する電車の音が収録されている——Brianの犬が実際のセッション中に録音されたもので、そのナチュラルな「世界の音」がフェードアウトしていく。これ以上ない終わり方だと思います。
まとめ
『Pet Sounds』が凄いのは「時代を超えている」からではない——と思っています。
このアルバムには1966年の固有の「時代の痛み」が刻まれている。22歳の若者が「史上最高のアルバムを作るぞ」と宣言して、バンドのメンバーを置いてスタジオに引きこもり、7万ドルかけて、ほぼ一人で作り上げた。その孤独な野心が、最終的にBrianを精神的な崩壊へと追い込んでいった。
Asherはこう語っています——「Brianとの作業で最も際立っていたことのひとつは、彼の純粋さだった。彼は本当に人々の心に届くものを作りたかった。スタジオで何かがうまくいったとき、彼は子供のような喜びで興奮した」。
その「子供のような喜び」と、半減7thコードを直感的に使いこなす和声的な洗練が、この36分に同居している。それが今も信じられないのです。

