ビョーク(Björk)おすすめ名盤『Homogenic』レビュー|Radioheadのトム・ヨークが「最も美しい」と語った名曲収録——アイスランドの天才による異形の傑作に迫る

ビョーク(Björk)おすすめ名盤『Homogenic』レビュー|Radioheadのトム・ヨークが「最も美しい」と語った名曲収録——アイスランドの天才による異形の傑作に迫る IDM / Glitch Pop

Björk の『Homogenic』は、1997年にリリースされた3枚目のスタジオ・アルバムだ。UK アルバムチャートで4位、Billboard 200 で28位を記録し、NME は「冒険の精神に向けた刺さるような勝利」と評した。Pitchfork は2017年の振り返りレビューで満点の10点を与えている。

前2作『Debut』『Post』で見せた、世界中の才能をかき集める「コラージュ的」なポップスターの顔は、ここにはない。Björk がこのアルバムに求めたのは「ひとつの味、ひとつの精神状態、ひとつの執着の時間」だった。電子ビートとストリングスという2つの要素だけを極限まで突き詰めた音響が、全10曲を貫いている。

音楽的な完成度より先に感じるのは、ひとりの人間が極限状態のなかで自分を再構築していくプロセスをそのまま音にしたような、不思議な凄みだ。

制作背景

1996年、Björk は郵便爆弾のテロ未遂事件に巻き込まれた。Ricardo López という人物が送った酸性液体入りの郵便物は当局が阻止し、Björk 自身には届かなかったが、López はその後自らの命を絶った。ロンドンの自宅はパパラッチに包囲され、Björk は音楽業界を去ることすら考えていたと伝えられている。

その状況から彼女を引き出したのは、スペイン南部に住み込み式のスタジオを持つツアー・ドラマーの申し出だった。Björk はロンドンの喧騒を離れ、アイスランドで「Jóga」を書いた後、スペインに移ってアルバム全体の録音を完成させた。

前2作を手がけた Nellee Hooper とは「互いに驚かせることをやめてしまった」という理由で関係を終了させ、代わりに招いたのがリーズ出身の電子音楽デュオ LFO の Mark Bell だった。Björk は Bell を Stockhausen、Kraftwerk、Brian Eno と並べて「自分の音楽キャリアで最も影響を受けた人物」と語っており、このアルバムから2011年の『Biophilia』まで5作にわたって共同制作を続けることになる。Bell は2014年に43歳で亡くなった。

制作は Björk が先に曲の方向性を示し、Bell がリズムの観点からその実現方法を構築するという形で進んだ。Bell は「毎回違う。フリーフォームのセッションから生まれることもあれば、彼女が口ずさむメロディーや基本的なコード構造、歌詞から始まることもある。彼女はジャンルに関する先入観がないから、どこへでも行ける」と語っている。

Björk からは「もっと酸素が必要」「もうひとつ静かな爆発を」といった要求が飛んだとも伝えられている。その要求の仕方が、このアルバムのサウンドの質感をそのまま言い表していると思う。

音楽性

ジャンルはエレクトロニカ、アンビエント、実験的ポップ——ただしこれらの言葉だけでは足りない。プロデューサーの Markus Dravs は Björk がこのアルバムに求めた音を「荒れた火山に柔らかい苔が生えたような音」と説明している。

その言葉は正確だ。電子ビートはびくともしない硬度で打ち込まれ、アイスランド弦楽八重奏団のストリングスは水平線の向こうまで伸びる。この二つが同一曲内に共存するとき、片方がもう片方を和らげるのではなく、互いの硬さと柔らかさをより際立たせる方向に働いている。

Björk はこう語っている。「電子ビートはリズム、心臓の鼓動です。バイオリンは古い時代の空気を、色彩を作り出す」。この「矛盾した共存」こそが、アルバム・タイトルに込められた意味——ひとつの均質な(homogenic)世界のなかに、氷と火を同時に宿すこと——だと思っている。

和声面でこのアルバムに一貫して感じるのは——これは個人的な感覚であり、Björk 本人が明言しているわけではないのだが——平行五度、つまりふたつの声部が5度の間隔を保ったまま平行に動く和音進行の多用だ。西洋クラシック音楽では「禁則」とされてきた響きだが、アイスランドの民謡や教会音楽には伝統的に用いられてきた技法で、耳に刺さる素朴な力強さを持つ。

「Hunter」「Jóga」「5 Years」あたりを順に聴くと、これだけの曲で同じ色彩が鳴っているのは偶然ではないと感じる。ストリングスが着地する瞬間に「解決しきらない、宙に浮いた」感覚が残るのは、この平行進行が和声的な緊張をあえて残しているからではないか。

Björk の声域は3オクターブと測定されており、このアルバムではその全域が使われている。「Hunter」の軍隊的なほど力強く前に出てくる中音域から、「Unravel」で見せる語りと歌の境界が溶けかけた発声まで、曲ごとに声の使い方が根本的に異なる。同じ人物の声とは思えない——その幅が、10曲の間に起きる感情の振れ幅と重なっている。

前2作との比較でいえば、最大の変化は「素材の絞り込み」だ。『Debut』は多様なジャンルへの横断を試み、『Post』はそれをさらにグローバルに拡張した。本作はその方向性を完全に反転させ、電子ビートとストリングスという2要素だけで43分を貫く。音楽的な語彙を増やすのではなく、減らすことで深度を上げた。その判断が正しかったことは、聴けば分かる。

楽曲解説

Hunter

アルバムの入口として、この曲の選択は正しい。軍隊的なリズムと陰鬱なベース・ライン、逆再生されたアコーディオンの銀色のちらつきから始まり、最初の30秒で「これまでの Björk とは違う場所にいる」と分かる。

Björk はここで「ハンター(狩人)」として再び歩き出す宣言をしている——誰かの期待に応えるポップスターではなく、本能に従う一人の人間として。「これ以上待てない、今すぐ行く」という歌詞の単純さと、重層的な音響設計の複雑さの落差が、この曲の張力を作っている。

イントロのアコーディオンが逆再生されて溶けていく瞬間——そこだけ何度でも巻き戻したくなる。

Jóga

Björk の親友 Jóga Gnarr Jóhannsdóttir に捧げられ、同時にアイスランドそのものへのラブレターでもある曲。Björk はこれを「書いた最も激しいラブソング」と New Statesman 誌に語っている。

コード進行は B – C#m – A – F#m を軸に C# マイナーで展開する。C# マイナーが相対長調の E メジャーへの引力を持ちながら常に短調に戻る——その引力と抵抗が「Jóga」の「浮いて落ちない」感覚を生んでいる。

拍子にも仕掛けがある。「Jóga」は基本的に4/4拍子で進むが、各コーラスの手前に2/4拍子が1小節挿入される——正確には「4/4が6小節+2/4が1小節」のパターンだ。この「1拍足りない」瞬間が、コーラスへの着地に独特の前のめり感を作っている。実際に聴きながらカウントしてみると、その「ずれ」の効果がはっきり分かる。

2・3コーラスで Bell が加えたベースラインについて、Björk は Sonic Symbolism ポッドキャストで「最初は抵抗した。5度ずれていると思ったから。でも、それがコーラスに力を与えていた」と語っている。調のルート音に対して5度上の音が鳴り続けることで、解決されない緊張感が生まれる——「Jóga」のあの重力感の正体だ。

Unravel

Thom Yorke が Spin 誌のインタビューで「私が聴いた中で最も美しい曲のひとつ」と語った3分21秒の小品で、Radiohead は2007年のライブ・ウェブキャストでカバーしている。「愛が毛玉みたいにほどけていく」という比喩で失われた恋人への想いを歌う。

この曲で Björk が使っているのは、語りと歌の中間に位置する発声法だ。言葉が歌になり、歌が語りに戻り、その境界が曖昧なまま溶けていく。バックにはチャーチ・オルガンとサックス、遠くに電子ビートが漂う——このアルバムで最も静かな空間だ。

1分50秒過ぎ、声が一瞬だけ高く跳ね上がってすぐに落ちる箇所がある。その刹那の高さに、この曲の感情の全部が詰まっていると思っている。

Bachelorette

アイスランドの詩人 Sjón と Björk が「何時間も、何日もかけて Björk が物語を語り、Sjón がそこから言葉を書いた」という曲。「Human Behaviour」「Isobel」と続く Isobel というキャラクターの3部作の第3章にあたる。Björk はこの連作を「美しくて、でもちょっと馬鹿げてもいる」と自評している。

ベースラインは Isobel が「列車で街に戻る」動きを体現しており、ビートが列車の律動として機能している——言い方が聴いてみるとそのまま正確だと分かる。ティンパニ、アルプ・ホルン、アコーディオン、ストリングスが崩れ落ちていく後半のダイナミクスは、このアルバムで最も演劇的な瞬間だ。

何度聴いても、その降下の速度に息を呑む。

Pluto

アルバムで最も攻撃的な爆発。Björk はこの曲を「酔っぱらっていること、すべてを壊さなければ新しく始められないという必要性」と説明している。インダストリアルなオーバードライブと叫びのようなボーカルが全面展開し、それまでの8曲が積み上げた緊張が一気に解放される。

Bell 担当曲として、LFO 時代のテクノの文法が最も直接的に投入された。冒頭の一撃——ビートが鳴る前の一瞬の沈黙——がこの曲のすべてを決定している。

「Pluto」の後に「All Is Full of Love」が来る——その配置が、このアルバムのカタルシスの構造だ。

All Is Full of Love

聖歌のような静けさで幕を引く最終曲。Guy Sigsworth がクラヴィコードを弾き、アイスランド弦楽八重奏団が最後に登場する。Björk はインタビューで「愛はすでにあらゆる場所に存在している、ただ自分が気づいていないだけだ」とこの曲のテーマを説明している。

「Pluto」で「すべてを壊す」まで追い詰められた後でなければ、「愛はすべてに満ちている」という確信は空虚に聞こえる。「Hunter」から「All Is Full of Love」まで通して聴くことで初めて、この曲の肯定感の重さが分かる。

1分10秒過ぎ、ストリングスとボーカルが重なって一瞬だけ音が膨らむ——あの瞬間のためにアルバム全体がある、と言いたくなる。それがこのアルバムをシャッフル再生できない理由でもある。

まとめ

Björk は後のインタビューでこのアルバムについてこう語っている。「不可能な状況に置かれ、多くの制約を課された女性が、戦士にならなければならなかった——そういう話です」と。その言葉は正確だ。

ただ、このアルバムから聴こえてくるのは「戦士」の強さだけではない。43分を通じて、傷つきながらも音のなかに居場所を見つけていく、もっと不安定でもろいものも聴こえてくる。その両方が同時にある。

天才が苦難の果てに辿り着いた音がする。その凄味に、ただただ圧倒されるのみ。

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